第8話 回想4 -中学2年の冬-

季節は秋から急に冬へと代わり、学生服は中間服から冬服に変わった。


12月に入り、やたらとクラスの中で女子と男子のペアが増えていた。


当時はなぜこの時期にペアが増えるのか不思議だったが、

クリスマスに向けてカップル成立の波が来ていたらしい。


その波に乗り遅れたのは高梨だった。

先日、通称メスゴリラの平川あおいに告白し、玉砕。


周りの男子からは


「お前の趣味はゴリラだったのか」


といじられまくっている。


部活中も男子剣道部と女子剣道部は一緒に練習をするのだが、

振られたショックからか高梨と平川の対戦は今のところ平川の5戦5勝中だ。


「まじアイツムカつく!」


そう言って怒っているのは高梨を骨抜きにした張本人のあおいだった。


「お前に振られたのがショックだったんじゃねーの?」


剣道着からジャージに着替えながら俺はあおいの愚痴に答えていた。


「振られたぐらいで弱くなるなんて、根性なしなんだよ!」


そんな会話のおかげで剣道部の中では高梨の男ランクは最下位に転じている。


それまで、剣道の強さとハキハキした物言いからモテる部類にいたのに、かわいそうな高梨。


俺は高梨に同情はするが、相手が悪かったんだと思う。

あのメスゴリラを敵に回したら、女子たちからの株も下がるだろうに。


練習が終わると

武道場の入り口で待っていた佐倉に俺は声をかけた。


「佐倉ー!

 全員が出るまでちょっと待ってて」


剣道部の3年生が引退してから、女子剣道部の部長という役職は俺は引き継いでいた。

男子剣道部の部長は高梨だったが、実質俺が男子剣道部も含め剣道部全体をまとめる役をしていた。


「うん、わかったー」


と答えると、佐倉は武道場の玄関で小説を読み出した。


「あんたたちっていつの間に仲良くなったの?」


あおいが俺の肩に顎を乗せて聞いて来た。


周囲からすれば突然俺たちが仲良くし出したように見えるのだろう。


当事者である俺も、佐倉とまともに会話したのはあの中間テストの初日からだ。







テストが明けた翌週。

授業が一つ自習になった。


中学2年の冬ということもあって、進学を真剣に考えている奴らは自分の勉強に集中していた。

その他の連中はグループで固まって友達との談笑。


俺はいつものように一人で窓から空や景色を見ていた。


特に何かがあったわけではない。


窓の外から視線を外し、教室の方を見た。


俺の4つ前の席が佐倉の席だった。


いつもなら誰かしらが座っているので俺の視界から佐倉が入る事はなかった。

その時ちょうど、その列には俺と佐倉しかいなくて間の生徒は他の列の所に行っていた。


なんとなく。

気になって。


それぐらいの意識で俺は佐倉の前の席に移動した。

ガガガッと椅子をひき、後ろ向きに座る。


セミロングの髪を左側だけ耳にかけ、ノートに何かを書いている佐倉をじっと見た。


俺の視線に気づいた佐倉は


「どうした?」


と聞いて来たので


「暇。」


とだけ答えた。


「じゃあ、これ一緒にやる?」


佐倉が自分のノートに指をさす。

その指先を見ると、数学の問題を解いていた。


正直、数学は足し算引き算ならできるが

公式を使って解く問題はちっともわからなかった。


ただ、佐倉が提案して来たので、

仕方なく一緒に数学の問題を解くことにした。


その日の放課後。


俺が剣道部顧問の田中先生にテスト結果の事で悪く怒られているところを佐倉に目撃され、

部活終わりに俺の家で二人で勉強するようになった。



武道場の玄関で待っている佐倉に後輩たちが


「お先に失礼しまーす」


と挨拶して出て行く。


俺は部員が全員退出したのを確認して、武道場の鍵を持って玄関へ向かう。


「わり、待たせたな」


「本当だよー。

 まったくー」


と言って佐倉は無邪気に笑った。


「今日は英語の勉強ですよ、部長さん。」


佐倉は英語の教科書をカバンから取り出す。


「英語は一番よくわかんねーんだけどなぁ」


と漏らすと


「だからやるんでしょ」


と、軽く俺の頭にチョップして来た。


チョップされた額を抑えながら、下駄箱に放り込んでいた靴を取り出す。

佐倉を先に出してから俺が武道場のドアに鍵をかける。


その時、運動場では陸上部がラスト1本ー!と大声を出しラストスパートをかけていた。


まだ部活中の生徒たちを横目に

俺と佐倉は校門の方へと向かって歩く。


知り合ってから2ヶ月ちょっとしか経ってないのに、

まるで長年の付き合いがある友人の関係になっていた。


その関係があおいとも高梨とも生田とも違うもので、

言葉に言い合わらせないほど意心地のいいものだった。


きっと俺は佐倉とは出会うべくして出会ったんだろうと思った。


お互いの波長が合うというか、一緒にいて窮屈に感じた事はないし気を使うこともない。

だからと言って、あおい達といると窮屈かと問われると、そうでもない。

言葉に出来ない部分で居心地がいいんだ。

たまたま知っている言葉が『波長』とか『窮屈』というだけで、その言葉自体に深い意味はない。



中学校から俺の自宅まではまっすぐの一本道を歩いて15分ほど。


反対に佐倉の家は中学を挟んで15分ぐらい。

まっすぐ行って、駄菓子屋のある交差点を右に曲がったマンションの一室。


部活の後なので時間はまぁまぁ遅い。

特に冬の時期は太陽が沈むのが早いので俺の家に向かってる時、すでに外は暗かった。


それでも。

たとえ30分ぐらいしか俺の家に滞在出来ないとしても、佐倉は必ず俺と一緒に帰っていた。


もちろん、下校中は勉強の時間になる。


佐倉が教科書を見ながら、俺に問題を出す。

俺はその問題の答えを考え回答する。


問題の答えを間違えると、軽めのチョップが降ってくる。


そんな事を3回ぐらい繰り返し、俺の家に到着する。

小学校の頃に新築だった家は、少しずつ壁紙の汚れが目立ち始めてきていた。


玄関のドアを開けると、姉さんが靴を履いていた。


「おう、まことおかえり。

 あ、ゆいちゃんもおかえりー」


姉さんは立ち上がって、玄関の外側に出て来た。


「姉さん、今日バイトなんだっけ?」


「もち!

 いっぱい稼いでくるからね!」


と言って小走りで走って行った。


周りの家がどうかは知らないが、

うちの家では両親が共働きで夜遅くまで帰ってこない。


姉さんは毎月の小遣いでは足りないと言って、

自分の遊ぶ金を稼ぐために近所のコンビニでバイトをしている。


働いてお金を稼いでないのは、この家では俺だけだ。


「まことのお姉さん綺麗な人だよねー。

 まことも化粧したらお姉さんみたいになるの?」


と言う問いに


「俺が化粧したら姉さんより可愛くなるからやんないよ」


と冗談半分で答えた。


玄関で靴を脱ぎ、佐倉には先に俺の部屋に行ってもらう。


俺はリビングに向かい、飲み物と夕食の用意をする。


佐倉の家の事をきちんと聞いた事はないが、

うちと同じで親は遅くまで帰ってこないらしい。


だから、佐倉は俺と一緒に夕食を食べる様になっていた。


最初は遠慮していたが俺の母親から


「誰かと食べるご飯が一番美味しいのよ。

 子どもは遠慮せず、大人に甘えてなさい。

 夕食はまことに作らせるしね!」


と言われてから、遠慮せず俺の家で食べる様になっていた。


先に俺の部屋へ行っていた佐倉がリビングに降りて来た。

制服から着替えて俺の部屋にあった自分の私服に着替えている。


「そういやお前、いつの間に俺の部屋に自分の服持って来たん?」


「この間泊まりに来たときかな」


確かに、俺たちは急激に仲良くなった。

普通なら毎日友達の家で飯を食うっていうのはしないと思う。


でも気付いたら、それが俺たちの当たり前になっていた。


まだスマートフォンがない時代。

少し厚めのガラケーが主流だったのが中学生のころ。


クラスで携帯を持っているのは一人か二人。

その二人は俺と佐倉だった。


たぶん、家庭の事情からしてそうなんだろう。


両親が夜遅くまで帰ってこないので、

いつでも子どもと連絡が取りやすい携帯を持たせていたんだと思う。


まだSNSで連絡を取り合う様な時代ではなかったので、

メールで俺と佐倉は連絡のやりとりをしていた。


初めて着メロを個別に設定したのはこの時だ。

当時、大ヒットしていた映画の主題歌。


スマートフォンになってから着メロという言葉を聞かなくなったが、

当時、その映画の主題歌を聞くたびに佐倉の事を思い出していた。


学校でも学校から帰ってきてからも一緒にいる俺たちがメールで会話するのは、

面と向かって話せない様な事。


ある日、佐倉から長文メールが来た時は本当にびっくりしたけど。

そうやって俺たちはコミュニケーションを取ってお互いのこれまでを話した。




あの頃使っていた携帯は

今も東京の部屋の机の引き出しにしまってある。


友達として『好き』だと言われ、


俺も友達として『好き』だと返したメールは、


もしかしたらあの頃の携帯を起動させたら読めるのかもしれない。


ただ、


あの頃の携帯を起動させた事はない。

充電切れのまま机の引き出しの中にある。


たびん、これから先もその携帯を起動させる事はないと、思う。

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