第7話 Bar Memoria ④

 私は思わず椅子から転げ落ちそうになった。

 汗をびっしょり掻いているというのに、全身には鳥肌が立っている。


 流れ込んできた誰かの記憶のせいだ。


「いかがでしたか?」


 ガラス玉のような瞳でバーテンダーが私をのぞき込んできた。

 私はたった今見た白昼夢の内容を思い返す。


 死の記憶。

 それは心霊的な分からないものに対する“恐怖”より、本能的な“恐怖”の感情を刺激してきたもの。

 これまでの記憶より、さらに私の心の奥底へと深く刺さった“恐怖”。


 けれど……――


「もっとよ……」


 ――このバーテンダーは、もっと上の恐怖を隠し持っているに違いない。

 この上ないほどの“恐怖”を、私は味わいたいのだ。

 私は立ち上がりカウンターテーブルに手を突いて身を乗り出す。


「もっと上の恐怖をちょうだいっ」


「よろしいのですね?」


 少しの溜めの後、バーテンダーが確認してきた。

 ここまでテンポよくカクテルを出しておいて、何をいまさら確認しているのだろう。


「もちろんよ。これよりもっと上の恐怖が見たいの。対価が必要だというのなら払うわ」


「かしこまりました」


 バーテンダーは頷いてカクテルを作り始めた。

 そしてグラスに入った白桃色の液体を差し出す。


「恐らくこれが最後のカクテルになるでしょう。の一杯になるはずです」


 私は迷いなくそれを手に取り、口へ運んだ。

 途端、記憶が呼び起こされる。

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