第15話 回想8 -それぞれの道へ-

暦の上での冬は過ぎ、春が来た。


まだまだ桜の木は花を咲かせない時期に、

中学の卒業式が行わる。


体育館で滞りなく式が進む。


何人かの生徒が声を殺して泣いているのに目をやると、

泣いているうちの一人は生田ななだった。


周りの女子生徒に背中をさすられながら、ハンカチで顔を覆う。


俺は正面を向き直し、

答辞の言葉を述べている生徒会長の声に耳を傾けた。



中学での思い出を振り返りながら、

この校舎ともお別れかと体育館の天井を見上げた。



卒業式が終わり、退場の時間になる。


練習通り、

退場のルートに沿って歩いていると田中先生が号泣している姿をみた。



田中先生にはたくさん迷惑をかけたなと思い、一礼する。


在校生の前の席を通ると

剣道部の後輩たちが俺の方を見ていたので、小さく手をあげた。



体育館から退場し、生徒棟の廊下に入ると女子たちが一斉に泣き出した。


卒業式の最中、

泣くのを我慢していたのだろう。


一人が泣き出すと他の女子がそれにつられて泣き出した。



あおいが俺の背中にタックルし、

そのまま俺の背中で泣き出した時は正直焦った。



メスゴリラと呼ばれていたあおいも、この時には『女子』になっていた。


俺はあおいの肩を抱き


「泣くなよー」


と声をかけながら、自分たちの教室へと戻った。


教室の窓際の一番後ろ、俺の定位置は卒業まで守られた。



その前の席は佐倉だった。



半べそをかきながら佐倉は他の女子たちをの別れを惜しんでいた。


俺は今朝方渡された

佐倉からの手紙に手を触れる。


女子たちが授業中によく手紙交換をしていたが、

俺と佐倉はだいたいメールだった。


なので、こうやって手紙を受け取るのは

なんだか恥ずかしかったのでまだ読んでいない。


少し集めの手紙はルーズリーフで書かれていた。


緑色のペンで『Dear まこと』と書かれた宛名。



中身はまだ見ていないが、

メールではなく手紙で寄越したということは

それなりに重要なことが書かれているんだろう。



俺はポケットの中に入れていたその手紙を

無くさないようにカバンの中にしまった。



最後のHRが始まり、担任の先生から直接卒業証書を受け取る。



「伊勢まこと」と呼ばれ、俺は教壇の方へ歩く。



「伊勢は本当に部活を頑張っていたと思う。

 高校でも剣道頑張れよ」



そう言って先生は俺に卒業証書を渡してくれた。



俺が卒業証書に手を添えると


「だが、勉強はもっと頑張りなさい」


とニヤリと言われた。



「りょうかいっす」


と苦笑いをしながら卒業証書を受け取る。



そして次々に生徒の名前が呼ばれていく。


全員が卒業証書を受け取ると、

先生から最後の言葉を受け取った。


「この先、早々と社会に飛び出す人や高校へ進学する人、

 いろんな道を君たちは歩んでいくことになります。


 中学校生活はどうでしたか?

 有意義な時間を過ごせましたか?


 君たちは15歳で、まだまだ社会からしたら子どもです。


 でも、君たちはそれぞれが夢や希望をもち、

 自分の選んだ道を進んでいくことでしょう。


 努力すれば夢が叶うという言葉がありますが、少し修正させてください。


 夢が叶うまで努力する人が、夢を叶えるのです。


 君たちが描いた夢をどうか諦めないでください、夢は君たちを見捨てません。


 叶うまで隣で励ましてくれています。

 先生たちも君たちの夢が叶うことを応援しています。


 それでも少し疲れたなと思ったら、休憩しに戻ってきてください。

 君たちが大きくなって帰ってくるのを私たちは楽しみに待ってます」



そういって先生は泣き、最後のHRが終わった。




俺の卒業アルバムはあおいに取られ、

一番最後のページにメッセージを書かれた。


それを見た女子たちが俺の卒業アルバムを囲む。


佐倉は佐倉で、仲の良いグループの輪の中で

アルバムを回してメッセージを書き合っていた。




「まこと、こっちきて」


そういって佐倉が俺を呼ぶ。



俺にも卒業アルバムに何か書けと言ってきたので、

気の利いたことは書けないと前置きをしながら、

次々に渡される卒業アルバムに「またな まこと」と書き綴った。



それから教室を出て、中庭へ行くと高梨が女子に囲まれているのを目にした。


第二ボタン争奪戦に巻き込まれたらしく、

学生服のありとあらゆるボタンが持って行かれていた。


「あいつ、すげーな」


と隣にいたあおいに話と


「根性なしなのにね」


と呟いた。


根性なしの腑抜けにしたのはお前だけどな、

という言葉を飲み込む。



「伊勢先輩!ボタンください!」


と、話したことのない後輩や同級生の女子たちが俺の所にきた時は、正直焦った。



「ボタンって、いやいや俺学ランじゃないから無いよ」


とかわしつつ、今度は写真撮影に終われた。


パシャパシャと撮られるがまま撮られ、

目がシバシバしてきた所にあおいがストップをかけてくれた。



「ごめんねー、

 今から剣道部で集合写真撮るからここでストーップ!」


と言って俺と高梨の手を引っ張って行く。



田中先生を呼んで剣道部の部員だけで写真を撮ろうと武道場に向かった。



中庭と違って武道場の方に人は少なく、ゆっくりと出来そうだと安心した。


武道場の玄関に掲げてある道場の看板の前に並ぶ。


写真は父兄の方にお願いしシャッターが押される。



「まこと、勝負の決着は高校の大会で着けよう」



「次は俺が勝つよ」



そう言ってあおいと握手をし、

高梨とは「お互い頑張ろう」と言ってハイタッチをした。



あおいは剣道の活動が盛んな商業高校へ進み、

高梨は近くの工業高校へ進んだ。



俺は有難いことに推薦の話を受け、

佐倉と同じ鈴木学園への進学が決まっていた。



生田は県内で一番偏差値の高い高校に進んだらしい。



それぞれが、それぞれの道を歩んで行く。

中学3年間はとても濃いものだった。



あおいや他の剣道部と別れたあと、

俺は、人が大勢集まっていた中庭を避けながら

再び生徒棟の校舎へ入る。


自分の教室に行くと、そこには佐倉と他のクラスの男子が居た。


よく漫画であるようなシーン。


男子が佐倉に告白している真っ最中に

俺は教室の前に立ってしまったのだ。



「俺、佐倉のことが好きだったんだ。

 高校、別々になるけど俺と付き合ってくれ」



サッカー部の部長だったと思う。


女子の人気より男子からの人気が圧倒的に高い人望の厚いやつ。


俺は多分、ショックを受けていたんだと思う。


その場面を見て、目を背け踵を返した。


ゆっくり教室から離れるが、

なんとも言えない感情が溢れ出し、気づいたら走っていた。


佐倉がどう返事するのかを聞きたくなかったからだ。


なんでこんな風に思うのか不思議でならなかった。


友達なら、友達に彼氏ができることを喜ぶべきなのに、

俺はその出来事を素直に喜べなかった。


4Fの廊下の窓から中庭を見下ろす。

笑いながら、泣きながら友達との最後の別れをしている同級生たちを見下ろした。


俺はこの時かすかに佐倉の事を女子として意識した。



耳に髪をかける仕草が好きだと思った。


笑う顔が好きだった。


他愛のない会話をする時間がただただ大切だった。



たまに手を繋いで歩く帰り道の時間が好きだった。



それでも俺の脳みそは俺に言う、「お前は女だ」と。



「…なんで、俺、女に生まれてきたんだろうな」



今まで気にしていなかった自分の「性」。


もし俺が男だったら。


きっと佐倉が告白されている場面を見ても逃げずに教室に入り


「俺のもんだ」と言ったと思う。



いや、それよりも以前に行動していたかもしれない。



あーくそ、と窓に映る自分の顔を見る。

こんなにも悔しいのは今まで体験したことがなかった。

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