第5話 Bar Memoria ③

 頭の中に流れてきた恐怖。

 それを見終えた私は、椅子に座りながらも息を荒くしていた。

 心拍数がかなり上昇している。身体中が熱い。


 どうやら私は、ひどく興奮しているようである。


 いつの間にかまた、カクテルグラスはからになっていた。


「いかがでしょうか?」


 バーテンダーが問いかけてきた。


「怖かったです……」


 本当はとても怖かった。

 そして良かった。


 自分が体験する恐怖なのだとしたらゾッとするが、これはただの記憶だ。

 誰かも知らない相手の記憶。

 絶対に安全だと分かった恐怖は、こんなにも楽しいのだと気付かされた。


「それは良かったです」


 バーテンダーは特に表情を変えることもなく、次のカクテルを作り始めた。

 そして私の真意をどう読み取ったのか、こんなことを言い出す。


「しかしどうやら、まだ完璧にお口に合っていないようにお見受けいたします」


「もっと上の恐怖があるの?」


 反射的にそうたずねてしまった。

 さっきの恐怖でも、私は充分じゅうぶんに満足していた。しかし、もっと上があるのだとしたら……。


 ぜひとも飲んでみたい。


 バーテンダーは私の質問に答える代わりに、一杯のカクテルを出してきた。


「どうぞ」


 炎のような色の液体。

 そこにはどんな恐怖が詰まっているのだろう。

 私は今すぐにでもそれを口にしたくてたまらなかった。


 自分が恐怖の体験をするのは嫌だ。

 しかし、これは自分の体験ではない。


 何も他人の不幸を蜜の味として楽しむわけではない。

 大迫力のホラー映画を観るような感覚。


 そんな一歩離れた立場だからこそ、私はこの“恐怖”の魅力にどっぷりハマりつつあったのである。


 グラスを手に取り、カクテルに口を付ける。

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