第4話 未来

「……リー? おい、ヘンリー!?」

「う、ううん?」

 ヘンリーが目を開くと、覗き込むような神父の顔が目の前にあった。

「よう、お目覚めか?」

「え……っと、はい、その、ここはどこですか?」

 キョロキョロと見渡すも寝ぼけた頭ではいまいち把握ができない。

「どこも何も。

 ドアを通った途端急に立ち尽くすもんだから、そりゃわからんだろうな。

 大丈夫か? なんか具合でも悪いのか?」

「ドア……?

 うーん、全然覚えてないや。

 ……ん? あ、あああああああ!!!」

 唐突に先程見た光景がフラッシュバックしてくる。

 爆発音、振動、倒れ来る本棚、崩れ落ちる床に、血まみれの神父……

「な、なんだ、いったい!?」

「神父さんが……神父さんが死んじゃう……!!」

「……お前、何いってんだ?

 目の前でピンピンしてるだろうが?」

「あ、あれ??」

 ついさっきまで見ていた光景とのあまりのギャップに、ヘンリーの頭はついていかない。

「だ、だって。

 『ここは父さんの仕事部屋だった』って言った直後にすごく大きな爆発音がして、それで本棚が崩れて……ボクをかばった神父さんが頭から血を流してて……」

 話しているうちに、体の震えが大きくなり、自分を抱きかかえるようにしてその場にうずくまってしまう。

 目の前の神父の姿も、多少乱雑ではあるものの元のままの部屋も、確かに幻ではなく存在しているというのに。

「お前……それを『視た』っていうのか!?」

 だが、その様子に神父が過剰に反応する。

 ただヘンリーがおかしなことを言ったから、だけの反応ではない。

「う、うん。

 でも、どうして……」

 夢、で片付けるにはあまりにもリアルだった。

 なぜ崩れた部屋が元に戻っているのかはわからないが、あの出来事が現実ではないと信じることができなかった。

「ヘンリー!

 お前が見たもの、詳しく話せ!」

「え? え!?」

 だが、神父が続けた言葉はヘンリーの想像を大きく超えた、普段であれば荒唐無稽と笑い飛ばすような、けれど今だけは疑うことなくすんなり受け入れられるものであった。

「いいから早くしろ!

 それは――


 『これから起こること』だ!」


「え? ええええ!?!?」

「早くしろ!

 時間がない!」

「ど、どういうことなの!?」

「説明は後でいくらでもしてやる。

 だから、今は『視た』ことをすべて話せ、早く!」

「わ、わかった!」


 神父の様子から、ふざけているわけではないことが嫌というほど伝わってくる。

 ヘンリーは、わけがわからないながらに、視てきたこと全てを話す。



「どこか、崩れていない安全な場所はなかったか?」

 デスクに座り、ヘンリーの話をまとめていた神父が振り返る。

「安全な場所……」

 あの時は、いきなりの地震でヘンリーには周りを見る余裕などなかった。

 覆いかぶさる神父の流血に動揺していたのもある。

 けれど、あの『未来』を回避できうる可能性がある、というのであれば、そのヒントがわずかでもあるのであれば。

 ヘンリーは脳細胞をフルに回転させ、今にも消え行く記憶を探っていく。


 壁一面の本棚が倒れ、その上から降り注ぐ瓦礫の雨。

 本棚を背にしていたおかげで直撃は免れたが、その衝撃により気絶するほどだ、相当な量の瓦礫が降ってきていた事は間違いない。

 実際、気を失う直前、わずかに顔を上げたヘンリーの目には崩れ落ちる廊下の様子もよく見えていた。

(……あれ? おかしくないか?)


 もう一度、部屋の配置から思い出す。

 ドアから入ってすぐ目の前に机、机のある所以外は壁一面に本棚が所狭しと並ぶ。

 まず最初の振動で、その本棚が倒れてきて、机の前にいたヘンリーたちを押しつぶした。

 ドアを開けた裏にも並んでいたほどびっしりの本棚群だ。

 どこにも逃げ場はなかった。

 とはいえ本さえ抜け落ちてしまえば、本棚自体はそう思いものでない。

 神父は頭から血を流していたが、単に当たりどころが悪かっただけだろう。

 そして、続いて降り注ぐ瓦礫。

 床に散乱する本、倒れた本棚、落ちてくる瓦礫。

(そうだ、そうだよ!)

 あの様子であれば、出入り口が埋まっていなければおかしい。

 その向こう側の様子など、当然見えるはずがない。

 だが、それが見えていたということは……

「……ドア、そうだ、ドアだ!

 開きっぱなしだったドアの周りだけは、なんでかすごくきれいだったよ!!」

「でかした!」


 座っていた椅子から立ち上がり出入り口へ走る二人。

 ほんの数歩の距離が、今はやけに遠く感じる。

 その瞬間――


ッッドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


 あの時ヘンリーが体験した振動が、再び二人を襲ったのだった。

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