第14話 ただいま

店内のBGMは一番盛り上がり、サビの部分に突入していた。


伊勢まことと佐倉結衣は、

目を合わせたまま沈黙を続けていた。



・・・言葉を。


何か声をかけなければ。


まことは突然のことに、困惑し思考がぐるぐる回る。


なんと声をかけるべきなのか。


なんと声をかければ正解なのか。


・・・喉が乾く。


このまま声が出なくなるのではないかと思うぐらい、

言葉が出てこなかった。




「え、あれ、カメラマンの真琴じゃね?」



「どれよ」



「あの佐倉さんと目が合ってるイケメンだよ。

 え、やべーマジでこの店来てんじゃん」



バックヤードで佐倉結衣と会話した大学生が

興奮混じりに他の店員とこちらを見ている。


まことは結衣の後ろでこちらを見ている書店員を見て

「あ、いや」と声を漏らす。



まことは自分の声が出た事に安堵しながら、目線を戻す。


「さ、さく…」


『佐倉』


と言い切る前に、


目の前に立っていた佐倉が、

まことの左手を握り、走り出した。


「おーーっ」と大学生二人の歓声を背に、

まことは佐倉の手に導かれてそのまま書店の出口まで走った。


時間で言えば、数分のこと。



佐倉の手にひかれながら、まことは佐倉との出来事が思考を巡る。

同窓会の会場で、スクリーンに映し出された写真たちのようにそれぞれの場面が

一枚の写真のようにぐるぐると移り変わる。



書店の出口を出たところで、

佐倉に「こっち」と声をかけられ、まことは現実に戻る。


二人は店舗裏の駐車場へ歩く。



沈黙のままゆっくり歩く佐倉の背中を見ていたまことは

自分が佐倉の身長を追い越していた事に気づいた。


(9年・・・

 だもんな)


9年という月日は長いようで

振り返れば、短く感じた。


まことは結衣と離れていた時間を再確認する。


どうしようもなく、口元が寂しい。

ジャケットの胸ポケットに入れているタバコを吸いたくなるが、そこは我慢した。


佐倉が歩みを止める。

それと同時に、まことも足を止め気まづさからか、

左手を自分の後頭部へ回す。



「あ、あのさ」


まことが声こぼす。


佐倉はまだこちらを振り向かない。


逃げ出してしまいたくなる沈黙の中、

まことは


「佐倉、だよな」


と確認をする。


「俺のこと、覚えているか?」


不意に出た言葉だった。


忘れられていたらどうしようと思って出た言葉だった。


すると、佐倉は勢いよくこちらを振り返り


「忘れるわけないじゃん」


と言って大粒の涙を流した。


「・・・ごめん。

 なんつーか、なんて言えばいいのか分からなくて」


バツが悪くなったまことは、左手を後頭部から首元へ動かす。


まことは下に落としていた目線を結衣の顔まであげる。


その時、二人の目と目が合う。



その瞬間、佐倉が倒れこむようにまことに抱きついた。



結衣の目から零れる大粒の涙は止まることなく、流れ続けた。



そして「会いたかった」と小さな言葉がこぼれ落ちる。



まことは結衣の肩をそっと抱きしめ



「ただいま」


と優しい口調で言い、まことも涙を流した。



流れた涙は何を意味していたのか。


悲しかったのか。

嬉しかったのか。


まことは自分の涙の意味が分からなかった。


涙を抑え、息を整える。


自分のポケットからハンカチを取り出し、佐倉に渡した。


「ごめん、スーツ汚れちゃったね」


そう言って自分の顔より先にまことのスーツを吹こうとした。


まことは佐倉の手を止め


「いいよ、先に顔拭きな」


と佐倉に渡したハンカチで佐倉の目尻にそっとハンカチを当てる。




まことは近くに止めていた車のドアロックを外し

「乗ってく?」と声をかける。



結衣は流した涙を吹きながら、顔を縦に振る。


心臓の鼓動が早い事に気づき、

まことはジャケットの胸ポケットに手をやる。



佐倉からは距離が離れているし、

吸うタイミングは今しかないと思い、タバコに火をつける。



大きく息を吸って、吐く。

白い煙が、空へと登っていく。



今、この時が現実であることを認識した。

まるで夢でも見ているかのようだった。


小説や漫画の世界の中に飛び込んだような『奇跡』



タバコを吸いながら、深呼吸をしどうにか心臓の鼓動は正常に戻っていく。



結衣は涙を吹き終え、タバコを吸っているまことの方をむく。


今日のお昼、あんなにネガティブなことを考えていたにも関わらず、

再会直後にまことの手を握り終いには、抱き着く始末。


結衣は自分の行動が恥ずかしくなった。


(やばい、このまま消えたい…!)


もし時間を戻せるなら、全部なかった事にしたい!と強く願った。


だが、当然のように時間は戻らず、

まことがタバコを吸いおえ車の中の灰皿に吸い殻を入れる音がした。



結衣は改めてまことの方をみる。

最後に会った時より身長が伸びて、

ますます男らしさが出ているが、やはりまことは女性だった。



胸はあまり出ていないが、体付きは細身で男性特有のゴツさはない。


化粧はしてないんだろうが瞳が大きく、肌も綺麗だ。


きっと女性の格好をしても、まことはモテると思う。


そう思いながら、まことを見ていた佐倉は

まことの左手首に自分が以前送ったブレスレットをみた。


言葉にならない感情が込み上げてくる。


(あの日…まことを傷つけてしまったあの日に戻れたら、

 私は思いっきりまことを抱きしめたい)



まことが佐倉の方をみて、手招きをする。



「そろそろ、行こうか。

 夜、遅いしさ」



結衣はまことの車までたどたどしく歩いていく。


正直、久しぶりすぎてどう接していいのかが分からなくなっていた。


「その服、似合ってるね」


まことはそう言うと運転席側のドアを開く。


「そう言うお世辞言えるようになったんだ」


と言い、助手席側のドアを開け


「大人になったんだね」


と呟く。


「お世辞じゃねーよ」


まことはそう言いつつ、シートベルトを閉める。



「家、変わってない?」


まことはエンジンをかえ、佐倉の送り先を確認する。


「家は変わってないけど、」


佐倉はシートベルトを握ったまま目線を落とした。


「どうした?」


と覗き込んだまことが見たのは、

眉毛をハの字に垂らしている佐倉の顔だった。



「ごめん、まだ家には帰りたくない」



先ほど落ち着かせたまことの心臓が少し早くなる。

これが男女の関係であれば・・・

そういう意味なんだろうが、まことと結衣はそうではない。


健全な友人関係を築き、

それが壊れ長い年数がたったが、

今その関係が再び築かれようとしているだけである。



まことにも結衣にも

互いが友達以上であり家族以上の存在であったのは理解している。


その関係を「恋人」に着地させようとは微塵も思ったことがなかった。

そもそも二人には「性」という大きな壁が存在していた。


「んじゃあ、どっかその辺ドライブでもする?」


と言ったのが精一杯で、まことは佐倉の返事を待たずに車のアクセルを踏んだ。


先ほど、あおいと生田を降ろした方面でなく、

まだ賑わっているであろう繁華街の方へ車を走らせる。


無言が続く車内に耐えきれなかったのか、

はたまた話のきっかけを作ろうとしたのか。


まことは車のオーディオを触り、音楽をかける。


流れてきたのは二人が中学3年の卒業シーズンに流行った曲。


まことは違う曲にしようとオーディオをいじろうとしたが、

佐倉が「この曲が良い」と言ってまことの手を握った。


「わかった」と返し、ハンドルに手を戻す。


オーディオから流れる楽曲の「好き」と言うフレーズが聞こえるたびに、まことはあの日の事を思い出した。


時間は後退せず、前進しかしないから面白い。

ただ、前進した先に交わるはずのなかったお互いの時間が交差した。

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