ロン毛とハゲ オブ・ザ・デッド

紅蓮士

ロン毛とハゲ

 ショットバー『ラクーンアライグマ』では閑古鳥が鳴いていた。


 店先にはアライグマラクーンの可愛らしい看板を出して、そこにはカラフルなチョークで「今日のおすすめカクテル」を描いているというのに、それに惹かれて店に入ってくる客がいないのだ。


 カウンターだけの狭い店に客は一人。


 店長の「ロン毛」はズリ落ちてきたメガネを指先で上げながら、たった一人の客と向き合いながらグラスを拭く。


 その客「ハゲ」は、愛飲のジャックダニエルを注いだショットグラスを傾けると、他愛もない話をロン毛に振る。


「夜の9時なのになんでこんなに客来ないの? 店長がポニーテールおじさんだから?」

「ご心配どーも。てか余計なお世話だハゲ野郎」


 二人は店長と常連の間柄で結構長い付き合いだし、偶然にも同い年なのでこんな会話は日常茶飯事だが、他の客がいる場ではしない。カウンター越しの二人きりだから出来る軽口だ。


 「ハゲ」と呼ばれた精悍な顔をした男は、筋肉質で引き締まった身体をスーツで包み隠している。しかも靴やスーツの仕立ての良さから、オシャレに気を配っている事が見て取れる。

 このハゲは同じハゲでもハゲ散らかした中年バーコード親父ではなく、ハリウッド俳優のような女性ウケが良い方のハゲだ。


「ハゲハゲ言うけどな、俺たちハゲ類の仲間にはブルース・ウィリスとかジェイソン・ステイサムとかジュード・ロウとかヴィン・ディーゼルとかドウェイン・ジョンソンとかいるんだぞ」

「あんたがハリウッド大物俳優と同列だとでも!?」

「娘は似てないって言うんだよなぁ~」

「そりゃそうでしょうねとしか言いようがない」


 ハゲは家庭持ちだ。

 常日頃から「うちの妻はおっとり美人でエロいケツをしているんだぜ」と自慢しているが、彼女を怒らせるとめちゃくちゃ怖いので、本人の前では絶対に言わない。

 そして常日頃から「うちの娘はどんな芸能人の子よりもかわいいに決まってんだろうが!」と自慢しているが、こちらも怒らせるとめちゃくちゃ怖いので、本人の前では言わない。


 そんな女二人に囲まれて仕事も順風満帆。

 営業成績は常に一位のトップセーラー。

 さらに「食えるときには食っとこう精神」で、何人もの女性客とワンナイトアバンチュールに興じたことがある「モテ男」がこのハゲだ。


 対するバーテンダーのロン毛は、ハゲと同い年なのに独身貴族。元バンドマンでポニーテールにできるほどの長い黒髪ストレートがトレードマークだ。


「てか40歳でポニーテールって」

「ポニーポニーって、後ろで結んでるだけでしょうが」

「切れよ! 男の子らしく俺みたいに髪を切れよ!」

「いやですよ。ハゲなんて!」

「ハゲじゃない。かっこいいスキンヘッドと言いなさい」

「ったく、ち○ぽみたいな頭しやがって」

「おう、やるか? やんのか? 客相手にやんのかコラ」


 いつものように半笑いで冗談を飛ばし合う二人は、他に客がいないからこその会話劇を楽しんでいる。

 だが、そのおっさんたちの会話も来訪者がドアを開ける鈴の音で終わりを告げる。


「いらっしゃ───あぁ、またかよ」


 ロン毛はカウンターの中で肩を落とす。


「ほんと多いな」


 ハゲは隣の椅子に置いていた5キロの鉄アレイを持ち上げて、今ドアを開けて入ってきたばかりの客人に近寄る。


 あちこち血まみれの白いパーカーを着た20代後半の若い男は、青白い血管が顔中に浮き出ている。そして意思や感情が感じられない瞳は白濁として、虚空を見つめていた。


「どうです?」


 念の為にロン毛はハゲに尋ねるが、聞くまでもない。


「完全にゾンビっすな」


 ハゲは鉄アレイを持ち上げ、躊躇なく新参者の頭頂部にそれを落とした。

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