第18話 小さな嘘

プルルルルルルッ


ツインベットの中央に置かれた電話機が鳴り響く。


伊勢まことは意識が朦朧とするなか、その電話の受話器をあげる。


「はい、もしもし」


「伊勢様。

 おはようございます。

 ご依頼の通り、10:00を知らせるためお電話致しました。」


ハキハキと電話の相手は答え「あ、ありがとうございます」といってまことは電話を終了させる。


昨日、佐倉結衣とのドライブの最中にまことが実家の鍵を忘れた事に気づき、

佐倉は家に帰りたくないと言い出し、近くのビジネスホテルに急遽泊まる事にした。


ホテルの部屋に置かれてあったパジャマのまま、まことはベランダに出る。


部屋のテーブルに置いてあった灰皿を持って、目覚めの一服を済ませる。


「一回帰って服着替えなきゃなー」


んっ、と寝起きの体をゆっくりと伸ばす。


するとベランダの窓があき、佐倉がベランダに出て来た。


「まことってタバコ吸ってるんだねー」


といって、まことが持っていたタバコの箱をとる。


「これ、美味しいの?」と匂いを嗅ぐ仕草をしてみせる。


「ただの習慣だよ」といい、まことは佐倉の手からタバコを取り返す。


「副流煙吸う前に、部屋に戻れよ」と言うと


「それもそうだね」といって、佐倉は部屋に戻っていく。


「着替えるから覗かないでね」


と佐倉が冗談っぽく言うと


「そんな趣味はねぇよ」


とまことは鼻で笑った。


まことはタバコを吸い終わると、もう一本の手をつける。

佐倉の着替えが終わるまで時間を潰すために。


しばらくして、ベランダの窓をコツコツと佐倉が叩く。

右手でOKの印をだし、まことは吸っていたタバコを灰皿に押し付け、部屋に戻る。


「この後、俺実家によるけど佐倉はどうする?」


ベランダの窓をしめ、鍵をかける。


「まことの実家の後にうちに寄って貰えるかな?

 着替えだけして、展覧会行こうよ」


佐倉は自分が寝ていた方のベットを整える。


「おっけー」


まことはそれだけ言うと、脱衣所に自分の服を持っていき


「着替えるから覗くなよ」


と忠告する。


「それはどうかな」


と佐倉はいたずらっぽく笑う。


「鍵かけてやる」と言って、

まことは脱衣所に入り、宣言通り脱衣所の鍵をかける。


まことの着替えが終わり、そのまま部屋を退出しホテルをチェックアウトする。


それから二人は車でまことの実家へ向かった。


「まことの実家に来るの、久しぶりだなー」


と車から降りながら、佐倉は懐かしそうにまことの実家を見上げる。


「姉さんとはたまにあってたんだろ?」


車のドアをロックし、まことは実家の玄関まで歩き出した。


「うん、そうだね」


「俺、そんな事姉さんから一回も聞いてねえーぞ」


と膨れた顔をしながら、実家のドアフォンを鳴らす。


少しの間を置き、ドタバタと足音がし玄関の扉が開く。


「あ、まこと帰って来たわね!」と言って、姉さんが出迎えてくれた。


「あ、みさきさん、お邪魔します」


「あーー!結衣ちゃん!この間振り!」と言って、みさきは結衣に抱きつく。


「みさきさん、ちょっと苦しいです」


と言って佐倉はギブギブと言うジェスチャーをする。


「えー!なになに、あんたら朝帰りなの?ヤラシーわね!」


と笑いながらみさきが言うと


「そんなんじゃねーよ」と言ってまことがみさきの頭を軽くはたく。


「早く入れて、俺らまた出かけるから」


と言うと「えーー、少しは姉を構いなさいよ!」とみさきはふくれっ面をする。


姉を押しのけ、まことは家の中に入っていく。


「お邪魔します」


佐倉もまことの後ついて、家の中へ入っていく。


「結衣ちゃん、私の部屋おいでよ」


佐倉はみさきに手を取られ、そのまま2Fへと連れて行かれた。

まことはため息をついて、騒がしい姉にやれやれと言った顔をする。


二人の後についていくように、まことも自分の部屋へ行き、着替えを済ませる。

昨日撮った会場の写真を自分のパソコンに取り込み、一旦メモリーカードの中を空にする。


カメラに取り付けたバッテリーを充電にかけ、

キャリーケースの中にしまってあった予備のバッテリーをカメラにセットする。


隣の姉の部屋から笑い声が聞こえて来た。


まことは懐かしむようにその笑い声に耳を傾けた。


学生の頃にも、みさきは結衣を自室に呼び

よく二人で女子トークなるものをしていた。


まことはその間、風呂に入ったり自室で漫画を読んだり・・・

とにかくあの二人がみさきの部屋にいる時は自分の部屋で時間を潰していた。


出かける準備を終え、まことはみさきの部屋をノックする。


「なぁ、もう俺準備できたから」


と言うとみさきから


「ちょっと待ってー」と言われた。


しょうがないなーっと言った感じにまことは、

自室に戻りタバコの箱を持ってリビングへ降りる。


父が使っている灰皿をリビングで見つけ、タバコに火をつける。


リビングにあったテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押す。


日曜の昼間、情報番組か再放送しかやっていなかったので、

まことは再放送の旅番組にチャンネルを合わせた。


ドタバタと足音がする。


まことはリビングの扉の方に目をやると、

ガチャっと勢いよく扉が開き、みさきが「ジャジャーン」と言って入って来た。


「なになに」とまことが驚くと


「結衣ちゃんがさらに可愛くなりましたー!」


と言ってみさきの服を着た佐倉が入って来る。


「お、おう」と言い佐倉の格好を下から見る。


白のワンピースにジーンズ素材のジャケット。


化粧も昨日のような薄いメイクではなく、

雑誌のモデルさんがやっているような自分の長所を生かしたメイク。


「どうしたんだよ」


「それ以外に言うことあるでしょ」


「・・・綺麗だよ」


とまことがボソッと言うと


「素直でよろしい!」とみさきは満足気だ。


これまで黙っていた佐倉も

「見違えたでしょ」と誇らしく笑うので

「調子に乗るな」とまことが釘をさした。


「じゃあ、私もそろそろ彼氏が迎えに来るから準備して来るー。

 まこと、出かけるなら家の鍵忘れんじゃないわよ」


と言って、みさきはまことに鍵を投げ渡した。


「サンキュー」と言って、まことは鍵をキャッチし

自分のポケットに突っ込む。


「んじゃあ、行くか」

と言ってまことが立ち上がると


「あ、うちに寄らなくていいから、そのまま行こう」と佐倉が提案をする。


「でも、佐倉のおばさん心配してんじゃねえの?

 昨日から帰ってないんだし」


「大丈夫、さっき連絡しておいたから」


佐倉はそう言うと玄関の方へ歩き出した。


「今日は一日デートって言っておいたしね」と楽しそうに笑って見せた。


「さいですか」とまことは佐倉の後をついて行く。



この時、佐倉は嘘をついた。



まことがその事を知ったのは、翌日のことだった。

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