第13話 再会

バイト先のバックヤードで読み終えた本を置き、

佐倉結衣は深く深く深呼吸をする。



大学生の頃から働いてきたこの職場を今日付で退職する事を決めたのは、

2か月前に送られてきた同窓会の案内状。

そして、伊勢まことの姉から

まことが福岡に帰ってくる事を聞いたためだった。





「9年ぶりぐらいになるかなー、

 あいつやっとウチに帰ってくるのよ!」


まことの姉であるみさきとは

たまにバイト先であるこの書店で顔を合わせていた。


その日も結婚情報誌を片手に店内を歩いていたみさきと立ち話をしていた。


「まこと、帰ってくるんですね」


「あいつ、特に売れっ子って訳でもないのに

 『仕事が忙しい』って正月も盆も帰ってこなかったからねー、

 うちのお母さんなんて、帰ってくるって知って泣いてたわよ」


とケラケラと笑うみさきは30代とは思えないほど可愛らしい笑顔を見せた。



その時に結衣は『何かを変えなくては』という衝動にかられた。

なぜそう思ったかは本人でさえも分からない。


ただ、まことに会う可能性が高いのであれば

今の自分ではなく、少しでも成長した自分で会いたいと思ったのだ。





同窓会当日。

時刻は15:00。



ギリギリまでシフトに入っていた結衣は

このまま会場に向かうため、パーティドレスを更衣室のロッカーに入れていた。



さすがに店の更衣室で着替えて帰るのは気が引けたため、

会場近くで着替えられそうな場所を探すつもりだった。


バックヤードを出て店内を見渡す。


シフトの交代の時間を過ぎても次のバイトの人がなかなか来ない。


結衣は店長の元へ行き、もう上がっていいか確認しようとした。


「佐倉さん、

 申し訳なんだけど今日、夜まで入れたりしないかな?」


店長は本当に申し訳なさそうに


「この通り!」


と言って、自分の目の前で合掌をした。


結衣の頭の中でまことの顔が浮かぶ。


もしここで同窓会に行けなければ、

次にまことと会えるのは何年後になるかわからない。



でも・・・



まことは果たして自分に会いたいと思ってくれているんだろうか。


みさきは売れてないとは言うが

雑誌のインタビューでアイドルの子が

「真琴さんに撮ってもらえてラッキーです」

と言っていたぐらいだから、きっと見えないところでの人気は高いと思う。



学生時代もそうだった。


まこと自身は気づいてなかったと思うけど、

一定数の女子ファンが付いていた。


特に高校では女子校という事もあり、

まことへ渡してほしいと言われ、よく手紙を預かっていた。



それに・・・



まことが福岡を離れる前日に、まことをいっぱい傷つけた。


中学2年から家族以上に一緒に過ごした親友を傷つけた。


面と向かって、まことに嫌いと言われたら。


そんな事が頭をよぎり、

結衣は店長に


「わかりました」


と答えた。


店長は目一杯の感謝を結衣に伝え、

時給ちょっと上げとくね、と言ってレジの方へ向かった。



(これで良かったのかな)



この書店のユニフォームでもあるエプロンを結び直し、結衣は仕事へ戻る。




時計の針は進み、

時刻は22:00ちょっと前。


深夜バイトの学生が交代を知らせてくれた。


「佐倉さん、今日でやめちゃうんですか?」


バックヤードで大学生の男の子がエプロンに手を通しながら聞いてきた。


「うん、そうよー。

 今までありがとうね。

 でも、きっとお客さんとしては来るから、その時はよろしくね」


「もちろんっすよー!」


と男の子が軽く敬礼のポーズをとる。


「あ、でも今日、中学の同窓会だったんじゃないっすか?

 佐倉さんが特集コーナー作った真琴ってカメラマンと会えるかもって言ってたじゃないですか」


そう、この書店で真琴の特集コーナーを作ったのは

結衣だった。



最初は自分が購入する分だけを取り寄せていたが、

ある時『書店員オススメコーナー』を作る事になり、

他の店員は小説や漫画のオススメをしていたが、結衣は真琴の写真集をオススメコーナーに置いた。



反響を呼んだのは、真琴が伊勢まことだと知った学生時代の友達だった。


地元が生んだ有名人として、本が売れた。


それから他の書店員のオススメコーナーは撤去されたが、

真琴のコーナーは残す事になった。


「夕方のシフトの子が来なくてね、

 まぁ今回は縁が無かったって事で」


と言って笑って見せた。


男の子はもったいないっすねーと言うと


「真琴って佐倉さんの元カレとかっすか?

 それとも片想いの相手だったとか?」


と期待した顔を見せた。


「元カレとかじゃないよー。

 友達よ、友達。


 でも、もしかしたら片想いだったかもねー。」


と冗談混じりで答えた。


「へー!

 佐倉さんの想い人っすかー。


 王子様みたいにこの店に颯爽と現れたりしないっすかねー?」



「それはないよ。

 今頃みんな2次会とか3次会に突入してるだろうし、

 私は今日でこの店やめちゃうしね」



そう言って結衣は自分のカバンと

同窓会にきて行くはずだったパーティドレスを持ってバックヤードの扉へと向かう。


「じゃあね、また今度」


と言って大学生の男の子に手を降ってバックヤードから出る。



バックヤードから出ると、明日発売される本が置かれていた。

他にも取り置き本など、たくさんの本が積まれていた。


バックヤードを背に右手には店内に通じる扉、

左にはスタッフ専用のトイレ、その手前が更衣室。



(せっかく借りたし、これ着て帰ろうかな)



そして、更衣室に入る。

ノックをし、誰もいない事を確認する。


更衣室は基本的に女性専用だった。


更衣室に入り、扉の鍵を閉める。


白色のパーティドレス。


派手なものより、露出の控えめなドレス。


さすがにドレスだけでは寒いので、ストールを巻く。


本当ならヘアスタイルもドレス仕様にしたかったが、

今から家に帰るだけだ。


結衣は鏡の中にいる自分を見て、笑ってみせる。


(こんなはずじゃなかったんだけどな・・・)


同窓会に行けなかったのは、自分が店長にシフトを変わると言ったから。


それは分かっている。


もっと根本的な、

根っこの部分。


結衣は今の自分の状況を客観的に見つめた。


(何してんだろうな、わたし・・・)


鏡の自分から目をそらし、更衣室を出る。


店内に通じる道をまっすぐ歩く。

扉を開けると店長と目が合い、軽くお辞儀をして歩き出す。


結衣はそのまま帰ろうとしたが、

最後にまことの特集コーナーを見ようと足を運んだ。



「佐倉さん綺麗っすね、お出かけですか」


先ほどの男の子とは別のバイトの男の子に声をかけられた。



「うん、ちょっとね」


と軽い嘘をついた。


出かける予定はない。


ただわざわざこの格好で家に帰るというのを知られたくは無かった。


漫画コーナーとライトノベルのコーナーとの間の通路。


自分が書いた真琴の写真集を宣伝するポップを触りながら、

初めて真琴の写真集を見たときの事を思い出す。


まこと自身は写ってなかったが、

まことが目にしたであろう景色を写真を通して知り、

感動したのを今でも覚えている。



自分でも無意識に真琴の写真集を手に取り、ページをめくる。


店内のBGMに耳を傾けると、

小学生の頃に流行った夏の曲が流れていた。



ゆっくり流れるイントロ。


何度も耳にし、

友達とよくカラオケで歌った事を思い出す。



誰かが歩いてくる足音が聞こえ、

その足音が自分の近くで止まった。



店内のBGMはイントロを終え、歌声が静かに流れる。


(お客さんの邪魔しちゃいけないよね)


と思い、自分の近くに立っているであろう人の方へ目を向ける。



とくん、


と、大きく鼓動がなるのが聞こえた。



自分の方を驚いた顔で見ているのは、


紛れもなく伊勢まことだった。

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