ゾンビたる夜
ハゲは店に入って来たゴキブリを潰すように無感情で無慈悲な一撃を放った。
パーカー姿の若者は頭蓋骨を5キロの鉄アレイで陥没させられ、白濁した瞳を上ずらせながら倒れる。
「ちょっとハゲ。脳みそ飛び散らかさないでくださいよー」
カウンターの中からロン毛が心底嫌そうな顔をしながら言う。
「だったら店の人がやるべきだと思いまーす」
ハゲは淡々と死体を処理する。処理と言っても入り口の外まで引っ張っていって道路に投げ捨てるだけだ。
「一杯おごりだからな!」
「わかってますよ」
ロン毛はすでにジャックダニエルを表面張力で耐えられるギリギリまで注いだショットグラスを置いていた。
招かねざる客を始末するごとにショット三杯。この条件でハゲが引き受けたのは、外から入ってくる「歩く死体」の処理だ。
歩く死体。所謂ゾンビだ。
やつらが何処からどうやって増えたのかはわからないが、スマホで検索してわかっていることもある。
・ゾンビなりたては死後硬直しているせいで動きが遅い。
・ゾンビになって時間が経つとキビキビ動くようになる。(まだこのあたりではそこまでゾンビが成熟していないようで、どいつもこいつものたのた歩いている)
・ゾンビは人間を見ると噛み付いてくるが食っているわけではない。一噛みしたら何処かに行ってしまう。(とは言え、たまに五体満足じゃない死体とか内蔵まで引き抜かれた死体が道端に転がっているので、歪んだ性癖のゾンビもいるようだ)
・ゾンビ噛みつかれたら驚異の感染力で一時間以内に死亡するが、確実にゾンビ化して起き上がる。(但し、起き上がれるのは五体満足な死体だけ。無茶苦茶に食い荒らされた死体は無理っぽい)
・ゾンビは基本的に知能がない。はず。(成熟しまくったらどうなるのか検証されていない)
・ゾンビは生前の行動パターンに沿って動く習性がある。
・ゾンビ同士で噛みつきあったり喧嘩し合うことはない。
・ゾンビ化すると通常なら致命傷となる傷でも構わず動き回る。倒すには頭を吹き飛ばすしかない。
・ゾンビ化したら切り離した腕も自我意識を持っているかのように徘徊したりするので注意。
・ゾンビ化した美女が動き回っていてもエロいことをいたしてはいけない。粘膜感染することが実証されている(誰かやったということ)
・ゾンビは音に反応するが、視力はない。
まだインターネットや通信は生きているのでそのあたりのことはすぐに調べられた。
ただ、ネット回線もいつどうなるのかわかったものではない。
そもそもゾンビが蔓延りだしたのは数日前のことで、それもこの近隣ではなかった。
ロン毛もハゲも「遠い何処か違う世界の話」程度にしか感じていなかったが、まさかこんな身近でゾンビが増えていたとは思ってもいなかった。
だから普通に出勤して働いたし、こうして酒を飲みに来た。
その結果────ロン毛とハゲは仲良く外を見て溜息をついた。店の外を通っているのは殆どゾンビなのだ。
「あ、この子可愛い……」
ハゲがショットグラスをくいっと飲みながら、透明なガラス張りの入り口前を通り過ぎていったゾンビを見る。
ゾンビに噛まれる時に裂かれてしまったのか、服がはだけて胸が露出しているのに青白い血管を浮かび上がらせながら歩いていく女ゾンビを肴に、またくいっとグラスを傾ける。
「ゾンビを肴に酒飲むとか、ガチやばいですねこのハゲ」
「あの子、絶対セフレが三人くらいいたはず!」
「あれは隣のガールズバーの店員ですからね。風評被害はやめてください」
「もうゾンビだから関係ないっしょ」
「人間に戻れたらどうするんですか」
「そしたら俺、何人殺したことになるんだよ」
この数日で頭をかち割り店の外に捨てたゾンビは数え切れない。
「はぁ……家に帰りたい」
「せっかく新築の一軒家建てたのに残念でしたねザマァ」
「うっせぇよ。まぁ嫁と娘が無事だからいいんだけどさぁ」
店の外を彷徨くゾンビの数からして、ここから出ることは難しい。
ハゲとロン毛は途方に暮れるにくれながら、いつものように酒を作り、その酒を喉に流し込むしかなかった。
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