第25話 届かないメール
佐倉から先に帰るようにと言われた俺は家路を歩いていた。
春といっても、まだ少し寒くて
俺は中学の時から使っている白いマフラーを口元まで巻き直す。
どこの学校も今日が卒業式らしく、親と一緒に帰る学生が多かった。
俺は家に着くなり、制服を脱ぎ捨て先日購入したキャリーケースを広げる。
アメリカに行くと和樹さんに言われたが、何日行くのかは分からない。
でも、きっとそんなに短期間の話ではないことは察しが着く。
俺は夏用と冬用の必要な分の服をキャリーケースに詰め込む作業を進めた。
出発は明後日の昼前。
今日は荷物の整理をしたら早く寝て、明日は朝からカメラを持って地元を撮り収めようと思ったいた。
本当はその撮り納めに佐倉を誘いたかったが、あの様子じゃ無理そうなので諦める事にした。
「・・・結局、佐倉に出発の日言えなかったな」
アメリカに行くことを言った時に泣かれた時は正直困った。
「しかも、泣かせちまったしなぁ」
俺は頭を掻きながら、うーーーんと考える。
このまま何も言わずに行くべきか、それとも出発の日時を伝えるだけ伝えるか。
心臓がキュッと苦しくなる。
なんでこんなに胸が苦しいんだろう。
「・・・明日、電話してみっか」
今日は電話する勇気がなかったので、明日に後回しにして俺は荷造りを続けた。
心臓のあたりが苦しいのはきっと海外に行くのに緊張しているんだと思った。
翌日、両親が仕事に出かけた後に
俺も家を出ようとすると姉さんが今日は早く帰って来なさいと言って来た。
なんで?と聞くと、今日は家族で久しぶりに夕食を食べる事になっていたらしい。
俺は納得して18:00には帰ると姉さんに伝え外に出た。
空は晴れていたが、
今日は夕方から曇りで夜中には一雨くるらしい。
まだ蕾の桜が散らないことを祈りつつ、
今年の桜は見れないなと思い俺は歩き出した。
中学の前を通り、佐倉を送り迎えした道を写真に納める。
その後、俺が通った小学校の方に向かう。
通い慣れた通学路。
集合団地の公園。
小さな魚を見つけはしゃいだ小川。
どれも、佐倉と出会う前の風景。
それから俺は神社だったり、自転車で走り回った小道を写真に納めていった。
カメラのバッテリーが切れかかった頃には日が落ち始めていた。
あっと思い出し、携帯を取り出す。
昨日、佐倉に電話するのを後回しにしたのを思い出した。
携帯の電話帳を開いて、佐倉の名前のところまでスクロールする。
少しの間を置いて、コール音がなる。
何度かコール音がなった後に留守番電話になった。
俺は電話を切り、メールのボタンを押した。
ー なんて送ろうか・・・
少し考えながら、簡単に要件を打ち込む。
:今日、この後話せないかな?
送信っ。
俺は携帯をポケットに入れ、家への帰路に着く。
もうすぐで家に着くというところで、昼間は晴れていた空が曇り出した。
ゴロゴロと遠くて雷が鳴り出した音が聞こえた。
俺はカメラが濡れるのを避けるためカバンの中にカメラを入れる。
傘を持って出なかったので、雨が本格的に降り出す前に俺は家まで走る事にした。
家の玄関に手をかけたところで、雨が強く降って来た。
「ギリギリセーフ・・・」
俺は雨が降り続く景色を少し見て、家の中に入った。
靴を抜いでポケットに突っ込んだ携帯をみる。
まだ佐倉からの返信は来ていなかった。
リビングを覗くと、母さんと姉さんが台所に立っていた。
「珍しいね、二人で料理作るなんて」
「あんたねー、今日はあんたが福岡にいる最後の日でしょ。
見よ!
あんたの好物、カツ丼じゃ!」
そういって姉さんは揚げたてのカツを指差す。
「まだ丼になってねぇじゃん」
「そうよ、それはまだとんかつよ」
母さんの的確なツッコミが飛び姉さんが「たしかに〜」といって笑い出した。
今までこういう風に家族でご飯を作って食べるのが随分久しぶりだった。
父さんは新聞を見ながらテレビを見ている。
少し前に父さんと喧嘩をした。
未成年の子どもが海外に行くことも、
俺がいつまでも男の格好をしていることも
全部ひっくるめて喧嘩をした。
父さんの言っていることはきっと正しいんだと思う。
大学に行って、カメラの勉強をしてからでも良い。
性別に逆らわず、女の格好をした方が世間の目は良いんだろう。
でも父さんの言っている事に俺は反発した。
人生は選択の連続だ。
何を選ぶかは俺自身が決める事だ。
その選択権を誰かに委ねてしまったら、
俺は俺の人生を歩めなくなる。
俺は俺の人生を歩みたい。
だから、俺は俺の選択を信じて進む。
父さんが普段言っている事。
他人に自分の人生を握らせるな。
俺はその言葉を使って反発したんだ。
それから父さんとは気まずい関係が続いていたので、
その日の食卓も父さんとは一言も話さなかった。
母さんと姉さんはそんな事気にしてないのか
最近あった面白い話を言い合い爆笑していた。
夕食を食べ終えると俺は自分の部屋に戻る。
携帯を開いたが、まだ佐倉から返信が来てない。
小学生の頃に買ってもらったシーバの時計は20:00を指していた。
ー 明日の荷物はもう準備してあるし、家まで行ってみっかな・・・
正直、家まで行くのは気がひけるが、
そんな悠長な事を言えるほど俺には時間がなかった。
今日中に今まで黙っていた事を謝らなければ、もう会えない。
「・・・そうか、もう会えないのか」
今まで何も考えなかった訳ではない。
それでも、今日佐倉に会わなかったら次いつ会えるのか分からない。
むしろ、黙ってた事に佐倉が怒っていて
もし許してもらえなかったら・・・
「二度と、会えなくなるのかな」
足先からぞわぞわと何かが込み上げてくるのがわかった。
『いやだ』
この時初めて、佐倉と離れる事を認識した。
そしてそれがいやだと思った。
自分で決めたことだ。
自分の選んだことだ。
でも、佐倉と離れるのはいやだ。
俺は携帯だけを持って自分の部屋を飛び出した。
階段を降りリビングに向かって出かけるとだけ伝えた。
「遅くならないようにね」
母さんの言葉を聴きながら、靴をはき玄関を開ける。
佐倉の家まで歩いて30分、自転車であれば10分ほど。
俺は自転車の鍵を外し、急いで自転車にまたがる。
俺が帰って来た時に降り始めた雨はあがっていた。
自転車を走らせ、佐倉の家へと向かう。
雨上がりの道路には所々、大きな水溜りができていた。
自転車の車輪が水溜りに突っ込み、小さな水飛沫が飛ぶ。
途中、小さな坂を登るために立ち漕ぎをすると向かい風を感じた。
ー 確か、ここだ
自転車を止め、佐倉の家があるマンションの前に自転車を止める。
マンションの前には小さな公園があった。
公園といっても、砂場とベンチがあるだけ。
昼間ここを通ると小さな子どもが砂場で遊んでいる光景をよく見かける。
ー 部屋番号、なんだっけ?
郵便受けの部屋番号を見ながら、佐倉の名前を探す。
ー 表札は出してないのか・・・
俺は携帯を取り出し、佐倉の携帯番号を表示させ、通話ボタンを押した。
プルルルルっという音が鳴り、やがて留守電に切り替わる。
「通じない・・・
やっぱ、怒ってんのかな?」
さと、この後どうするか。
俺はマンションの前にあった公園のベンチに腰掛けようとしたが
ベンチはまだ湿っていたので座るのは諦めた。
:今、佐倉ん家の前にいるんだけど出てこれる?
というか、怒ってる・・・?
怒ってるならごめん。
会ってちゃんと謝りたいから、出て来てくれると助かる。
送信っ。
メールを送信し自転車の鍵を外す。
自転車にまたがり、ベンチがわりにする事にした。
携帯の時計は20:30を回っていた。
この日は佐倉に会うまでここで待つ事にした。
だけど、この日俺は佐倉には会えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます