第6話 回想3 -生田ななの視点-

2002年。


中学校入学式の朝、初めて通った校門を抜けるとそれぞれのクラスと出席番号が書かれた看板があった。

大きな用紙に書かれたクラスと出席番号の中から自分の名前を探していた私は、周りに人がいない事に気づいた。


私、生田ななは完全に時間を間違えて来てしまっていた。


あと5分ちょっとで各クラスでのHRが始まる事を知って、急いで自分のクラスを確認する。


(よかった、すぐあった!

 1組みだ)


私が見ていた看板から教室までの道順は丁寧に案内されていたので、迷わずにたどり着けた。


(ここが私のクラス・・・!)


すでに殆どの生徒が席に座っている。

教室の中に入ろうとした時、私が来た方向とは反対方向からこちらに歩いている人影が視界に入る。


身長はたぶん、私より少し高い155cmぐらい?

歩き方はガニ股で、持っているカバンはすでにボロボロ!

制服も着崩しているし、上履きもかかとが踏まれている!

私は直感でその人の事を『番長だ!』と思ってしまった。


それが伊勢まことくんと私、生田ななの出会いだった。


あとで聞いた話。

制服やカバンはまことくんのお姉さんのお下がりで、

上履きは小学生の時のを間違って持って来ていたんだって。


まことくんの事を「ちゃん」ではなく「くん」で呼ぶのは

同じ小学校だった友達がそう呼んでいたから。


他のクラスの子達もまことくんの事は「くん」付けで呼ぶし、後輩や先輩たちも同じだった。


髪型はベリーショート、女の子らしい外見はないけど目がくりっとしていて可愛らしい。

男の子みたいな格好をしているけど、きっと女の子の格好をしたら凄く可愛いと思う!


(セーラー服が完全にまことくんに負けているけど・・・)


まことくんとの出会いが衝撃的すぎて、

入学式が終わってからずーっとまことくんを目で追っていたのを覚えている。

今思えばそれは「恋」に近かったんだと思う。


恋愛感情の「恋」とより、憧れの「恋」。

仲良くなりたいなぁっと思い、

まことくんに話しかけようと近くに行くたびに

心臓がドキドキしてちゃんと話せなかったのを今でも覚えている。


そうこうしていると中学1年生の1学期はあっという間に過ぎて、夏休みに突入した。

でも、その夏休みで私にとっては大きな転機を迎えたの。


それは夏の大会が終わって、明日から8月に入る7月31日。

吹奏楽の練習はそれぞれの担当楽器で練習する教室が違うので、

サックス担当の私は生徒棟1Fにある空き教室で練習をしていた。


すると、空き教室の後ろの扉から剣道着姿のまことくんが入って来た!!


最初は誰が入って来たのかわからなかったけど、

まことくんを認識して、私は思わず「まことくん!」と大きな声で呼んでしまった。


「あ、練習中にごめん。

 スッゲー綺麗な音が聞こえたから何かなって思って」


まことくんは剣道の練習が終わってトイレに向かってた途中らしい。

その時に私のサックスの音を聞いて教室に入って来たと説明してくれた。


「あれ、確か同じクラスの・・・」


「生田ななです!」


まことくんが私の名前を呼ぶ前に思わず、言葉が出てしまった。


この時、もし違う人の名前を呼ばれたらって、

まことくんに名前覚えてもらえてなかったらどうしようって思わず名前を自分から言ったんだと思う。


空き教室にはたまたま私一人だけだった。

上級生たちは先生に呼ばれて次の大会で演奏する課題曲を話し合いに行ってた。


「ねぇ、その楽器ってなんて言うの?」


まことくんが興味を示したのは、私が持っている楽器の方だった。


「これは、サックスって言って。

 よくジャズとかで使われてる楽器だよ」


「へぇー!

 サックスっていうのか、かっこいいなそれ」


と返してくれた。


「今の曲ってあれだろ、最近流行ってる曲。

 よく本屋のBGMで聞いてたんだ」



まことくんはそう言うと、教室のドアから私のいる黒板の方へ歩み寄ってきた。


それから少しだけ、まことくんと音楽の話をした。

まことくんは楽譜は読めないけど、音楽を聞くのが好きらしく

吹奏楽の練習している音を聞くの好きだと言っていた。


それからまことくんはちょくちょく練習終わりにサックス練習している教室に遊びに来てくれた。

先輩たちも聴いてくれる人がいると嬉しいのか、まことくんを歓迎してくれいた。


まことくんが女の子であるという事実を忘れるほど、まことくんは男らしかった。

普段は無口だけど、話すと優しさが溢れているし、レディファーストが本当に染みついている。


中学生男子にはない、紳士的な振る舞いがあったのでまことくんは学校の女子生徒から人気が高かった。

よく吹奏楽部の先輩たちが話していた。


「まことくんが男子だったら絶対告ってるわー」


と言う会話。


正直、私もそう思う。


けど、その会話をまことくんが聞かない事を祈っていた。


直接聞いたことはないけど、きっとまことくん自身も「男の子」として生まれたかったんだろうなって思うから。

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