第24話 佐倉 結衣の過去
私はまことが話したその事実に目の前が真っ暗になりそうだった。
「俺、アメリカに行く事にしたから」
卒業式が終わって、二人で歩いて帰っている最中。
唐突に放たれたその言葉を私は受け止める事ができなかった。
大学はどうするの?
同じ学校に行こうって言ったじゃん
試験だってまだ結果出てないのに
アメリカって・・・
なんでそんな急に
ー 私はどうしたらいいの
まことが困った顔をしながら私の方を見ているのに気づいて自分が涙を流している事を知った。
「ごめん、でもそんな泣くなよ・・・」
まことが差し伸べた手を私は拒んだ。
立ち止まる私につられて、まことも歩道の真ん中で立ち止まる。
「・・・」
まことはどうしたらいいのかっと言う顔で私の方を見ていた。
「ごめん。
ちょっと一人になりたいから・・・先に帰ってて」
まことはわかったと小さな声で返事をし、そのまま歩いていく。
思考が追いつかない。
さっきまで、まことと同じ大学にいける楽しみでワクワクしていたのに。
なんでこうなったんだろう。
そう思っていると、カバンの中の携帯が鳴っている事に気づいた。
「・・・はい、佐倉ですが」
電話の相手は病院だった。
数ヶ月前、私のお父さんが病気で倒れていた。
「佐倉さんの容体が悪化しました。
結衣さん、今すぐ病院へ来ていただけますか?」
電話の相手の女性はゆっくり、淡々と。
優しさのこもった声で私に話しかける。
私はすぐに行きますと言い、まこととは反対の方面へと走り出した。
振り返れば、まだそこにまことの背中が見える。
本当はまことに今日言うつもりだった。
でも、さっきのアメリカ行きの話で私はまことにお父さんの事を話そびれた。
病院につくと、お母さんがお父さんの隣で泣きじゃくっていた。
私はお父さんの連れ子だった。
お母さんとは血の繋がりがない。
だからか、病室に私が入ると泣きじゃくっていたお母さんはキッと睨んで来た。
「あんた!
ここに来るんじゃないよ!
この、死神!」
そう言って、お母さんは手元にあったティッシュの箱を私に投げつけて来た。
お母さんが私の事を死神と言い出したのは
私が小学5年生の頃だった。
私には3つ下の妹がいた。
お父さんとお母さんが再婚したのは私が1歳の時。
だから、その時まで私はお父さんの連れ子だと言う事を知らなかった。
妹はお父さんとお母さんの間に出来た子。
お母さんが妹ばかりに優しいので、私は自然にお父さん子になっていた。
そして、小学校5年の夏休み。
私と妹の瑠璃は父方のおばあちゃんの家に遊びに来ていた。
お父さんはその時、
まだ仕事がお休みでなかったのでお母さんと後から来る予定だった。
その日は少し曇り空の夏だった。
おばあちゃんの家は山を少し登ったところにあった。
小学2年生の瑠璃の手を取りながら、二人であぜ道を歩く。
好奇心旺盛は妹は興味のあるものを見つけると、走ってその対象のところまで走る。
私と正反対に好奇心旺盛な瑠璃を先頭に、歩いていると
いつの間にか山の中に入っていた。
あたりは林だらけ。
それでも最初の方は瑠璃がはしゃぐので、妹のあとを私は付いていっていた。
曇り空から雨粒が落ちて来て、はっとした。
帰り道が分からなかった。
「瑠璃!
ちょっと待って、おばあちゃんの家、どっちだっけ?」
私がそう言うと、瑠璃はあたりを見渡しわかんないと言った。
この時はまだ私たちに焦りはなかった。
「雨降って来たから、とりあえずさっきの田んぼのところに行こう」
そう言って私は瑠璃の手を引いて歩く。
雨は次第に強くなっていく。
完全に迷子になった私たちは泣きながら雨の振る山の中を歩いていた。
すると、妹の瑠璃がもう歩きたくないと言い出し、その場にうずくまった。
「瑠璃、立ってよ。
お姉ちゃんと一緒に帰ろう?」
そう言って手を取るも、瑠璃は首を横にふる。
「このままここに居ても風邪ひいちゃうよ。
おばあちゃんのお家に行かなきゃ」
それでも首を横にふる瑠璃に私は焦った。
このまま夜になってしまったら。
誰も私たちを見つけられなかったら。
このままだと、私たちどうなるの・・・?
今まで感じなかった恐怖が私を襲った。
雨が振る中、この森のどちらを行けばおばあちゃんの家にたどり着けるのか。
私は近くにあった洞窟になんとか瑠璃を歩かせ、雨から逃れた。
雨はどんどん強くなり、時間はどんどん流れていく。
私たち姉妹は雨に濡れた体を震わせながら
洞窟の中でじっと誰かが来るのを待って居た。
次第に雨が弱まりると、
「お姉ちゃん、瑠璃がんばるからおばあちゃんの家に帰ろう」
と言って、瑠璃は立ち上がった。
雨は上がったがあたりは暗かった。
きっとおばあちゃんたちは私たちの事を探してくれているはず。
そう思った私は山を降るように歩けば誰かいると信じて洞窟を出た。
洞窟を出て少し歩くと川が流れてた。
先ほどの雨で水かさが増したその川は、私たち子どもが渡るには流れが早そうだった。
「お姉ちゃん、すごいねー。
この川、すっごく早いー!!」
瑠璃が川の中に入りたそうにしたので、私はぎゅっと瑠璃の手を握る。
「だめだよ!
川の中に入ったら危ないからね!」
そう言って、瑠璃を川の反対側に引っ張った。
その時だった。
「オーーイ、結衣ー!瑠璃ー!」
おばあちゃんの隣に住んでいるおじさんが私たちを呼ぶ声が川の向こうから聞こえた。
私はその声の方を向いて、両手で手をふる。
「おじさーーん!」
思わず瑠璃の手を離していた。
私はやっと大人と会えた事が嬉しくて、
瑠璃が私の手が離れた瞬間に走っている事に気づかなかった。
「瑠璃ちゃん!だめだ!止まれー!」
おじちゃんは血相を変えて私たちの方へと走る。
私は何が起こっているか分からなかった。
瑠璃は川に足を踏み入れ、そのまま川の中へ入ってしまった。
先ほど降った雨で水かさが増しているところに流木が流れて来た。
おじさんは瑠璃に止まれと声をかけながら、川へと走って来る。
私はただ、何もできずに
瑠璃が川の中に流れていくのを見ていた。
右手には瑠璃の手を掴んでいた感触がまだ残っていたのに
私の目の前から瑠璃はいなくなっていた。
そのあと、おばあちゃんたちが私を見つけ家に連れて行ってくれた。
お父さんは私を抱きしめ無事でよかったと言葉をかけてくれた。
お母さんは私の顔を見るなり、
「なんであんたなのよ」
とこぼした顔を私は今も強く覚えている。
病室のベットでたくさん管がささっているお父さんの姿を見て
私は固まってしまった。
つい先日お見舞いに来た時は普通に会話が出来ていた。
詳しい容体は私には話が降りてこなかった。
先生はお母さんに容体を話したらしいが、
お母さんは私にはお父さんの容体を言ってくれない。
実家でも同じだった。
お母さんはお父さんには普通に話すのに、
私にはまるで私がそこにいないかのように無視をする。
そして、瑠璃の仏壇の前で私の悪口を延々と語る。
それだけならよかったのに、ある時からお母さんはお父さんにバレないように私に暴力を振るうようになった。
ほんの些細な出来事だった。
私がお母さんの前でまことから来たメールを見て笑っただけ。
「なんで、あんたが笑ってるのよ!」
お母さんは瑠璃の死を私のせいだといつも言う。
私自身、瑠璃が川に入ったのは自分のせいだと思っていた。
だから何も抵抗が出来なかった。
ごめんね、瑠璃。
そう思いながらお母さんが振り上げる手を私は無抵抗に受けていた。
病室から出て、私は待合室に座った。
さっきまことが話してくれたアメリカの話もお父さんの事も
全部が嘘だったらいいのに。
そう思いながら、私は病院の待合室で一晩を過ごした。
朝になってお母さんがお父さんの病室を出たのを確認して、
私はお父さんの病室に入る。
お父さんの大きく暖かい手を握る。
お父さんだけは私をちゃんと人として扱ってくれている。
この人がいなくなったら、私はあの家でどうしたらいいの。
唯一の救いのまこともアメリカに行くと言われた。
ー どこにも行かないで
私はお父さんの手を握りながら泣いていた。
その言葉はお父さんにもまことにも言いたいけど、言えなかった。
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