第17話 笑顔
車を走らせ、夜の繁華街を抜ける。
助手席に座る佐倉結衣が口を開いた。
「まこと、あの時はごめんね」
「・・・あの時って、俺が上京する時のこと?」
まことのハンドルを握りる手がぎゅっとなる。
「うん、いっぱい傷つけたよね。ごめん」
佐倉はストールに手をやり、自分の膝にかける。
「おれさ」
繁華街の信号に捕まり、まことは佐倉の方を向く
「佐倉にこうやってまた会えた。
ただ嬉しいんだ」
信号が青に代わり、まことは車のアクセルを踏む。
「なんというか、いい意味で過去って変えられないじゃん。
・・・だから良いんだけど。」
まことは「えーっと」と言いながら、次の言葉を探る。
「謝るのは、俺もだし」
そういって、まことは路肩に車を一時停止させた。
あははっという歩道を歩く人の笑い声が聞こえた。
「ごめん!」
と頭を下げる。
「一回、やり直そう。
俺ら、時間はだいぶ経っちまったけどさ、あの時の事は忘れて」
まことの目線が落ちる。
再び、目線をあげ
「俺と友達になってくれませんか」
と不安そうな顔をした。
まことの不安そうな顔をしたのをみて、佐倉は思わず
笑った。
「っぷ、ハハハ」
突然笑った佐倉をみて、まことは困惑した
「え、俺なんか変だった?」
「そんなことないよ、ただ高校の時のこと思い出して」
ツボに入ったのか笑いが止まらない佐倉。
「高校の時ってどの事だよ」
とふてくされるまことも、佐倉の笑った顔をみて笑う。
やっと、二人の間に笑顔が戻った。
「高校1年の時にさ、クラスの出し物が演劇だったでしょう?」
と笑いを抑えつつ話し出す佐倉。
「あの時、まこと漢字が読めなくてセリフを覚えるのも遅くて
本番が近くなるに連れて、練習時間の不安な顔がどんどん深刻になってさー」
そういってまた笑い出す佐倉。
「あれはそりゃあ、俺物覚え悪いし頭も悪いのに
主役なんかやらされてテンパってたんだよ」
と少し膨れながらまことは弁明した。
「あー、なんか笑ったら、さっきまでの空気の疲れが出たわ」
と言って佐倉は自分の肩を揉む。
突然の再開から1時間は経っていた。
もう日付は変わっている。
「それはこっちのセリフだっての。
お前なんか暗いし、突然泣き出すしさー」
まことは車のシートに深々と座り直した。
「このまま無言ドライブとかきついなーって思ったわ」
と言い、背伸びをしてみせる。
「ねえ、まこといつ免許とったの?」
「え、いつだっけ・・・
日本に帰ってきてからだから22の時かな」
次第に二人は、会っていなかった時間を埋めるようにそれまで経験した事を話出した。
「ずっと海外に居たわけじゃないの?」
「ちょいちょいね。
でも19から22まではずっとアメリカに居たよ。
おかげで簡単な英語は話せるようになったしね」
「へー、じゃあなんか喋ってみてよー」
「ペラペーラ、ペラペラ」
と言ってまことはイタズラ小僧の顔をみせる
「それ何語よ」
と佐倉が笑った。
「Your life would be very empty if you had nothing to regret.」
まことはゆっくり慎重に言葉をこぼす。
「確か、ゴッホの言葉だったと思う。
何も後悔するものがなければ、人生は空虚なものになるだうろうって」
まことは佐倉の目をみて
「だから、俺の人生は充ちているんだよ」
と言って笑った。
「昔な、アメリカに住んでる時にルームメイトにいろんな言葉を教えてもらったんだ」
と車のアクセルを踏む。
「へー、そうなんだ」
と佐倉はまことの横顔を見つめる。
「そいつ、タトゥーを入れる仕事しててさ、
そういう言葉を入れたり絵を入れるのが得意なんだって。
今までそういうの勉強した事なかったから新鮮だったよ」
「もしかして、まことタトゥー入ってるの?」
と佐倉が聞き、まことはバツが悪そうに答える。
「ちょっとだけな。
そいつが練習したいっていうから。」と声のトーンは小さくなる。
「見てみたいな。
どこに入ってるの?」と言って、まことの体をみる。
「…左の鎖骨あたりだよ。
さすがに人の目に映るところには入れられねぇから」
と言って、右手でタトゥーの場所を指す。
「え、見せてよ」
と言って、佐倉はまことのジャケットに手をかける。
「こらこら、運転中だっての!」
まことは佐倉の手を払い
「あと、あんま佐倉には見せたくねーの」と言う。
「なんでよー」と佐倉がふてくされると
「なんででもだ、はい!この話終わり!」
と言ってまことは話を終わらせた。
次の話題を何にしようか考えたまことは
「佐倉って、明日予定空いてる?」と訪ねた。
「一応、空いてるけど」
「じゃあさ、展覧会行かない?
母さんがこのチケットくれてさ」
と言って、カバンの中から母親からもらったチケットをみせる。
「え、シーバの展覧会!
これ私行きたかったんだよね!」
と言って佐倉は嬉しそうにチケットを受け取った。
「そりゃよかった、仕事休みなら、行こうよ。
昼ぐらいからでいい?」
「あー、実は仕事は今日っていうか、もう昨日か。
やめたの」
「え?そうなの?」
と不思議そうにまことは尋ねる。
「本当は今日の同窓会も行く予定だったの。
でも夕方のバイトの子が来れなくなって急遽、夜まで入る事になって。」
と佐倉は事情を説明した。
まことはこの時(だから、ドレスだったのか)と佐倉の服装の疑問が解けた。
「仕事はね、だいぶ前からやめようとは思ってたの。
もう30歳に突入するのにフリーターってわけも行かないから。
いい機会かなって思って」
と佐倉が笑いながら言ったが、少し眉毛の小尻が垂れていた。
まことは敢えて「医者になる夢はどうした?」とは聞かなかった。
今もフリーターであるのであれば、ある程度の察しはついたからだ。
「次の仕事、決まってんの?」
と尋ねると
「何も決まっておりませーん!」
とおちゃらけて返す。
「ていうかね。本当に何も決めてないの
仕事の事も実家の事も」
と言った佐倉の目はまっすぐ目の前の風景を見つめていた。
まことは車を走らせながら、佐倉に言おうと思った言葉を飲み込んだ。
ー俺の仕事、手伝わないか。
なんとなく、今ここで言うべきではないと思ったまことは言葉を飲み込み、
「早いとこ、仕事見つかるといいな」とだけ言った。
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