第3話 開かずの部屋
「ここだ」
神父が持つ明かりが映し出した先は、教会の地下にある小さな扉だった。
鍵を失くして入れなくなってしまった倉庫、と説明されていた『開かずの部屋』。
ガチャッ
「鍵、あったんだ……」
「ああ……」
ゆっくりと戸を開け、神父が中に入る。
一瞬戸惑ったヘンリーも、それに続く。
チリッ
戸をくぐった瞬間、ヘンリーの首筋に何かがあたったような感触があった?
「??」
だが、振り向いても見上げても何もない。
手で触っても違和感はなく、当たるのはいつも着ているボロの手触りだけ。
(……気の所為かな?)
「おい、何してる、早く中に入れ」
「はーい」
神父が入り口脇のスイッチを入れると、部屋が明るくなる。
まず目に入ってきたのは木製の机と椅子、そして壁一面の本棚だ。
よく見ると、机の前にはコルクボードがかけられ、一枚の写真がピンで留められていた。
どうやらそこは小さな書斎のようだった。
「ここは、お前の父の仕事部屋だったんだ」
「仕事部屋……?
こんな小さな、というか、どうしてこの教会にあるの?」
ヘンリーの記憶では、父の仕事は貿易商だったはずだ。
世界中を飛び回っている、と。
だからあまり家に帰ってこれなくてごめん、と何度も言われた。
それが、こんな(と言ったら神父に怒られてしまうだろうが)街から遠く離れた森の中に仕事部屋がある、なんて。
「それは……」
言いかけて口をつむぐ。
覚悟は決めていたはずだが、どうしても最後の一歩が踏み切れないようだ。
そんな神父をよそに、ヘンリーは部屋の中をうろつきまわる。
とはいえそう広い部屋でもない。
見るものといえば、本棚と机、そして壁の写真くらいだ。
本棚には、あまり馴染みのない本が並んでいた。
それらの多くは物理や科学に関するものであり、教会や宗教についての本もいくつかある。
およそ貿易に関係のなさそうなもののようだが、知っておいて損はない類のものではある。
父は勤勉な人だったのだ、と改めて尊敬の念を抱いたヘンリー。
だが、そうして見ているの中で、異彩を放つ本が2冊あった。
『死霊の分類』と『降霊術』である。
普通であれば、変な本があるんだな、で流していた所だがなぜか目が離せない。
霊と交信できる力について、15の誕生日に話をしよう、と言った父。
そこに隠された秘密に、この2冊が関わっているような気がしてならないのだった。
一通り本棚を見終わったヘンリーは、机の前に飾られた写真へと近づいていく。
その動きを目で追う神父は、だが口をつぐんだままだ。
「これ……父さんと、母さんだ……」
写真には、まだ幼いヘンリーを抱きかかえる母と父の姿が写っていた。
いつだったか、珍しく長期の休みが取れた、と言って父が連れて行ってくれた湖のほとり。
物心がついてすぐくらいの頃、だろうか。
パッと見ただけではあまり詳しくは思い出せない。
湖の向こう側には大きな森があり、じっくりと見ると幼いヘンリーは何かお菓子のようなものを持っている。
服装からして、夏前と言ったところか。
(ああそうだ!
水遊びをしようとしたら、思ったよりも水が冷たくて泣いたんだった。
この写真はその後に撮ったやつだ)
『はっはっは、泣いたカラスがもう笑顔だ』
『良かったわね、ヘンリー。
おいしいお菓子もらえて』
『うん!!』
一つ思い出すと、どんどんと色々なことを思い出していく。
水の冷たさまで蘇ってくるかのようだ。
(確か、泣いているボクに誰かがお菓子をくれて。
この写真も、その人が撮ってくれて……。
あの人はいったい誰だったんだろう……)
何か他にヒントがないか、写真をじっと見つめる。
すると、奥の方にどこかで見たことのある建物があり……
「あ! これ、この教会!!」
ついにヘンリーは一つの真実にたどり着く。
そう、自分はかつてこの教会で神父と会っていたのだ、と。
「神父さん!!」
「……ああ、そうだ。
お前と初めて会ったのは、お前を引き取った時じゃない。
その写真を撮った時だよ」
「やっぱり……」
「俺とお前の親父は仕事仲間でな。
その時も一仕事終えたあとだったんだ。
一応休暇扱いにはなっていたが、若干後始末が残っていてな。
ここを使うのが都合がよかったんだよ」
「そうなんだ。
でも、お父さんは貿易の仕事してたんでしょ?
教会って関係あるの?」
ヘンリーの頭の中では、その2つがどうにも結びつかない。
よく映画なんかでは悪徳神父が武器の密輸をしている、なんてものがあるが、父や神父がそういったことに手を染めているとも思えない。
「そうじゃない。
そもそも、お前の親父の仕事は貿易商じゃないんだよ」
「え!?」
「…………」
答える前に、一つ大きく息を吸う。
「お前の父はな、ネク――」
覚悟を決め、疑問に答えるべく神父が口を開いた、その瞬間、
ッッッッッドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!
何もかもを覆い尽くすような爆音が森に響き渡り、立っていられないほどの振動が二人を襲う。
あまりの衝撃に、ヘンリーはよろめき本棚へと肩をぶつけてしまう。
そのせいでか、振動により安定を失っていた壁面に並んだ本棚がヘンリーを下敷きにせんと倒れ込んでくる。
「ヘンリー!!!!」
なんとかギリギリで神父が間に合い、覆いかぶさる。
その上から容赦なく倒れ込む本棚。
収められた蔵書が雨あられのように降り注ぎ、神父の肩や頭を打つ。
部屋の明かりは消え、来る時に神父が持っていた小さなライトだけがうっすらと辺りを照らしていた。
ヘンリーが見上げると、べったりと血のついた神父の顔が見える。
「神父さん!!!」
「だ、大丈夫だ、おとなしく……してろ……」
「でも! 血が!!」
「ああ……頭を切ったんだろう……見た目ほど酷くはないから、心配するな……」
「そんなこと言っても!!」
「いいから!」
ッッッッッドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!
言い争う二人に構わず、2度めの爆音が鳴り響く。
ガラガラガラ!!
さらに何かが崩れ落ちる音が続く
薄暗かった部屋に明かりが差し込む。
天井である1階の床が抜け落ちたのだ。
衝撃と重さで押しつぶされた二人は、そのまま気を失ってしまった。
不幸中の幸いというべきか、落ちた瓦礫は二人を押しつぶす本棚によって直撃せず、また、1階の床が抜けたことで酸欠になることもなかった。
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