第10話 回想6 -最初の誕生日-

2003年12月25日。


今年のクリスマスは木曜日だった。

両親はクリスマスなど関係なく、今日も朝から職場へ出掛けて行った。

姉さんは年上の彼氏とどこかに出掛けたらしい。


部活のない一日オフの日は、決まって昼まで寝ているの

俺が起きた頃には家に俺だけだった。


「よく寝たー」


正直、布団から出るのは嫌だった。

もう少し、布団の暖かさに包まれて居たかったが

時計の針を見て起きる事を決意した。


時刻は13:00を少しすぎた頃。

昼食の時間はとっくに過ぎている。


「腹減ったなぁー」


リビングに降りて、何か簡単に食べれるものが無いかを探していると

リビングのテーブルに置いた俺の携帯がブーブーとなっている。


:今日、これから行っても大丈夫ー?

 っていうか、中学校は通り過ぎてるんだけど


佐倉から可愛げのないメールが送られて来た。

最初は顔文字やら絵文字やらが付いていたメールも

いつしか点と丸のみになっていた。


:OK。

 今起きて風呂入ってるから勝手に家入っといて



メールを送信し、メシは一旦諦めて

着替えを持って脱衣所へ向かう。


朝風呂派か夜風呂派かをたまに聞かれるが、俺は両方だ。

夜は夜で剣道の独特な匂いを洗い流したいし、朝は朝で寝汗を流したい。


綺麗好きな訳ではない。

ただ起きた時の寝汗のしっとり感が嫌いなだけだ。


なので、風呂と言っても、シャワーで簡単に汗を流す程度。

日によってはシャンプーで頭を洗うこともあるが、その日はシャワーだけで済ませた。


脱衣所で体を拭いていると、玄関の方で音が聞こえる。


俺は早めに服を来て廊下に出ると、佐倉が脱衣所の前に立っていた。


「あ、覗けなかったかー」


悔しそうに言うと、少し変態の顔を見せた。


佐倉曰く、可愛い女の子は『可愛い』らしい。


たまに同じクラスの漫画好きの女子たちと話しているとく、

受けが攻めがと話しているので、佐倉は腐女子と呼ばれる部類のオタクなんだろう。


当時は詳しくは知らないが単語はなんとなく知っている。

そんなレベルだった。


そもそも、腐女子の語源である「婦女子」の言葉すら知らなかった。


「覗くんなら、可愛い女の子の風呂でも覗いとけ」


俺は佐倉の額に軽くデコピンを食らわせる。

いったーと言いつつ額を押さえ、佐倉はリビングへと向かう。


「そうだ。

 今日この後、出掛けようよ。

 せっかくのクリスマスだし、天神に行ってぶらぶらしよー!」


「いいけど、なんか行きたいところあんの?」


と訪ねたが、佐倉は最後まで「ぶらぶら」としか言わなかった。


俺は出かける準備をして、昨日生田から貰ったマフラーを巻く。

財布と携帯をポケットに突っ込み、玄関へ向かう。


佐倉は待ってましたと言わんばかりに


「まこと、今日は初デートだね」


玄関のドアをあけ、佐倉は声を弾ませ嬉しそうに言った。

確かに、出会ってから今までお互いの家を往復する事はあってもどこかに出かけるっていうのはなかった。


この時、初めて佐倉が女の子っぽく笑ったのを見た。

昨日の生田が見せてくれた笑顔に似ていた気がした。

俺はそれが少し、嬉しかった。


近くのバス停へ向かい、天神の方へ行くバスを待った。

バス停ではカップルらしき男女が仲良さげにバスを待っていた。


なんとなく、居心地が悪く感じたが

ほどなくしてバスが来たので、俺と佐倉は急いでそのバスに乗り込み。


どうやらそのカップルたちは乗りたかったバスではなかった様で、バス停に残っていた。


俺は少し安堵しながら、佐倉と共に一番後ろの席に座る。

俺は窓際、佐倉は俺の左隣の通路側に座っている。


しばらく走ってから、乗り込んだバスが天神ではなく

博多方面行きだったことに気づいた。


「佐倉、これ博多行きだ」


そう言って俺の隣に座っている佐倉を見ると、

うっすらうっすらと眠りに入っていた。


バスが右に曲がり、

眠りに入った佐倉の体は俺の方へ倒れ込んで来た。


(佐倉のやつ、昨日はあんまし寝てなかったのかな?)


俺はバスが博多に着くまで、佐倉を寝かせておくことにした。

右肩に佐倉の頭が寄りかかって、小さな寝息が聞こえる。


バ停留所に止まるたび、バスには新しい乗客が次々に乗ってくる。

あと2カ所の停留所を通れば博多に着く、というところでバスは満員状態になった。


満員のバスはスピード感を抑えてゆっくり走って行く。


途中、バスが揺れて佐倉が目を冷ました。


「あれ、ここ、どこ?」


目を冷ましたばかりの佐倉に事情を説明した。


バスは博多に着くと乗客のほとんどが降りていった。

その波に乗って、俺たちもバスを降りる。


そして俺たちは博多の街を歩き出した。


本当に街をぶらぶらするだけで、

適当な店に入っては次の店を見に行くというような感じだった。


博多から歩いて天神にたどり着いたところで、


「こっち来て」


といって佐倉が俺の手を引いた。


「ここに来たかったんだ」


といって佐倉が指差す方を見ると、そこは大きなゲームセンターだった。


「ゲーセンに来たかったのか?」


意外だなっと思った。

大きな本屋とかアニメのグッズが売っているところに行きたいんだと思っていたからだ。


「ゲーセンというよりかは、

 プリクラを撮ってみたかったんだよね」


と佐倉が答える。


「そんなの近くのショッピングモールにだってあるじゃん」


よくクラスの女子たちに誘われてプリクラに映る時があるし、

その時は大抵、近くのショッピングモールにある小さなゲームセンターで撮っていた。


「いや、だって。

 家の近くだと、なんていうの、その・・・

 特別感的なものがないじゃん?」


と言っているがたぶん、理由はないんだろう。


プリクラを撮るのは目的の一つだろうが、近くにアニメグッズや漫画置いてあるショップがある。

そこに行くのも目的なんだろうから、天神でわざわざプリクラを撮るのはこじつけだ。


文句を言い出したら、

せっかくここまで来たのに喧嘩になりそうだったので

大人しく付き合うことにした。


プリクラを撮り終えると、撮ったプリクラに文字を書く事をするらしい。

今までは大人数に引っ張られる形でしか撮ったことがなかったので

正直、どうしたら言いかわからなかった。


どうやら佐倉の方もどうして良いのか分からないらしい。


「お前、プリクラって撮ったことねぇの?」


小さな画面の中央で文字を書くタイムリミットが減っていく。


「残念ながら、今日が初めてなの。

 こういうの撮ろうっていう友達いなかったから」


と言って、佐倉は文字ではなくスタンプを写真につけ始めた。

要領が良いというか、覚えが早いというか、最初は戸惑っていた佐倉は小慣れた漢字で撮った写真を飾っていく。


「あ、その押すだけのやつ、簡単そうだな。

 どうやるんだ?」


佐倉が使ったスタンプ機能を探しながら、

日付が入るスタンプがあったのでそれを付けてみる。


「何もないよか、マシになったんじゃね?」


と言って得意げな顔をすると、隣で佐倉が楽しそうにいろんなスタンプを押していた。


出来上がったプリクラを見ると、

俺がやったやつは日付だけで、佐倉がやったやつはスタンプ以外にも文字が書かれていた。


「なんだ、結局他の女子がやってるようなこと出来んじゃん」


と佐倉の方を見ると、佐倉は出来上がったプリクラをみて嬉しそうにしていた。


まるで小さな子どもが新しいおもちゃを貰った時のように嬉しそうな顔を浮かべていた。

たぶん、本当にこういうのは初めてだったんだと思う。

佐倉の嬉しそうな顔をみて、俺もなんだか嬉しくなった。


近くにハサミがあったので、撮ったプリクラの一部を自分の携帯に貼る。

すると佐倉も同じ様に撮ったプリクラを自分の携帯に貼っていた。


ゲームセンターを出ると、佐倉は遠足に来た園児の様に


「今度はこっち」


と言って、結局漫画ショップに行くことになった。


その日初めて俺はそういう場所に足を踏み入れた。

そういう店があるのは知っていたが、家の近くにはなかったので興味はあった。


店の中に入ると、漫画やアニメのキャラクターのポスターがたくさん吊るされてあった。

俺はすげーっと声を漏らし店内へ進んでいく。


「いい、まこと。

 絶対にこの店の奥の方へは行っちゃダメよ」


と言って佐倉は店の奥の方へ向かった。


「え、お前は行くのかよ」


と突っ込む。


「まことはまだ知らなくていい世界だから!」


そういうと足早に店の奥の方へ向かう。


ちらっとだけ見たが、薄い本が並んでいて

普通の漫画が置かれている場所より人口密度が多く思えた。


人がいっぱい居るということは有名な本や人気の本があるんだろう。

どういう本なのか見てみたかったが、先ほど有無を言わさず佐倉に来るなと言われたので

大人しく、レジ付近の漫画コーナやグッズ売り場を見て回る。


漫画のキャラクターグッズが置かれている場所では、

マグカップやクリアファイルを手にとっては物欲を抑えた。


俺の好きなキャラクターのグッズ。

なかなかこういうのを売っているところが無いので、俺の物欲は弾けそうだった。


(でも今月、小遣いがあんまり無いしな)


お年玉を貰ったら、もう一度ここに来ようか考えていると

佐倉が目当ての本を見つけたらしく、レジへと向かっていた。


俺は佐倉の後ろに立ち


「何買うの?」


と本の表紙を見ようとしたら


「だめ!」


と本の表紙を隠された。


「これはまことには刺激が強いから見ちゃダメよ」


そう言って俺にシッシと犬を追い払う様な仕草をして見せた。


この時の俺はBLという単語を知らなかったので、

佐倉が買おうとした本の内容を本当に知らなかった。


ちらっと見えた本の表紙は

俺が知っている漫画の主人公に似ていたので

何か本編とは違う本なんだろうとは思っていた。


読ませて欲しかったが、

先ほど佐倉に邪険にされたので、今度佐倉の家に行った時に黙ってこっそり読んでやろうと思った。


結論から言って、その時佐倉が買った本をこっそり読むことに成功したが、

俺の常識がただぶち壊されただけだった。


その日から、佐倉の家にある薄い本には一切手を触れていない。


漫画ショップを出ると、外は薄暗くなっていた。

程よいイルミネーションが街を包んでいて、どこからかクリスマスの定番曲が流れていた。


俺たちはイルミネーションを見ながら、

俺の家の近くへ行くバスの停留所へ向かった。


行きのバスとは違い、帰りのバスの中はさほど混んでいなかった。

それでも少し窮屈に感じたのは、

仕事帰りのサラリーマン達が抱えているプレゼントの多さだと思う。


俺の家の近くの停留所に着く頃には、

そのサラリーマン達の姿もなく、乗客は俺と佐倉だけだった。


バスの運転手さんに「ありがとうございました」と伝え、バスを降りる。


電気の消えた家の玄関を開け、佐倉には俺の部屋ではなくリビングに行くよう言った。


リビングに佐倉が向かったのを確認し、俺は自分の部屋へ行く。

勉強机の足元に置いてあった佐倉への誕生日プレゼントを抱え、こっそりとリビングへ降りる。


リビングに行くと、ちょうどトイレに行っていたのか、佐倉の姿はなかった。

好都合だと思い、食卓からは見えない死角のところにプレゼントを隠す。


まるで母親に内緒でいたずらをセッティングするようなワクワク感があった。


佐倉がリビングに戻ると、事前に買って置いた冷凍ピザを焼き始めた。

そして、二人で食事を用意する。

料理が出来上がった頃には、ちょうどピザが焼きあがっていた。


「あ、忘れるところだった」


今から食べるぞっというタイミングで俺は大事なことを思い出した。


冷蔵庫の奥の方から取り出したのは小さなホールケーキ。

姉さんに頼んで、昨日姉さんのバイト先からケーキを買っていた。


佐倉の誕生日ケーキだと言うと、ケーキ代は姉さんが出してくれた。


「こっち見んなよ」


と佐倉に言いつつ、俺は用意していたカラフルなロウソクに火をつける。


「それ、食後の方がよくない?」


「そういうこと言っちゃう?」


火をつけ終わった俺は、しょんぼりとした顔をして見せた。


「ごめんごめん」


と言って笑う佐倉。


俺は深呼吸して


「改めて、誕生日おめでとう」


そう言ってケーキをテーブルの上に置いた。


「メリークリスマスも良いけど、

 今年から12月25日は佐倉の誕生日を祝う日にするよ。

 だから誕生日おめでとう」


言い終わった後になかなか恥ずかしいことを言ったと思って、少し照れた。


それを察したのか佐倉も照れているようで


「恥ずかしいので今のはなしで」


と言うと


「りょうかい」


と言ってロウソクの火を勢いよく消した。


せっかく冷蔵庫から出したが、デザートは食後ということで

ケーキは一旦冷蔵庫の中に戻した。


ピザやパスタ、ポテトなど簡単な料理だが、中学生の二人にしてみれば十分豪華な食事。

テレビではクリスマス特番のお笑い番組がやっていたのでそれを見ながら笑い、作った料理を頬張る。


食事を終えると、冷蔵庫に閉まったケーキを取り出し、小さくカットした。

本当は二人で全部食べようと思ったが、

食事の量が多かったので余ったケーキは姉にあげることにした。


ケーキを食べている間に、

俺はおもむろに先ほど隠したプレゼントを佐倉に渡した。


「え、これ貰って良いの?

 今日はなんかいっぱい貰ってるなー私」


と言う佐倉に


「そりゃあ、今日はお前の誕生日だからな」


と返した。


「じゃあ、私からもプレゼント。はい」


佐倉は自分のカバンからラッピングされた袋を取り出した。


思わぬ行動に俺は面食らった。


確かに今日はクリスマスだ。

友達同士でプレゼント交換するのは知っているが、

まさか誕生日を祝っている相手から何かもらうとは思わなかった。


「これ、開けて良い?」


と佐倉が聞いてきたので


「良いよ」


と答える。


俺も佐倉から受け取ったプレゼントのラッピングをほどき、中を確認する。


佐倉から貰ったのは麻で出来た長めのブレスレッドだった。


「おぉ、かっこいいな、これ」


と言って左手に巻きつけてみたが、どうやって留めるのかが分からない。


普段アクセサリー類を身に着けることがないので、

ブレスレッドを留めることが出来なかった。


それを見かねた佐倉が


「貸してみて」


と言って、俺の左手にブレスレッドを留めてみせてくれた。


自分の手に付けられたブレスレッドをみて何だかレベルアップしたような錯覚を覚えた。


佐倉は俺からのプレゼントを開け


「あ、これまことが今日付けてたやつじゃん」


といって、首に巻いてみせた。


「お揃いだー」


と言って嬉しそうにする佐倉。


それをみて、マフラーにしてよかったと思ったと同時に、

生田と買い物したおかげだなっと思った。



あの時、マフラーを巻いて喜んでいた笑顔は今も覚えている。

きっと今の俺なら、思わずカメラのシャッターを押しているだろう。



それほど、あの時の笑顔は綺麗だった。

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