阿呆の実

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阿呆の実

 牛太郎は阿呆な男であった。だが、馬鹿な男ではなかった。



 阿呆と馬鹿の何が違うのだと尋ねる者もいるだろうが違うのである。なぜならば、この牛太郎自身が阿呆と馬鹿は違うと考えており且つ「俺は馬鹿ではなくて阿呆や」と信じていたからである。

 実際のところ、牛太郎は小学生の時分より神童とも言わずとも、それなりに優秀な生徒であると教師、両親、友人およびその保護者から認知されていた。少なくとも牛太郎を馬鹿である、と評する者はいなかった。しかし、決定的且つ絶対的且つ相対的に阿呆であった。例えば、今年の春に牛太郎は県内屈指の難関中学への入学試験に挑んだ。全国模試などでも上位の成績を収めていた牛太郎にとってはショパンが"猫ふんじゃった"を演奏するくらい易しい試練かと思われていたが、牛太郎はものの見事に入学を拒否された。入試終了後、開放感から受験会場で全裸になったからである。当然ながら教師や両親から理由を問いただされたが、牛太郎は「気が付いたらそうなっていた」と述べるばかりであった。阿呆である。所謂どこの学校にも一人はいる「阿呆でも勉強ができる奴」というポジションに牛太郎は収まっていた。しかしながら、牛太郎もこのまま阿呆で良いと思ってはいなかった。元来、真面目な気性である牛太郎はそういった阿呆な行動は自分の意志に反して行われていた。突発的に校庭の砂を食べてみたり、シチューがたっぷり入った給食バケツに顔を突っ込んだりという行為もしていたが、それらは全て、受験会場での全裸事件と同じく「気が付いたらそうなっていた」というものである。現在のところそれにより人を傷つけたことはなかったが、このままでは罪を犯しかねない、と牛太郎は自分自身に戦いていた。なんとか阿呆から卒業せねば、とその一心を抱き、牛太郎は小学校を卒業し中学への入学を果たす。当然のことながら地元の公立中学に、である。


 中学生になった牛太郎であるが、相変わらず学業に関してはまずまず優秀であり、学年でも5本の指に入るほどの成績を残していた。また、この時分より属したサッカー部でも先輩よりも一枚、二枚上手のテクニックと戦術眼を兼ね備え、新入生ながら既にレギュラーの座を確保していた。まさに文武両道を絵にかいたような存在の牛太郎。しかし、絶対的な欠点である「突発的阿呆行動」は中々に治らなかった。とはいいつつも、学生服を裏表逆に着用して登校する程度で教師から雷が落ちることはありつつも、他人に迷惑をかけることはなかった。幸い成績も上々、サッカー部でも順風満帆、阿呆な行動は起こしつつも、それが逆に牛太郎の個性を際立たせており、男女問わず人気者といったところであった。また、牛太郎自身も「まあ、これはこれでええかもしれへん」と一種の開き直りをしかけていた。だが、そんな頃に事件は起きた。


 牛太郎はサッカー部で県大会への出場をかけた市内大会の決勝戦に出場し、ハットトリックはもとよりダブルハットトリックを決めた。つまり6得点である。しかし、チームは敗れ、3年生の先輩は涙を呑んで引退していった。通常、サッカーにおいて6得点も入れば、よっぽどザルな守備をしていなければ勝利をつかみ取ることができる。だが、敗れた。なぜか。牛太郎は3得点を相手のゴールに突き刺し、残りの3得点を自陣のゴールに突き刺したのである。なお、後者の3得点はバイシクルシュート、ボレーシュート、高い打点からヘディングシュート、と全てビューティフルゴールと言えるようなものであった。3得点も自殺点を決めるような選手をなぜ監督は交代させなかったのかといえば、すでに牛太郎は代えの利かない選手になっており、チームの心臓、牛太郎がフィールドからいなくなったチームが崩壊するのは目に見えていたからだ。ちなみに今となってはどうでもいい話だが、相手チームの決勝点となった4得点目はペナルティキックにより決められた。

 

 試合後、監督は決勝戦に来れたのは牛太郎の力が不可欠であったし、そもそもチームの3得点を記録したのは全て牛太郎であったと、彼のことを高く評価した。なんて優しい大人なのであろうか。しかし、引退する3年生はそうはいかない。最後の最後に試合をぶち壊され、全てがジエンドである。当然のことながら、牛太郎は3年生から暴行を受けた。所謂袋叩き、というやつである。歯は折れ、口は血まみれ、鼻からも人間ってこんなに血が出るんだというくらい大量に血液が吹き出す結果となった。


 「阿呆や無くなりたい」


 察しの通り、試合で決めた美しい自殺点は牛太郎の意志と反して決められたものである。気が付いたら自陣のゴールネットを揺らしていた。牛太郎は自分を恥じた。自殺点を決めたこともそうではあるが、阿呆な俺もこれはこれでええんちゃうか、と開き直りかけていた自分に。そんなことだから、大事な場面で酷い結果を招いてしまった。俺は阿呆を治そうという向上心がなかったんや、と悔い、そして恥じた。そういえば、夏目漱石の「こころ」に登場するKが「向上心がないものはばかだ」というようなことを言っとったなあ、と牛太郎は思い出した。俺は阿呆なだけではなく馬鹿やったかもしれへん、と牛太郎は体育館の裏で横たわり、鼻血をたれながしながら思った。やっぱりこのままやったらあかん、阿呆のまんまやったらあかん、と。


 その日から牛太郎は毎日毎日林檎を貪り食った。むしろ、林檎しか喰わなかった。何故か。それは林檎は『創世記』における知恵の実であるとされていることを牛太郎は知っていたからである。当然、周囲の教師や友人、両親までもが「また、牛太郎が阿呆なことをやっとる」と呆れるばかりであった。しかし、本人はいたって大真面目であった。林檎を沢山食べて知恵をつけ、阿呆な行為からは卒業するんや、その一心で喰って喰って喰いまくった。所詮は中学一年生である。当然、栄養は偏り体調も崩した。また、林檎ばかり食べているものだからだろうか、授業にも集中できず、次第に毎日行っていた予習復習にもせずに、徐々に成績も落としていった。サッカーの方でも偏った栄養摂取の影響からか、万全なパフォーマンスを発揮できず、練習もうまくいかず、当然試合でもうまくいかない。そのうち、レギュラーは剥奪され、仕舞には背番号まで剥奪される始末であった。見た目も痩せ細り、そこそこ良い面構えをしていた元の顔が思い出せないくらい血色の悪い顔立ちになっていた。牛太郎は勉学も人並み以下、スポーツもイマイチ、見た目も気持ちの悪い男になっていた。そんなことだから、冬ごろには牛太郎の周囲からは誰もいなくなった。かつての人気者はどこへいったのやら。


 さて、林檎を貪り狂った牛太郎は阿呆から卒業できたのかというと全然そんなことは無く、相変わらず突発的に阿呆な行動を見せた。かつて人気者だったころはそれもまた彼の個性、特徴、ということで周囲も笑ってくれていたのだが、今となっては気持ちの悪い痩せ細った男が奇行を取っているだけであり、ますます周囲から人はいなくなり、孤立するという結果を招いてしまった。元来、彼の阿呆はちょっとした個性であったが、本当にどうしようもないくらい正真正銘の阿呆となった。


 正真正銘の阿呆となった牛太郎であったが、もはや牛太郎自身がそんな事に気が付くことはなかった。まだ、人気者で阿呆の方が明るい未来が開けていたのではないか、などということは彼が知る由もない。今となっては何のために林檎を喰っているのか牛太郎自身も忘れてしまったのではないだろうか。林檎を喰うために生き、生きるために林檎を喰う牛太郎はきっと今日も明日も明後日も林檎を喰っているだろうし、昨日も林檎を喰っていただろう。全くもってどうしようもなく阿呆である。

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