第5話 同窓会1
2013年。
同窓会、当日のお昼過ぎ。
伊勢まことは、近くの近所のコンビニに買い物に行くような格好でカメラを片手にリビングへ降りてきた。
リビングでお昼に使った食器を洗っていた母親はまことの格好を一瞥し、
「あんた、そんな格好で同窓会に行く気?」
と呆れ顔をする。
「え、ダメかな?」
と両手を広げ、自分の服装のどこがおかしいんだと言わんばかりにだ。
グレーの短パンにワンポイントのデザインが入ったTシャツ。
堅苦しくない打ち合わせぐらいなら、まことはこういうラフな格好で仕事に行く。
「同窓会の会場ってホテルのホールなんでしょう?
そういうところはスーツとかの方がいいんじゃない?
みんな綺麗な格好であんただけ普段着っておかしいわよ」
母親はやれやれといった顔をする。
確かにそうだ。
まことの抜けている部分がまた出てしまったのだ。
だがまことは今回、ビジネスカジュアルの服もスーツも持ってきていない。
どうしようか考えた結果、家の近くのショッピングモールで服を調達することにした。
「せっかく久しぶりにみんなと会うんでしょう。
同窓会何時からなの?」
母親から聞かれ、同窓会の案内状を見る。
開始時間は18:00から。
リビングの壁に掛かっている時計は15:00を指していた。
まだ開始まで3時間もある。
急いで服を選べば全然間に合う時間。
「髪はそれでいいの?
ワックスとか付けなくていいの?」
身だしなみに関して母親の攻撃が始まった。
父親は黙って俺にワックスを渡してきたが丁寧に断った。
「いーよいーよ。
あおいがそういうのやってくれるって昨日連絡してきたから」
2003年の中学時代はスマートフォンもなかったが、
今は一人1台はスマートフォンか携帯を持ち、多様なSNSで連絡を取り合える時代。
金曜に高校の時の同級生と会った時に、まことはあおいのSNS上の連絡先を知った。
SNS上のアカウントをフォローすると、すぐさまあおいから返信が来たのでまことは驚いていた。
平川あおいは、高校を卒業後美容の専門学校へ進み、美容師として働いている。
そのあおいの勤務先がまことがこれから行こうとしているショッピングモールにあるという。
「母さん、車借りってっていい?」
一眼レフは斜めがけにして背負い、財布とスマートフォンをカバンに入れる。
リビングのテーブルに置いていた自分のタバコを手に取り、まことはリビングから玄関へ向かう。
「いいけど、あんた。
絶対、お酒飲んじゃダメだからね!」
まことが学生の頃、飲酒運転の車に追突された乗用車が川に落ちるという事故が起こった。
そのニュースは連日放送され、事故現場付近であるこの地域は飲酒運転の取り締まりが厳しくなっていた。
「大丈夫だよ。
もともと酒はあんまり飲まないし。
今日はそもそも飲むつもりもなかったから」
付き合いでアルコールを口にすることはあるが、好んで飲むタイプではなかった。
飲まなくていいのなら飲まないというのがまことのスタイルだった。
「それじゃあ、行ってきます」
そういうと、一度出たリビングに向かって声をかける。
リビングの奥のソファーで座っていた父親は小さな声で「行ってらっしゃい」と言った。
父親とは仲が悪い訳ではないが、仲がいい方でもない。
それはまことが父親に対して申し訳ない気持ちがあったためだ。
玄関までの廊下を歩いていると、家のチャイムが鳴った。
ちょうど玄関で靴を履こうとしていたまことは、そのまま玄関のドアを開ける。
家のチャイムを鳴らしたのは、あおいだった。
「まーこーとー!
久しぶりじゃん!」
水曜日に見た大人びた顔とは一転して、
学生時代によく見た可愛らしい笑顔がそこにあった。
「え、あおい?
なんでうちに来てんの?」
約束したのは16:00にあおい働いている美容室にに行くことだった。
時間はまだ15:00。
予定より全然早いし、まさか自宅に来るとは思っていなかった。
「15:00からの予約だったお客さんがキャンセルになったから、早めに上がらせて貰ったんだ。
まこと16:00に来るって言ってたら、この時間はまだ家にいるかなって」
リーダー気質の面倒見がいい部分は今も健在らしい。
「そうなんか。
なら、俺今から服買いに行くから見繕うの手伝ってくんない?」
「いいよ!
まこと、その服で行こうとしてお母さんに怒られたんでしょ?」
図星を憑かれ、なんでわかるんだよという目をしていると
「成人式の時も同じことあったじゃん」
と言ってあおいは笑った。
不思議な感覚だった。
確かに学生時代を思い出す事はなかったが、
こうやって地元の友人と話をするたびに、蓋をしていた記憶がどんどん溢れて来る。
そして、成長し大人になった友人と数年ぶりに再会したというのに昔と同じようにしゃべっている。
まことはこの時、帰って来る場所があることに感謝した。
玄関のドアへ母親が近寄って来る。
「あら、あおいちゃんじゃない」
という声を聞き、
「おばさん、お久しぶりです。」
と、あおいが頭を下げる。
母親とあおいの世間話が始まる前に、まことは行って来ます!と母親に向かって言葉を投げた。
母親は気をつけてねと言い、まこととあおいを見送る。
車庫に停めた車のドアロックを解除し、まことは運転席に乗り込む。
あおいは助手席に回り「まことの運転初体験だ!」と言ってはしゃいだ。
昔はもう少し先にショッピングモールがあったのだが、
今回まことが帰って来た時には、家から車で10分もかからない所にショッピングモールができていた。
まことの運転する車は順調にショッピングモールへ向かい、立体駐車場の3Fに入っていく。
「ここのショッピングモールで働いてるんだっけ?」
まことは店舗入り口の駐車スペースに車を入れ、シートベルトを外す。
「そうだよー。
と言ってもここには最近移動になったんだけどね」
あおいもシートベルトを外し自分のカバンを持ち、車から降りる。
「そうなんだ?」
「本店は博多の方にあってね。
前はその本店の方ででやってたんだけど、
家から近い所に新店出すって聞いて移動させて貰ったんだ。」
たぶん子育ての関係なんだろうなと思いつつ、その質問を敢えてしなかった。
子どもがいるという状況は未知のものだったし、きっと理解する事はできないと思ったからだ。
「さーて。
美容師の私がまことをうんとかっこよくしてあげるからね!」
そう言ってあおいはショッピングモールの入り口に入っていく。
学生だった頃の活発さを見せながら。
メンズ服売り場に着くと、着せ替え人形のように次々にと新しい服を着せられていく。
1時間弱、着せ替え人形にされ、
「これでいいよ」
と、まことが根をあげ、スーツスタイルの服に落ち着いた。
髪が伸び放題の状態だったまことは、あおいにどういう風にするかと聞かれベリーショートと答えた。
学生時代も手入れしなくていいからとよくベリーショートにしていた。
「わぁ、懐かしい!」
自分がカットしたまことのヘアスタイルをあおいはスマートフォンで撮っていく。
「なんか、こうしてみると中学時代とあんまり変わんないね」
あおいは自分の手にワックスをつけながら、スタイリングを整えていく。
「よし、これで完成!」
大きな鏡をまことの後頭部付近に持って来て、まこと自身にヘアスタイルのチェックを促す。
「おおぉ、すげえプロじゃん」
と驚くまことに
「プロですよ!お客さん」
と言って笑った。
その後、この店の店長にあおいは自分のヘアスタイルをお願いし、店の更衣室でパーティー用のドレスに着替えた。
時刻は17:30。
準備を終えた二人は時計を見て、
18:00から同窓会の受付が始まるので少し急いで車へと向かった。
途中、店内に置かれた全身鏡に映る自分の姿をみる。
(馬子にも衣装)
自分の姿をみて、言葉が浮かび少し笑った。
駐車場から出て、福岡の繁華街である天神へと向かう。
東京でいう所の新宿に当たる天神は、平日も土日も人で溢れていた。
同窓会の会場であるホテルの駐車場に入る。
同級生らしき人物たちがホテル入り口の方で談笑しているのが見えた。
「あ、あれ大葉くんじゃん」
とあおいが同級生の名前をいうが、まことにはそれが誰なのかが分からなかった。
「大葉って誰だっけ?」
「まこととは同じクラスじゃなかったっけ?
陸上部の元エースだよ」
とあおいが補足する。
他の同級生たちの名前や特徴をあおいがまことに伝える。
ホテルの入り口に集まっていた同級生たちの名前はわかった。
だが、そこにはまだ佐倉結衣の姿はなかった。
「結衣、来てるかな?」
あおいの不意の発言に、まことの心臓はびくりとした。
本当に久しぶりだったのだ。
佐倉結衣の話題を振られるのが。
誰も自分の過去の事を知らない環境に身を投じ、必死にコミニティーの輪に入った。
人とのコミュニケーションが得意でないまことにとって、
知らない土地・知らない人と過ごす日々は簡単に過去のいろんな事を忘れさせていった。
東京のコミニティーの人たちには誰にも佐倉結衣の事は話していない。
だからこそ、その名前が出ることに驚いた。
当然と言えば当然。
ここは伊勢まことと佐倉結衣を結ぶものが多い土地だ。
まことは改めて佐倉との再会に
ビビっていた。
「まこと、結衣とめっちゃ仲良かったよね?
今も連絡取ったりしてないの?」
そう聞くあおいに対して
「俺が東京行ってからは連絡取ってないかな」
と言葉を吐き出す。
嘘ではない。
だが心の中で罪悪感が広がる。
ホテルの入り口を通り、同級生たちが二人に話しかける。
中学生の頃、男子からちょっかいを出され男子を殴り飛ばしていた人物とは思えないほど、あおいの元に男性陣が集まって来る。
そんなあおいを置いてまことはホテルのエントランスまで歩く。
辺りを見渡し、喫煙マークを探す。
ありがたいことに近くに喫煙所があったので、喫煙所へ入った。
表情には出さないが、まことの心臓はドクン、ドクンと大きく波打っている。
ジャケットの左胸ポケットからタバコを取り出し、口に加える。
ライターをどこにしまったのか。
ポケットを探るが、ライターが見つからない。
ズボンのポケットに手を入れライターを探していると
まことの視界に男の手が現れ、その男が持っていたライターに火がつく。
その男の手はまことが口に加えていたタバコの先端にライターの火を近づける。
まことがその手の持ち主の顔へ目線を移す。
その手の持ち主は中学時代に同じ剣道部だった高梨 浩二だった。
「よ。
まことだよな?
お前、相変わらずカッケーな」
まことは高梨の付けた日にタバコの先端を付け、大きく息を吸う。
火がついたことを確認した高梨はライターの着火ボタンから親指を離し自分のポケットへライターをしまう。
「お前、高梨か。
びっくりしたー」
不意に現れた懐かしい顔にまことは安堵の表情を見せる。
「あの入り口で男どもに囲まれてるの、平川だろ?
あいつやっぱりモテてたんだなぁ」
といたずらっぽく笑う高梨に向かって
「お前、中学ん時にあおいに告ってなかったっけ?」
と言葉を投げた。
ドキッとした高梨は左手で後頭部を触りながら
「いやいや、あれは・・・
違うんだって・・・」
と誤魔化そうとした。
佐倉に会う決意の固まらないまま会場に来て、
内心ビビりまくっていたまことは旧友である高梨との会話によって緊張が解れていった。
男性陣の輪を抜け出し、あおいは喫煙所まで走り寄る。
「あ、高梨じゃん!
久しぶりー!」
とまことの隣に立つ高梨へ元気に手を降る。
高梨は少し顔を赤くしながら手を振り返す。
(高梨には、あおいに子どもがいる事は黙っておこう)
まことは旧友の表情を見て小さな決意をした。
同窓会の受付を済ませ、会場であるホールに入っていくと同級生たちがすでに沢山集まっていた。
ステージの方には当時若々しく教鞭をとっていた先生たちも多く来ていた。
ステージの前方へは行かず、三人は飲み物を選びにいった。
飲み物を受け取り、適当なテーブルの周りに集まり他愛のない会話をする。
当時同じ剣道部だったメンバーが徐々にそのテーブルへ集まって来る。
この時、まことの緊張は薄れていた。
先ほど受付をした際に佐倉の名前は書かれてあったものの、
受付を済ませたという印がついていないのを目にし、まだ佐倉が来ていない事を知ったからだ。
もしかしたらこれから来るかもしれない。
という期待と不安はありつつも、この同窓会を企画した幹事がマイクを持って喋り出した頃にはホールの扉は閉められていた。
(やっぱり来ねえ、か。)
時刻は19:00。
土日に仕事をしていたとしてもこの時間に来なければ、きっともう来ないのだろう。
スマートフォンに表示された時間を見ながら、安堵と残念に思う気持ちで心が揺れる。
剣道部が集まっていたテーブルから離れ、壁際に置かれた椅子へと腰掛ける。
「あのー・・・。
・・・まことくん、だよね?」
名前を呼ばれ声の主の方を見上げると
何人かの女性がまことの周りに立っており、そのうちの一人が話しかけて来た。
その声の主はおそるおそるっという状態。
見た目は優しそうな女性。
クラスによくいる可愛いタイプの女性だった。
「そうだけど。
えーっと、ごめん。
誰だっけ?」
どこか見覚えのある顔だが、名前が出てこない。
(やばい、絶体絶命だ!)
そんな事を思っていると、話しかけて来た女性の方から名乗ってくれた。
「私、生田です。
生田 なな。
・・・おぼえてないかな?
3年の時に同じクラスだったんだけど」
「いくた・・・。
あぁ、吹奏楽部の生田?」
やっと思い出せた事が嬉しかったのか、
まことは子どもが新しいおもちゃを貰ったような嬉しい顔をした。
「覚えてるよ、覚えてる。
生田、綺麗になったなぁ」
まことはそう言いながら立ち上がる。
『綺麗になった』という発言を受け、生田の表情が赤くなるのが分かった。
周りの女性陣は生田と同じ吹奏楽部のメンバー。
その女性陣は生田が頬を赤くしているのを見てニヤニヤしている。
生田は勇気を振り絞るように、まことの目を見て言葉を発した。
「私、まことくんが撮ってる写真集見てすごく感動して。
・・・あのこれに、サインとか貰えたりしないかな?」
そう言って彼女が取り出したのはまことが以前出版した風景の写真集だった。
予想的中と言わんばかりにまことは即座にいいよ、と答え、ペン持ってる?と尋ねる。
生田は自分のカバンからサインペンを素早く取り出しまことに渡す。
まるで芸能人に会ったファンの様に、嬉しさが滲み出ている表情だった。
生田からサインペンを受け取り、キャップの部分を口に加えポンっとキャップを外す。
写真集のページをめくり、白紙のページに自身のサインを入れる。
生田が「わぁー」と小さな歓声をあげ、喜びでいっぱいといった表情を浮かべる。
周りの女性陣が、やったじゃん、なな!と友人の勇気を褒め称える。
まことは一つの質問を投げかけた。
「なんで俺の写真集って分かったの?」と。
まことは実名で写真を出してはいる。
が、本名であるひらがなの「まこと」ではなく、
漢字表記の「真琴」で写真を発表している。
雑誌に何度かカメラマンとして顔は出ているが、それはメインの被写体のついで程度。
伊勢まことに繋がる情報はメディアには出していないはずだった。
「そりゃあ、地元の本屋がまことの特設コーナー作ってるから。
地元に残ってる連中はだいたい知ってるんじゃない?」
生田の隣に立っていた綺麗めな女子が生田の代わりに答えた。
「え?
そうなの?」
まことはその事実を聞いて、驚いた。
伊勢まことと真琴が繋がる情報は少ない。
家族には恥ずかしいから周りに言わないでくれと言っている。
しかもそれがネットではなく、本屋でバレているのが不思議だった。
「でも、まことってさー」
生田の後ろにいた女子が言葉を発した。
「男だったら絶対、モテるよねー。
まじただのイケメンじゃん」
その言葉を聞いて、一番ショックを受けたのは生田ななだった。
ハッとした表情をし、まことから受け取った写真集を見つめる。
まことは
「そうだったらいいねー」
と軽く受け流す。
時刻は19:20。
会場は旧友との再開を懐かしむ人の声で賑わっている。
生田ななは視線を落としたまま、なんと言葉を出そうか悩んでいた。
その時、会場の明かりが消される。
ステージに吊るされたスクリーンに『思い出の写真』と言うタイトルで、
中学時代の写真が次々に流れていた。
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