第22話 変わる思い

月曜日の朝。


「まことー、母さんそろそろ出るから

 いい加減起きなさいよー」


「んーーー・・・

 わかったー・・・」


伊勢まことは母親の呼びかけで、目を冷ました。

まだ頭がぼーっとしているのか目を擦りながら、窓の景色を見ていた。


ー今日は何すんだっけ・・・


寝ている間に固まった体をゆっくりほぐす。


体をほぐしながら、時計に目をやる。

小学生の頃に買って貰ったシーバの時計の針は9:00を指していた。



ー そうだ、今日は撮影だったな



勉強机に置いたカメラを手に取り、昨晩充電して置いたバッテリーをはめる。


カメラを起動したところで、昨日の佐倉とのやりとりがフラッシュバックした。



まことの手が一瞬止まる。


別にキス自体が初めてだったわけでは無いが、

佐倉とのキスにまことは困惑していた。



ー あれは一体何だったんだ



自分の顔が熱を持っているのがわかる。



昨日撮った佐倉の写真はパソコンの中に入れてある。

そのフォルダを開き、自分の携帯へ転送した。


携帯に入れた写真をまことは見つめ、待ち受けの設定をした。



待ち受けにした写真は、生徒棟4Fの廊下で窓を見つめる写真。



待ち受けの設定を終え、携帯の画面を一度落とした。


11:00から駅で生田たちと待ち合わせをしているので、

ひとまず出かける準備を進める事にした。



心臓が高鳴るのを抑えつつ、着替えを見繕う。

外の雲行きは怪しい。


今はまだ降りそうには無いが、夕方以降には雨になりそうな天気だった。




まことは出かける準備をし、早めに家をでた。


家の近くにあるコンビニで傘を買っておく。

今日は車移動ではなく、電車移動なので邪魔にならないように折りたたみ傘を買った。


そのコンビニで昼食と領収書、封筒も購入した。

今日は東京を出発する時に受けた仕事の依頼だった。


モデルは高校の友人伝手のモデル志望の子たち。

そして、ただ写真に写りたい友人と同窓会の時に声をかけた生田。


だいたい6人ほどのモデルにバイト代を出すために領収書と封筒を準備した。


ーあ、ぺん無いや・・・

 スタジオで借りるかな。


コンビニを出て、駅まで歩く。

道のりは20分ほど。


曇り空を歩きながら、イヤフォンから流れる音楽に耳を傾ける。


イヤフォンから流れるのはまことが心を落ち着かせる時に聞くバラード。

ゆったりと流れる音に思考を飛びこませ、自分のざわついた心が落ち着いていく感覚。


まこと自身は楽譜も読めないが、音楽を聞く事が好きだった。

狭く深くというよりは、広く浅く。


まことが生まれる前にヒットした音楽も

アイドルのキラキラした音楽も

「良い」と思えばCDを手に入れ、自分のウォークマンに入れる。


寝起きにはロックの激しい音楽を。

仕事でテンションをあげる時にはアイドルの元気な音楽を。

眠りにつくときや落ち着きたい時にはバラードを。



音楽を聴きながら歩く事20分。

目的の駅に到着し、まことは交通ICカードを取り出す。


改札にICカードをかざし、中へと入り電車が到着するホームへを足を向けた。


学生の時は電車を利用した事がなかったので、まことは案内表示を辿りに歩いた。


まことが利用する電車は地下鉄のため、ホームは階段を降りた先にあった。


階段を降りると、ちょうど電車がきたので行き先を確認して電車へと飛び込む。

電車の扉が閉まり、電車の発車音と共に車体がゆっくり前へと進む。


まことは空いている座席に腰掛け、目を閉じた。


「っいて」


誰かに足を蹴られ目を開けると、

いつの間にか寝ていたらしく、終点の駅に着いていた。


「・・・やべ」


まことは急いで電車から降りてあたりを見渡す。


「あ、そっか。

 ここの駅でよかったのか」


ここが自分の目的の駅である事を確認して、改札へと向かう。


生田たちとの待ち合わせ場所は駅の14番出口。


時間は待ち合わせの15分前。

階段を登り、まことがあたりを見渡していると生田が一人で待っているのを見つけた。


「生田、お前来るの早いな。」


「いやいや、私もさっき来たところだから」


そういう生田の手元には小説があった。

小説を手に持っていたということは、それなりに待っていたんだろう。


まことはクスリと笑い、生田のそういうところを愛らしいと思った。


「そういや、生田って彼氏いんの?」


何気なく世間話のつもりで投げたその問いに生田は戸惑った。


「あ、いや、そのー・・・

 この間、振られたばっかりなんだよね・・・」


「マジで?

 こんな可愛い彼女と別れるなんてもったいねぇことする奴だな」


「そ、そんなことないよ!」


生田は自分の顔の前で手を横に振る。

不意にまことから可愛いと言われた生田は頬を赤く染める。


「そ、そういうまことくんはどうなの?」


そう問いかける生田はまことに『彼女がいるのか』という言葉を言いかけ、やめた。

なんとなく、その言葉を直接まことに問いかける事を嫌がった。


「俺は・・・

 ウーーム、付き合ってる奴はいないかな。

 それっぽいのは昔いたけど、今は仕事の方が楽しいからね」


まことはそういって笑ってみせた。


生田はそのまことの笑顔を見て、心が少し傷んだ。


ー 佐倉さんと会えた?


同窓会に佐倉の姿がなかったのは生田も気づいていた。

まことと佐倉が学生時代のように笑いあっている様子を一番見たかったのは生田自身だった。


だが、自分が二人を決別させる原因を作ってしまっている罪悪感から

佐倉との事をまことに聞く勇気が生田にはなかった。



その後、他のメンバーも到着しまことの先導のもと撮影スタジオへと向かう。



撮影は順調に進む。


モデル志望の女の子たちは真琴の事を知ると

真琴が撮ったモデルの名前をあげ、少し興奮気味だった。


「じゃあ、次生田入ろうか」


モデル志望の子たちの撮影が終わり、まことは生田に声をかける


「わ、わかった」


急に自分の番が回ってきて、少し緊張気味の生田に


「生田緊張してんの?

 大丈夫、自然体でいいよ」


と言ってまことは笑ってみせた。


ー ああ、これがまことくんの仕事場なんだ


今まで真琴が発売してきた写真集は全部買っていた。

写真集に映る景色を見てみたい、そう思ったことはなんどもあった。


まさかその景色に今、

自分が立つとは思ってもみなかった。



学生時代に憧れていた人は、有名な人になっていた。

遠い存在となったその人が今目の前で自分をみている。


生田はこの時が嬉しかった。

憧れの人のこの瞬間を自分のものにしているみたいで。




ただ、罪悪感はあった。

このあと、まことに言わなくてはいけない。


本当はあの時、すぐにでも謝ろうと思った。


でも、まことに本当の事を話して嫌われるのが怖かった。


まさか二人があの事をきっかけに決別する事になるなんて思わなかった。


生田の撮影が一通り終わり、まことは次の人に声をかけた。


生田は自分が座っていた席に戻ると、どうやってまことにあの時の事を切り出そうか考えていた。


その時、生田が座っていた近くに置かれた携帯が光るのを目にした。

どうやらメールか何かの通知らしい。その携帯に写っていたのは

佐倉の横顔が待ち受けにされたまことの携帯だった。


ー ・・・・!!


生田は声にならない歓声をあげた。

思わず、自分の口元に手をあて、漏れそうな声を抑える。


中学生のころ、二人が並んで歩いている姿を見て諦めた想い。

その想いは今は全く別のものに変化している事に気づいた。


ー よかった。

 二人がまた出会えて、よかった・・・


思わず、涙が溢れた。


その涙は悲しい涙ではなかった。

ただただ、嬉しかった。


二人が再会できていた事が、何より生田は嬉しかった。




撮影も順調に終わり、

スタジオを出る頃には外は仕事帰りのサラリーマンで溢れていた。


まことはスタジオを出たところで全員に今日のバイト代として封筒を渡す。


「今日はありがとうね。

 他の仕事で撮影するときはよろしく」


モデル志望の子たちにそう言うと

まことは今日はここで解散で!と言って、またねと声をかけた。


生田はその場から動かず、まことへどう言葉をかけようか考えていた。


まことは不思議そうな顔をしながら


「どうした?」


と生田の方を向く。


「・・・まことくんに話があるの」


言いたいことは決まっていた。

ただ、ここでそれを言おうか生田が迷っていると


「じゃあ、どっか飯でもいく?」


まことはそう言って生田を夕食に誘った。


「この辺の店、俺よくわかんないから生田のおすすめ教えてよ。

 大丈夫、今日は俺のおごりだから」


まことはそう言うと右手の親指を立ててみせた。


「ありがとう・・・

 じゃあ、この近くにパスタの美味しいお店あるからそこに行こう」


生田はそう言うと携帯でその店のHPを表示させここだよとまことに見せる。


二人は先にスタジオを出た人たちと遭遇しないよう、少し遅れてスタジオを後にする。

生田は店への行き道でなんども頭の中でまことに言う内容を整理していた。



昼頃に曇っていた空は二人が店内に入った頃に雨を落とし始めていた。

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