第3話 Bar Memoria ②

「え、ウソ……今、私……」


 息が荒くなって、身体が火照ほてったように熱い。

 ブラウスがべったり肌に張り付いてきて気持ち悪い。

 気付けば全身に汗をいていた。


 カクテルに口を付けた瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。

 それは夢を見ているという感覚に近かったが、私は寝てないし、見たところ時間は全然経っていない。

 一体私の身に何が起きたというのだろう。


「カクテルのお味はいかがだったでしょうか?」


 バーテンダーがうつろな目で私のことをのぞき込んできた。

 しかし、その目には好奇心や興味といった感情は読み取れない。

 ただ機械的に、マニュアルとして、ノルマを達成するようにたずねてきたように感じた。


「いえ、あの、それよりこのカクテルを飲んだらおかしな光景が見えたのですが……」


「その恐怖のお味はいかがだったのかとお尋ねしているのです」


「え……どういうこと……?」


 バーテンダーがいつの間にか空になっていたグラスに手を向ける。


「こちらのカクテルは、人々の恐怖をベースに作られているのです」


 は? 恐怖? 訳が分からない。


 いや、待って。カクテルを飲み干した記憶がない。

 覚えているのは最初の一口目だけ。


 たった今の出来事のはずなのに、すっぽりと記憶が抜け落ちている。

 信じられない出来事に背筋が震え上がった。


 けれどそれよりも、今はこのカクテルが何なのかが気になる。


「恐怖……あの、意味が分からないのですが」


 バーテンダーが身を乗り出し、ガラス玉のような瞳に私を映す。

 私は思わずのけるが、それでもお構いなし。

 そのまま彼は単調な声音でまくし立てるように言う。


「怖いけれどつい見てしまうものはありませんか? 怖いけれど癖になることはありませんか? 怖いという感情になぜか胸が高鳴り、興奮してしまうことはありませんか? あなた方にはきっと思い当たる節があるはず。人間とは、恐怖にせられている生き物なのですから」


「そ、そんなこと、ありません」


 人が恐怖に魅せられてるなんて。

 怖いものは嫌だ。そんなのあり得ない。


「口ではそうおっしゃいますが、もうあなたはこのカクテルが飲みたくてたまらないはずです」


 そう言ってバーテンダーは、また一杯のカクテルを突き出してきた。

 赤い半透明の怪しげなカクテル。

 しかし、私はそれを見ているだけで、口の中にじゅわっと唾液が分泌されるのが分かった。


「…………」


 どんな味がするのだろう。

 そう考えると同時に、私の手は自然とカクテルに伸びていた。

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