第20話 思い出

日曜のお昼間、ということもあって

福岡の繁華街は賑わっていた。


10月も中旬に入り、街の様子はハロウィン一色。

かぼちゃのお化けや魔女の飾りがショーウィンドウに並ぶ。


伊勢まことと佐倉結衣は、

適度な距離を保ちつつ横一列で同じ方向を歩いていた。


「それにしても、こっちは一点集中型って感じだな」


「なによ、それ」


結衣は不思議そうにまことの方へむく。


まことは天神の街並みを見ながら、


「ほら、博多と天神って近いじゃん?

 必要なものってここに来れば揃うなーって。

 初めて東京に行った時は、どこになにが有るかわかんなくて苦労したよ。」


まことはこっちは住みやすそーだなと言って周りを見渡す。


二人は展覧会の会場へと歩く。

ファッションの店が並ぶ先にその会場はあった。


「ここって・・・」


佐倉は辺りを見渡し、見覚えのあるその場所にいつ来たのか記憶を探る。


「ここ、和樹さんが前に個展やってたところか」


「ここだったっけ?

 ・・・でも、そっか。

 ここだったね」


佐倉がそう言って、会場の扉に手を掛け、ゆっくりと扉を開ける。


「早く、入ろう」


「そだな・・・」


二人は展覧会の会場に入っていく。

会場には若い女性が多く、

シーバが描かれたキャンパスに目が釘付けになっていた。


「うわぁ、これ可愛い」


佐倉が見ていたのは、シーバが運動会で一等賞の旗を持って喜んでいる姿だった。


「これ、まことに似てる」


「えー?そうか?」


会場にはたくさんのキャンバスが飾られ、

年代によってタッチが変わるシーバを楽しめた。



まことはこの時、結衣と高校生の頃に訪れたこの場所の事を思い出した。


『遠藤 和樹』


高校3年の夏の剣道大会が終わった時に大会の会場でまことは和樹を知り合った。





高校最後の大会を戦い終え、まことは会場を歩いていた。

女子の部が終わり、今は男子の部が行われている。


その大会で和樹はプロのカメラマンとして会場で試合の様子を撮っていた。


まことが足元に落ちていたレンズキャップに気づき、

近くにいたカメラマンに声を掛けた。


「これ、おじさんのですか」


「おっと、ごめんよ。

 

 ありがとう。

 

 ・・・あ。

 君、さっきそこで試合やってた子でしょ」


「あ、はい。そうです」


まことからレンズキャップを受け取った和樹は、

先ほどまで戦っていた剣士に興味が湧いたのか会話を続けた。


「君、剣道強いんだねー」


「いやぁ、そうでもないですよ。

 結局まだ勝ててない奴がいますし。」


「高校卒業後も剣道続けるのかい?」


「うーーん・・・、それはまだ考え中ですね」


和樹はまことに名刺を渡した。


「よかったら、今度個展やるから遊びにおいで。」


その何気ない一言で、

まことは後日佐倉と共にその個展へと向かったのが

カメラマン真琴の始まりだった。



その個展で和樹の写真を見たまことは世界を知った。


ーこの景色を自分の目で見てみたい。


どうやったらこの景色が見れるのか和樹に聞くと


自分の足で世界を見る事だなとの答えが返ってきた。


その言葉を聞いてから、まことは世界にどうやったら行けるか考えるようになった。






「あの時からだったよね、まことがカメラに興味持ったの」


佐倉はシーバのキャンバスに目をやりながら、まことに話しかけた。


「・・・そうだな」


まこともキャンパスから目線を外す事なく、話を進めた。


「あの時、世界を知れて良かったって思うよ。」


まことはそういって、自分のカメラを手に取る。


「こいつでさ、いろんな景色撮って自分の足で世界を回って。

 ありがたいことにメシも食えてるしな。」


佐倉はまことの方を向いて「すごいよね」と言葉を漏らした。


「あのさ、佐倉」


「ん?」


「このあと、ちょっと写真のモデルやってくんない?

 世界より見たかった景色があったんだ」


「・・・いいよ」


佐倉はそう答え


「ついに私もモデルデビューか」


といって笑った。


その後、展覧されているキャンバスを見終えると

二人は簡単に食事を済ませ、車に乗り込んだ。


「それで?

 どこに行くんですか?

 カメラマンさん」


シートベルトを締めながら、佐倉は行き先を確認する。


「・・・俺らの中学」


まこともシートベルトを閉める。


「中学って、休みの日に入れるの?」


「知らねえけど、行ってみよーぜ。

 ほら、卒業式の時に担任が言ってたじゃん。

 いつでも遊びにおいでって」


まことはそう言うと、車のアクセルを踏んだ。


「あれは言葉のあやって奴じゃない?」


「うーーん。ま、怒られたら謝ればいいさ」


そういってまことは車を進め、母校へ向かった。




車を学校近くのパーキングに止め、

12年ぶりに母校の校門をくぐる。


「うわー、すげー懐かしい」


まことはカメラを電源を入れ、校門を撮った。


「佐倉、ちょっと門のところに立ってよ」


「いいけど、なんか恥ずかしいな・・・」


佐倉が校門へと歩く。


カシャッ。


佐倉はシャッター音を聞き、振り返ろうとすると


カシャッ、カシャ。


「ちょっと、撮るなら撮るって言ってよー」


「いいじゃん、撮るって言うとお前、顔作っちまうだろ?」


まことはそのままテキトーにその辺歩いてみてよっと言いカメラのファインダーを覗く。


佐倉は戸惑いながら、校門を通り中学校の正面玄関へ歩いた。


ナイッサーと、バレー部の掛け声が聞こえる。


どうやら今日はバレー部の練習日のようで、

体育館からはボールが地面に叩きつけられる音と

生徒たちの掛け声が聞こえてきた。


「っと、まずは職員室覗かねーとな」


まことはカメラのファインダーから目を離し、正面玄関へと進む。

佐倉はまこと自由すぎと言いながら後ろについて行く。


正面玄関で靴を脱ぎ、12年前に上履きで通っていた廊下をスリッパで歩く。


目当ての職員室の扉の窓から、ひょっこり顔を覗かせるまこと。


まことが職員室の中を覗いていると


「お前ら、伊勢と佐倉か」


と後ろから聞き慣れた声がした。


まことが振り返ると、そこには剣道部の顧問だった田中先生が立っていた。


「あ、田中先生!

 お久しぶりです」


まことが頭を下げ、佐倉もそれに習う。


「伊勢、お前。

 職員室をそうやって覗くクセ変わらねえな」


と言って笑う田中先生は12年前の頃にはなかった白髪や顔のシワが増えていた。


「で、何しにきたんだ?」


「いやー、久しぶりにこっち戻ってきたんで

 せっかくだから写真撮りたいなって思いまして・・・」


「ああ、お前カメラマンになったんだっけな。

 ・・・うーん、まあいいか。

 今、入館書渡すから、そこで待ってろ」


そういうと田中先生は職員室に入り、まことと結衣の入館書を用意してくれた。


「今日部活やってるのはバレー部だけだから、体育館に入りたければ顧問の先生に言え。」


田中先生はそういって入館書を二人に渡す。


「ちなみに剣道部ってまだあるんですか?」


「ああ、部員は相変わらず少ないがな。

 俺がこっちに戻ってきた時にはなかったんだが・・・」


と、苦笑いを浮かべながら帰る時にそれ返却なと言って職員室の中へ入っていった。


「まずは、生徒棟行ってみっか」


二人は渡り廊下を歩き、生徒棟へ渡った。


12年前と変わらない校舎。

生徒棟の入り口に入り、階段を登って行く。


踊り場には二人が在学中にはなかった張り紙が貼られていた。


『スマートフォンの持ち込みは禁止』


「あんま校舎変わってなかったけど、時代はだいぶ変わってるな」


「そうだねー。

 私たちの頃は携帯持ってる人もいなかったのにね」


まことは張り紙を見ながら


「すげー時代になったもんだ」


と言い、再び階段を登りだした。



2F、3Fへと登り、4Fにたどり着く。


階段を登りきると、まことはカメラのファインダーを覗く。


「・・・うん、

 佐倉、廊下ちょっと歩いてみてよ。

 あ、目線は窓の方な」


佐倉はまことの指示に従って、廊下を歩く。

後ろの方からまことのカメラのシャッター音が鳴る。


佐倉は中庭を見下ろしながらゆっくりと歩いた。


ー中学生の時はなんとも思わなかったんだけどな。


あの時の当たり前の景色は

懐かしい景色になっていた。


ちらりとまことの方を振り向く。


まことはカメラのファインダーから目を離し、どうした?といった顔をしてみせた。


「なんでもない」


そういって佐倉はまことに笑いかける。

そして、またゆっくりと歩きだした。



ーまこととまた出会えてよかった。



心臓の鼓動が早くなる。

緊張しているのか、それとも別の感情なのか。




佐倉は立ち止まり、窓とは反対の方向を向く。


中学3年の時に自分たちの教室だった場所。



ー・・・。



佐倉は自分の心がざわつく事に気づいた。



『あの時』には戻れない。

過去をやり直す事はできない。


人間が変えられるのは『今』



佐倉は衝動的に後ろにいるまことの方へ走った。


まことはファインダーから目を離し、近寄ってくる佐倉を不思議そうに見つめた。



手を伸ばせばまことに触れられるところまで来た佐倉は



強く、強く



まことを抱きしめた。




「・・・・??」


まことはいきなりの佐倉の行動に困惑した。


「え、佐倉・・・


 いきなりどうした?」


佐倉の返事はない。




まことは困惑しながら、されるがまま。

身動きが取れないとはこのことだなと思いながら、

まことは自分の手を下に下ろした。


本当なら、

佐倉の体を抱きしめた方が良いのかもしれない。


そう思っていると、佐倉はゆっくりまことから離れた。


呼吸が聞こえる距離。


まことは佐倉の表情を見ようとして、目線を合わせた。



すると、佐倉は右手で自分の髪に触れ、

サイドの髪を右耳にかけた。




髪を耳にかけた佐倉は

ゆっくり自分の顔を前へ出した。




「・・・っ」



二人の唇が優しく触れた。

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