第19話 回想10 -高校1年生-

『今日の天気は晴れ。

 お洗濯日和の気持ちの良い一日になるでしょう』


天気予報を見て、カバンの中に入れていた折りたたみ傘を取り出す。


「あんた、それ入れっぱなしの方が良いんじゃないの?」


姉さんはそういって


「この間もずぶ濡れで帰ってきたじゃない」


と言って朝食の味噌汁をすする。


「だって、このカバンおもてーんだもん」


「なに女の子みたいな事言ってんの」


「いや、性別女ですけど」


姉さんはなぜか俺の事を女の子扱いをしない。

それが楽な時もある。


「母さんたちの前でそれ言うなよ」


「大丈夫よ。

 この家、家族で集まることなんて、そうそうないんだから」


姉さんの言うことは最もだ。


うちの家は自営業の家なので、

父も母も朝早くから二人一緒に職場へ向かう。


父方の爺さんが創業者である街の風呂屋。

銭湯というよりかは、大人の漫画喫茶みたいなものだ。


大きな風呂とサウナ。

脱衣所はもちろんある。


休憩スペースではおじさんからお爺さん世代の人たちが一眠りするか、食事を食べている。


あの店で若い人を見たことが記憶にない。


父さんはその店の経営をし、母さんはキッチンで簡単な料理をしている。

小学生の頃はその店が学校からの帰り道だったので、よくそこで夕飯を食べていた。


俺が中学になってから、あの店にはあまり顔を出していない。


『誰かに雇われるのは、自分の人生を握られているようなもんだ』


父さんは酔っ払うと、いつもそのセリフを言っていた。


だからなのかもしれない。

会社員に憧れを抱かないし、

仕事をするなら自分で何かする方がいい。


姉さんは二人が朝から晩まで働いている姿をみて、

人生握られてもいいから休みは欲しいわっと言っていた。



両親は朝早く仕事に行くので、

我が家の朝食は姉さんが担当で夕飯は俺の担当だった。


俺が中学に入ってから、

姉さんがバイトに行く様になったので夕飯は自分の分だけでよくなった。



朝食を食べ終え、食器を台所の流し台に置く。

水道の蛇口をひねって俺は自分の分と姉さんの食器を洗い出した。



『ピンポーン』



玄関のチャイムがなる。


「姉さん、俺今食器洗ってるから出てよ」


「おっけー」


姉さんが玄関に向かって、玄関の扉が開く音がする。


「結衣ちゃんー!

 おはようー」


どうやら佐倉が来たらしい。

中学はお互い学校は反対側だったが、

高校では同じ方向なので佐倉は毎朝俺の家に寄ってくれる。


だが、今日は少し来るのが早かった。


(今日、何もない日だよな?)


冷蔵庫に貼ってあるカレンダーを見るが、特に何も書いていない。


(・・・たまたま、かな)


深く考えるのは辞めて、食器を早く洗い終える。


「結衣ちゃん、リビングで待ってなよ。

 まことまだ食器洗ってて着替え終わってないからさ」


リビングの扉付近から姉さんの声が聞こえ、扉の方に目をやる。

佐倉がおはようと言って来たので、おはようと返す。


「ちょっと待ってろよ。

 着替えたらすぐ行くから」


「わかった!

 待ってるね」


そのまま俺は佐倉を残し、自分の部屋へ急いで向かう。

高校の制服はブレザーだったので、スカートとシャツだけ履いて上着は手に持つ。


ドタバタと着替えを済ませ、リビングに降り佐倉にもういいぞと声をかけた。


「相変わらず、着替えるの早いねー。

 ・・・ネクタイ、曲がってますよ」


佐倉に注意され、俺は自分のネクタイを見る。


確かに。


勢いで結んだので、不恰好な状態になっていた。


「うちの学校、身だしなみ厳しいんだからちゃんとしなさいね。」


佐倉が俺の首元に手を伸ばし、不恰好なネクタイを綺麗に整える。


その時、制服の上着の袖から佐倉の右手首にアザがあるのを見つけた。


「どうしたんだ、このアザ。」


俺はアザの部分に触れない様に、佐倉の上着の袖を掴む。


「昨日はなかったよな?」


昨日は体育があり、半袖だった。

別にジロジロ佐倉の体を見ていた訳ではないが、こんなアザはなかった。


「あー、それ・・・

 昨日家のマンションの階段でぶつけたのよ」


佐倉はそういうと俺の手を優しく振りほどく。


「おっちょこちょいだな、お前」


この時の俺は、そのアザのことを追及しなかった。

佐倉のいう通り、階段でぶつけたんだろうと思ったし、


佐倉が俺に嘘をつくとは思わなかったからだ。


それから高校まで自転車で向かう。


高校へ登校する時だけ、

佐倉は姉さんが使わなくなった自転車を借りていた。


バス通学という手もあるが、

俺が元々自転車で走るのが好きだったので

少し遠いが二人で自転車で登校していた。



学校につくと、お互い違う教室に入る。


俺は部活動の生徒を中心としたスポーツクラス。

佐倉は進学を視野に入れた進学クラス。


スポーツクラスと進学クラスは2クラスずつあって、

他には特進クラスが1クラス。

合計、1学年5クラスほど。


特進クラスは、偏差値の高い大学へ行くためのクラスらしい。

俺はそこまで勉強するなんて物好きがいるもんだなっと思った。


勉強する理由が出来はしたが、

自分から進んで勉強をしようなんて基本思わない。


佐倉という監視の目のあるところではやるけれども・・・。


最初、佐倉は俺と同じクラスでないことにガッカリしていたが

佐倉と俺のクラスは合同授業でよく一緒になった。


その日の朝のHRで、11月に行う文化祭の出し物を決める話になった。


「まずは、出し物の案を出してもらいます。

 今から配る紙に匿名で構いませんので、

 やりたいことを書いて私のところに持って来てください。」


担任の先生が説明しながら、小さな紙を先頭に座る生徒へ渡す。

その先頭の生徒が後ろの席へ渡して行く。


俺は中学と同じで、窓際の一番後ろを獲得していた。

前の席の奴から紙を受け取り、どうするか考える。


匿名でも言いと言っていたので、空白で出してもバレないよな?と思っていたら


「ちなみに、空白はダメですよ。

 しっかり自分の意見を書いてください。」


と先手を打たれてしまった。


他のクラスメイトは快調にペンを走らせる。

俺は窓から見える景色を見ながら、どうしようか考える。


そして、


『多くの人がやりたいと出た案に従います』


と書いた。

我ながら見事な回答だったと思う。


書き終わった生徒から、先生の元へ紙を折った状態で持って行く。


俺も紙を折り、先生のところへ持っていき自分の席へと戻る。


「それでは学級委員の方は前に出て来て、進行の手伝いをお願いします」


それから先生は紙に書いてあることを読み上げ、学級委員が黒板にそれを書いて行く。


途中、俺が書いた紙を開いた先生が俺の方をちらっと見た。


どうやら先生には俺がその紙を書いた犯人だと気づいたらしい。


俺が書いた紙を持った先生は

今現在多く票の入っている演目を読み上げた。



(これが大人の対応というやつか)



そして、全ての紙を読み終えたところで圧倒的な票数で演目は「劇」に決まった。



そこから俺の災難は続いた。


よく学園漫画の文化祭に出てくる「ロミオとジュリエット」。

それのロミオ役に俺が指名されてしまったのだ。


俺は訴えた。


俺は頭が悪い。

物覚えも悪い。

人前で演技をするなんてできない。

他に適任者がいるはずだ、と。


できない理由はどんどん出てくるが、

周りのクラスメイトが口を揃えて「男役はまことでしょ」と言った。


この時初めて、女子校に来るんじゃなかったと思った。


それから本番当日まで、俺はセリフを覚えるのに必死に努力をした。


自分でも、本当に頑張ったと思う。


ただ、新しいものを覚えると古いものが消えてしまう脳みそなので

ラストシーンのセリフを覚えた頃には冒頭のセリフがすっかり飛んでいた。


こんなにも劇が大変だったなんて。


舞台を仕事にしている人は本当にすごいんだなと実感した。


そんな俺の様子を、佐倉はニタニタしながら笑った。


「何がおかしいんだ」


「今にも泣きそうな顔しているまことが可愛かったから」


と返された。




そうして、文化祭の当日まで佐倉とセリフの練習をし、

どうにか本番までにセリフや立ち振る舞いを覚えた。


本番は成功と言えば成功だったと思う。


それなりに人は入っていたし、お客さんからの拍手も貰った。


ヒロインの女の子から


「まこと、来年も同じクラスになったら

 劇に票は入れないでおいてあげるね」


と言われた。


最初は舞台がいまいちだったからそんなことを言われたのかと思ったが、

俺が本当に苦しそうに台本とにらめっこしていたのを見て、気を使ったらしい。



自分の舞台が終わり、

俺は佐倉のクラスがやっている出し物を見に行った。


佐倉のクラスは映画鑑賞の出し物で、

時間によって上映する映画を変えていたらしい。


俺が佐倉のクラスに到着した頃には

映画も終盤でもうすぐで終わるところだった。


「あ、まこと。」


上映中の教室に入ると、そこにはあおいが座っていた。


「お前、何してんだよ」


俺はあおいの隣に座る。

席は一番後ろ。

大盛況とは行ってなく、

俺たちが座っている席に1列前には誰も座っていなかった。


「結衣ちゃんに誘われてね。

 さっきまでまことのとこの劇見てたよー。

 あんたよくあんな長いセリフ覚えられたわね」


「本当にもう、地獄だったよ」


「あー、なんか察したわ」


あおいはそう言って笑うと、映画を上映しているスクリーンに目を向けた。

俺もあおいに習って映画の方をみる。


海外の映画なのか、終始英語で話していたので映画の内容は全く分からなかった。

だが、それが家族の絆的なものがメインの話だというのはわかった。


お父さんとお母さん、お姉さんと妹とペットの犬が楽しそうに笑っているところで映画は終わった。


映画の上映が終わり、観客の人たちがぞろぞろと出て行く。

俺とあおいは佐倉に会うためにしばらく椅子に座って待っていた。


すると、裏方の方から佐倉が出てきた。


俺は佐倉を呼ぼうとしたが、

その佐倉の方へ一人の男の人が歩み寄って行く。


「あれ、誰だろう」


「担任の先生とかじゃないの?

 スーツだし」


とあおいが言うが、あんな先生は見たことがない。


「あ、結衣ちゃんのお父さんじゃない?

 前に運動会で見たことあった気がする」


「へー、佐倉の親父さん初めて見たわ」


「まこと、結衣ちゃんと仲良いのに親とは面識ないんだ?」


「え、ああ、うん・・・」


この時、あおいに言われて自分でも初めて気づいた。


少なくとも2年近くは一緒にいた。

今まで佐倉の家に遊びに行ったこともある。


それでも、

佐倉の親にあったことは一度もない。



この時は親父さんを遠目で見たが、

高校を卒業するまで俺は佐倉のお母さんを見たことがなかった。

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