第26話 届けたくないメール

卒業式が終わるまでは晴れていたのに、

お父さんの病院に着く頃には小雨が降り出していた。


「ななちゃん、いらっしゃい」


私はナースステーションにいた看護師さんに声をかけられた。


「あ、こんにちは。

 お父さんの着替え持って来たんですけど・・・」


「それならスタッフルームに生田先生いると思うわ」


そういって看護師さんは私をスタッフルームに案内してくれる。

本当はスタッフルームの場所は分かっているんだけど、こうやって毎回案内をしてもらう。


コンコン


「生田先生、娘さんがいらっしゃってますよー」


看護師さんはスタッフルームの扉を叩き、扉を開けず声だけをかける。


ガチャ


少し間を開けて、お父さんが顔を出した。


「おお、すまんな。毎回」


「いーよ、お父さん今晩も泊まりなの?」


「そうだな。

 患者さんの容体が悪い人がいてね。

 ・・・卒業式、出られなくてごめんな」


そういってお父さんは私の頭に手をおく。


「もう、子どもじゃないんだから。

 大丈夫よ、お父さん頑張ってるもんね」


そういって私はお父さんに着替えを渡した。


「中にお母さんが作ったお弁当が入ってるから

 食べる前にレンジでチンしてね!」


「ありがたい!

 母さんにありがとうと言っておいてくれ」


「りょうかいです!先生っ」


お父さんに着替えを渡し終え、私はそのまま看護師さんと共にナースステーションまで戻った。



途中、患者さんやお見舞いに来る人が使う食堂から佐倉さんが出て来るのが見えた。


ー 佐倉 結衣さん・・・


佐倉さんとはそんなに話した事はないけど、条件反射というべきか。


佐倉さんがいるという事はまことくんがいるかもしれない。


私はそう思って食堂をのぞいてみた。

時間は17:30頃、

患者さんたちの夕食中で何人かがご飯を食べていたけど

その中にまことくんの姿はなかった。


「・・・やっぱり、いないか」


期待は外れたけど、食堂に置かれたウォータサーバーが目に入り私は喉の渇きを潤おす事にした。


紙コップを手に取り、ウォータサーバーの冷たいボタンを押す。

コップの半分くらいのところで、ボタンから指を外して自分が座る席を探す。


入り口近くの端の席が空いていたので、私はそこに座る事にした。



椅子に腰掛けると、少し椅子が暖かい

多分、ついさっきまで他の人が座っていたのかな。



そう思っていたら、隣の椅子から携帯のバイブが鳴っていた。


ブーっ

ブーっ

ブーっ


私は隣の椅子に目をやり、携帯のサイド画面をみる。


中学生の頃は持っていなかったけど、

高校に入った時に私も携帯電話を買ってもらった。


中学生の時に買ってもらっていたら、まことくんの番号聞いたのにな。


そんな事を考えながらバイブが鳴り続けている携帯の画面を開く。


そこに表示されていたのは『伊勢 まこと』だった。



「えっ、これ、まことくん?」



画面を開いたところで、着信は切れた。


「これ、もしかして佐倉さんの携帯なのかな?」


画面を閉じ、携帯のストラップに目をやると

携帯の裏側にまことくんとのプリクラが貼ってあるのが見えた。


ー やっぱり、二人って付き合ってる・・・のかな?


中学3年に上がる時にこの想いは諦める事にした。

でも、あの時の想いが込み上げて来る。


また携帯のバイブがなる。

先ほどとは違って、短いバイブ。


多分、メールの着信だったんだと思う。


悪いとは思いつつ、私は佐倉さんの携帯の画面を開いた。



そのメールはやっぱり、まことくんから佐倉さんへ送られたメールだった。


見ちゃいけない。


そう思って画面を閉じたけど、私はこの携帯を佐倉さんに返したくなかった。


私の中の悪魔が囁いた、気がした。







病院を出ると、激しい雨が降っていた。


傘を持ってなかった私は病院近くのバス停まで走ってた。

バス停には誰もいなかったので、私はベンチに倒れこむように座った。


バス停には幸い屋根があったので、雨に濡れる事はなかった。



でも・・・



右手に握った佐倉さんの携帯を見つめ、罪悪感に押しつぶされそうになる。



「なんで、持ってきちゃったんだろう」



自分の行動が分からなくなる。

この事がまことくんに知られたら絶対嫌われる・・・



「でも、今さら佐倉さんに渡すのはな・・・」



病院に戻って佐倉さんに渡すにしても

なんて言って渡したらいいんだろう?


もしかしたら佐倉さんはさっきの食堂で

携帯を探しているかもしれないし・・・


探し終わった後に私が渡すのって変だと思われるだよね・・・


そんな事をうじうじと考えていると、バス停にバスが止まった。



プシューッといって乗車口が開く。


私は右手に握った携帯をカバンの中に突っ込み、バスへ乗り込んだ。



ー そうだ、佐倉さんの家のポストに入れよう・・・



私の家は佐倉さんと同じマンション。

私が4Fで佐倉さんは確か2Fの205号室。


前に佐倉さんが両親とマンションから出て来るのを見た事がある。



郵便受けに携帯が入ってたら気味が悪いかもだけど、

私が入れたって分からないよね。



その時はそれが最善だと思った。


私が悪者にならなくて、ちゃんと携帯も佐倉さんに戻る。




まさかまことくんがその日、

佐倉さんを待って3時間も雨の中待ち続ける事になるなんて思ってなかった。


次の日にまことくんが福岡からいなくなるなんて思わなかった。



あの日に戻れるなら、食堂で携帯を見つけてすぐ

佐倉さんに携帯を渡せばよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る