ゾンビハンター

 ロン毛はハゲのグラスにジャックダニエルを継ぎ足す。


「そういえば今日の店員はロン毛一人?」


 またしても表面張力でギリギリまで注がれる酒を眺めながらハゲが尋ねる。


「まさか。今日のシフトだとスタッフはあと2人来る予定でしたけど、まぁ無理でしょうね」


 ロン毛はカウンター奥に置いてある安いテレビを点けた。

 普段は店の雰囲気的に電源を落としているが、大晦日の紅白歌合戦や大きなイベント時は客が見たがるので置いている。

 もちろん今は緊急時なので状況確認のために電源を入れるのだが、ゾンビは音に強く反応するため、音量は最小にして常灯はしないようにしている。


 どのチャンネルも当然のようにゾンビパニックについて特別番組を流しているが、国営放送は砂嵐が映っていた。


「一番長くやってなきゃいけないところが真っ先に潰れるって受信料払い損じゃないですか」


 ロン毛は愚痴りながらチャンネルを変えていく。


「あ、ストップ! 俺このアナウンサー好きなんだよねぇ。しゃぶらせたい」

「本当に下半身にしか脳みそ詰まってないんかい」


 ハゲのいやらしい口ぶりに辟易としたロン毛は、冷たく言い放ちつつテレビのリモコンをカウンターの上に置く。客の要望には「可能な限り」応えるのがプロなのだ。


 ハゲが喜々として女性アナウンサーを見ていると、原稿を読み上げている真っ最中にADと思われるパーカー姿のおっさんに飛びつかれてしまった。そして「しばらくおまちください」の表示が出る直前に、その美女から噴水のような血しぶきが吹き出したのが見えた。


「あー……」

「ご愁傷さまです」

「まぁ、俺の女じゃないからいいんだけどさ」

「人の心はないのかこのハゲ」


 そもそもハゲは妻子ある身だというのに「家族が心配だから何としてでも帰る」という焦りがない。

 のんびりこんなところでテネシーウイスキーを煽っている場合ではないだろうに、と独身貴族のロン毛は眉をひそめた。


「うわぁ、めっちゃ増えてる」


 テレビを見たハゲはどこか嬉しそうだ。


 テレビでは「ゾンビが発生している地域」という地図が映し出されている。

 東京23区でゾンビが多い地区は赤く染められ、渋谷区の渋谷駅周辺、新宿区の歌舞伎町周辺、豊島区の池袋駅周辺の3箇所を中心に広がっていた。


 ちなみにこの店「ラクーン」は東京都23区で最も人口が少ない千代田区、その中でも昼は人口が多いのに夜は人口が激減する「秋葉原」の昭和通り側の路地にある。


 人口が激減する地区だから安全かと言われたらそうでもない。

 秋葉原の南にある東京駅周辺、北にある上野駅近辺はまっ赤で、そこから流れてきたゾンビがウヨウヨしているのだ。


「あー、やだやだ。なんでゾンビ映画が現実に起きるかねぇ。ロン毛、ミックスナッツ」

「はーい」

「それに、この店にゾンビが押し寄せてきたら一巻の終わりだよなぁ」

「その鉄アレイで戦ってくださいよ。てかなんで5キロの鉄アレイを持ち歩いてるんですか」

「いや違うんだってロン毛くん。これはちょうど会社の……」


 その時、店のドアが開いた。


「あ……あ……」


 二人が見知ったこの店の従業員が、青白い血管を顔中に浮かべながら、ふらふらと入ってくる。


 少し小太りで憎めない顔をした、なんとも人当たりの良さそうな若者は「あー」と言いながら、白濁した瞳で店内を見回している。


「……シュンくん」

「……シュンもかぁ」


 ロン毛とハゲは哀れな姿になった知人を前に、居た堪れない気持ちになった。


 ・ゾンビは生前の行動パターンに沿って動く習性がある。


 シュンは生前に「出勤しなきゃ」と強く思っていたのだろう。その責任感は称賛に値するが───ハゲは容赦なくその頭上に鉄アレイをぶちかました。


「うわ、容赦ねぇ……。シュン君、安らかに」


 ロン毛はカウンターの中からは微動だにせず、手を合わせて黙祷を捧げた。


 ハゲは顔見知りのスタッフを一撃で仕留め、それを外の道路に放り出すと「ふう」と一仕事終えた息を吐く。


「これであと何杯飲める?」

「ボトルごと飲んでいいですよ、もう」


 どのみちこのゾンビパニックでは商売できたものではないし、これからもまともに商売できるとは思えなかった。


「いや、そこはちゃんとしようぜロン毛。俺が仕留めてお前は対価として飲ませる。ギブアンドテイクでウィンウィンってやつだ」

「ウィンウィンって言いたいだけだろ。ってか、もしかしてゾンビハンターごっこしてます?」


 それは僅かな報酬のために各地のゾンビを倒して回るニヒルでクールなヒーロー「ゾンビハンター」の活躍を描いた昔のアメリカンTVドラマで、決め台詞は「俺はこの一杯のために生きている」だった。


「ロン毛もさぁ、せっかくの天変地異なんだから愉しまないと!」


 長年の付き合いだがハゲのテンションが高い。高すぎる。


 それにしても、とロン毛は顔を曇らせる。

 このまま外のゾンビが増える一方だったらどうしよう、と。

 もう数日もおっさん二人で籠城しているわけで、相方が美女だったら俄然頑張れるが、悲しいことにハゲである。

 それはハゲも同じ考えで、いつまでこのロン毛とこの店に立てこもらなきゃなせないのかと憂鬱になる。


 そんな環境に変化があったのは意外とすぐだった。

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