第5話 父
「…………もう、大丈夫、かな?」
幾度となく響く轟音と、止まない振動。
倒れる本棚、崩れ落ちてくる天井だったものを見ていた神父とヘンリー。
周り全てが瓦礫に埋まる中、二人のいる戸口だけが切り取られたかのようにぽっかりと空いていた。
ヘンリーが視た『未来』が正しいことが証明されたのだ。
「どうやら、そのようだな」
様子を伺っていた神父が答える。
最後に大きな揺れが起き、部屋が原型を失ってから5分は経っている。
油断はできないとはいえ、少し警戒を緩めてもいいだろう。
「しかし、なんだってんだいったい。
俺の大事なボロ教会が、完全に瓦礫の山じゃね―か」
あまりの惨状に、ため息が漏れる。
「ふふ、大事なのにボロ教会なの?」
「ち、うるせー。
……しかし、ヘンリーお前。
これだけのことがあって、よく平気な顔してられるな」
からからと笑う姿に、神父が呆れたように言う。
「え?
……ほんとだ。
んー、なんだろ、先に酷いのを視ちゃったからかな?
大変な状況なのはわかるけど、神父さんもボクも無事だ、ってだけでなんか嬉しくて」
「そういうもんかね」
「で、ここからどうやって出たらいいんだろう」
「それなんだが……ふぅ、ちょうどいいか」
「え?」
立ち上がり、どうにか瓦礫の向こうを覗き込もうとしていたヘンリーだが、逆に神父はどっかりと腰を下ろす。
「いいから座れ。
元々話そうと思っていたことを、今話す。
本当におさまったかもわからんから、もう少し時間を置いたほうがいいだろうからな。
ここから抜け出すのはその後だ」
「う、うん」
イマイチ納得の行かない顔をしながらも、おとなしく従う。
「……その前に。
ブレナ、いるんだろう?」
「え? 父さん??
何言ってるの、神父さん。
父さんは――」
突然、死んだはずの父の名を呼ぶ神父に戸惑うヘンリー。
だがその言葉は、後ろから聞こえた声により途切れてしまう。
「ちぇ、リアムってば、どうして言ってしまうかな。
せっかくヘンリーを驚かせようと思ったのに」
忘れるはずがない。
それはまごうことなき、亡き父の声であり、振り返った先にいたのは半透明で宙に浮く父の姿であった……。
「え??
ええええええええええ!?!?!?」
「や、ヘンリー久しぶりだね。
元気にしていたかい?」
「…………」
「ヘンリー??」
「父さん!! 父さん父さん父さん!!!!!」
もう二度と会うことはないと思っていた父の姿に、思いっきり飛びつく。
ずっとお墓の所にいたのに!
色んな思いが溢れるが、ただただ会えた喜びに思わず体が動いてしまった。
だが、ヘンリーの体は父をすり抜け、後ろの本棚へ頭から突っ込んでしまう。
ゴンッ!
頭蓋骨が割れてやしないか、と心配になるほどの音がする。
「うぅ、痛い……」
大きなたんこぶをさすり、ヘンリーは父を睨む。
勢いの割には、大きな怪我にはならずに済んだようだった。
「いやいや、そんな目で見られても。
残念ながら、父は幽霊だからね、見ることはできても触れることはできないのさ」
「そうだけど……」
知ってはいても、予想外すぎる出来事にそんなことは頭の中から抜けてしまっていたのだ。
それも、父の『サプライズ』のせいで。
これくらいの恨み言は受け入れて欲しい、と思わずにはいられないヘンリーであった。
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