なりかけの君

 ティンペイがゾンビの藻屑となって何日過ぎただろうか。


 店の前には再びゾンビが増えて右往左往している。


「うわぁ、増えたなぁ」

「あなたの毛が、ですか?」

「ゾンビだよ!」


 ハゲは外を指差しながら吠える。

 ロン毛は「ふぅん」と気にした風もなく外を眺める。

 確かにうろついているゾンビはティンペイ特攻事件以前よりも多くなっている。これは上野や東京から流れてきたゾンビたちだろうか。


「てか、自衛隊員もいるじゃないですか」

「うへぇ、マジだ」


 自動小銃を肩から下げた迷彩服の男たちが、口を開けっぱなしで噛まれた痕からぴゅうぴゅうと新鮮な血を出しながら歩いていた。


「あ。あの89式5.56mm小銃ハチキュウ欲しい!」


 カウンターの中からロン毛が眼鏡越しに目を輝かせる。


 元バンドマンでバーテンダーにしてサバゲー好きというマニア路線ひた走りのロン毛は、ゾンビ自衛隊員が背負っている自動小銃を狙っているようだ。


 しかし「ラクーン」の外に出るのは無謀だということは、ティンペイが若い身空で証明してくれた。

 それでなくとも外にいるゾンビたちは時間経過とともにヨタヨタ歩きからスタスタ歩きに変わりつつある。もうしばらくすると走る系ゾンビになりそうだし、もっとすると知能のあるゾンビも現れそうだ。


「今夜は長くなりそうだぞ、ロン毛」


 ハゲはどことなく嬉しそうだ。ちなみにこのセリフは毎夕言われている。


「てかハゲ、おいハゲ。家は大丈夫なんですか?」

「罵倒するのか心配してくれるのかハッキリせえ」


 そう言いながらハゲがミックスナッツの中に入っていたピスタチオの殻を割った時、入り口のドアが開いた。


 ハゲはすぐさま鉄アレイを持ってカウンター席から立ち上がろうと腰を浮かしたが、入店した人物を見て「あ」と短い一言を漏らした。


 入ってきたのは常連客のタクミさんだった。


 ハゲと同じく妻子持ちで静かに飲むタイプの紳士なのだが、実は鬱積を筋トレにぶつけ続けるヤベェ性格で、雄っぱいがFカップに到達しているということは、かなりのフラストレーションを抱えて生きているということだろう。


「おやタクミさん、いらっしゃい」


 ロン毛が通常時と変わらない挨拶をするや、タクミさんは倒れた。


「えー」


 まるで自分が声をかけたから倒れた、みたいなタイミングだったのでロン毛が白目を剥く。


 どうやらタクミさんはゾンビに噛まれたらしく、腕から出血し、その部位から青白い血管が浮き出し始めていた。


「え、これどうすんの」


 顔見知りの常連客相手に「これ」と宣うハゲは、5キロの鉄アレイをくるくると回転させながらロン毛に問う。


 ハゲは学生時代はウエイトリフティングをやり、社会人になっても体を絞り続けている。その脳筋っぷりはタクミと通ずるものがあると日頃から酒を酌み交わしていた。


 それを「ゾンビになるなら滅殺ね♪」と即座に切り替えられる精神力は、強いと言うかサイコパスと言うか。

 しかし本物のサイコパスが客に何人かいるので、ハゲの狂気度なんてまだ軽いほうだとロン毛は考えを改めた。


「どうするって言ったって……」


 ロン毛は躊躇した。

 まだゾンビになっていないけど確実になるであろう常連客をどう扱うか。

 これまでの20年近いラクーン勤務経験でも、こんな事態に陥ったことはないのだから迷って当然だ。


「タクミさ~ん。そこで寝たら困りますよ~。てか追い出しますよ~。はい、追い出します。決定しました~」


 ピクピクと痙攣するタクミさんを介抱するでもなく、カウンターの中から棒読みでロン毛が言う。

 もちろん追い出すために駆り出されるのはハゲである。


 カウンターの中から「GO」と指示を出され、なんとなく腑に落ちない顔をしながらもハゲはタクミさんの腕を引っ張った。


「アアアアア!」


 顔を上げたタクミさんは完全にゾンビになっていたので、ハゲは容赦なく鉄アレイを叩き落とし、その亡骸を店の外に「そぉい!」と投げ捨てた。


 やれやれと店に戻ると、ロン毛はジャックダニエルを表面張力でギリギリまで注いで待っていた。


「ロン毛さぁ、そろそろ自分で処理しようとか思わない?」

「ギブアンドテイクでしょ。それともこれまでの飲み代請求しましょうか?」

「おうかかってこい! こちとらトップセールスで稼いどるんじゃい!」

「4万─── 「あ、頑張ってゾンビ処理しまーす」


 ハゲはにこやかに返答すると、注がれた酒を一気に飲み干した。

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