第3話 地元へ
2016年10月。
伊勢まことを乗せた飛行機は無事、九州の福岡空港に到着していた。
平日の昼間にも関わらず空港では大勢の人が行き来している。
福岡から国際便が出ているせいもあるだろう。
まことは預けていたキャリーケースを受け取り、到着出口へ向かう。
到着出口を抜けると、まことの母親が待っていた。
「まことー!」
目があうなり、大声でまことを呼ぶ母親の元気な姿に、まことは少し安心した。
まことが27歳という事は、母親も当然歳を重ねている訳で。
いつか元気ではなくなる時がくるのは必然だ。
先日、同業者のお母さんが亡くなったと聞いたのもあった。
福岡を離れ9年。
同窓会の知らせを聞いて、実家に帰ろうと思ったのは母親の体調を心配していたからだ。
「あんたが買ってくれた車、すっごい乗りやすいわよ!」
そう言って、母はまことの背中をバンバン叩いた。
少し前に実家の車は故障したという話を聞いて、実家に車をプレゼントしていた。
東京では車がなくても生活できるが、地方に行けば車がないと何かと不便なものだ。
高級車より実用性のある車を、ということで見た目が丸みを帯びていてアシスト機能の付いているものにした。
「ところで、一週間うちに泊まるでしょ?歯ブラシとかちゃんと持って来たの?」
母の言葉でまことはハッとした。
仕事道具はもちろん漏れなく持って来たし、着替えも多めに持って来た。
ただ、歯ブラシは盲点だった。
「いやー、忘れた」
と苦笑いを浮かべる。
「あんた本当、バカねー。そういうところは本当に変わってないわ」
呆れ顔の母は少し笑いながらまた「バカね」と言う。
どこか大事なとこで抜けているのは子どもの頃から変わらない。
子どもの頃から外に出かけると大抵どこかに持ち物を置き忘れていたというのは母親からよく聞かされた話だ。
「じゃあ、ちょっと帰ったら買い物に行きましょう!
うちの近くにおっきいショッピングモールできたのよ」
そう言うと、ほら行くよと言って空港の駐車場へ移動する。
外へ繋がる自動ドアをくぐり抜けると、10月だというのに少し暑い。
(そういや、10月はまだ夏服でよかったんだったな)
学生時代の制服の衣替えを思い出し、キャリーケースをみる。
きっと今回持ってきた秋服たちはたぶん、出番はないだろうと思った。
(・・・短パンとシャツも買おう)
余計な出費が出る事にまことはため息をつく。
だが母親が自分との買い物を楽しみにしるらしいので、
それはそれでアリだなと自分に言い聞かせた。
丸みを帯びた真っ赤な車の前に来ると母親はカバンから鍵を取り出し、遠隔操作で車のドアを開ける。
後部座席にキャリーケースを詰め込むと、母親はなぜか助手席に座った。
「え、運転俺がすんの?」
ちょっと驚いたまことは助手席に座った母親がクスクス笑っているのに気づいて、黙って運転席に回った。
「一度でいいから自分の子どもが運転する隣に座って見たかったのよねー」
そう言って、感慨深そうにまことを見つめ、
「あんた本当、おっきくなったわねー。
そんなあんたに朗報です!
これはプレゼントよ。
27歳、おめでとう」
母親がダッシュボードから取り出したのは、俺が子どもの頃から好きだったキャラクターの展覧会のチケットだった。
しば犬をモチーフにしたそのキャラクターは愛くるしい見た目とは裏腹にぐーたれた態度や言葉が可愛いと人気で、まことが好きできているシャツもそのキャラクターが描かれたシャツだった。
「今度の日曜にやるらしいから、行ってらっしゃい。
一応2人まで入れるらしいけど、私日曜は近所の奥様たちとお出かけだから。
同窓会でお友達に会うなら誰かと行けばいいしね」
しば犬をモチーフにしたキャラクターは平成元年に誕生し、以来愛されてい続けている。
そのキャラクターの名前は「しーば」
まことは母親からチケットを受け取ると嬉しそうにありがとう!と言って受け取り財布の中にしまう。
そして、車のエンジンをかけゆっくりと走り出す。
「そういえば、同窓会って土曜日なんでしょう?
それまであんたどうすんの?」
母親はまことに帰省中のスケジュールを尋ねる。
「今日はとりあえず買い物したら出かけないけど、木曜は太宰府の方まで行こうかなぁ。
金曜は高校の時の友達が集まろうって言ってたから、それに行く。
土曜の同窓会は中学のだからね」
「同窓会って中学のだったのね。
でもこんな時期に同窓会って珍しいわね」
空港の駐車場出口のゲートにさしかかって駐車券を母親から受け取る。
どうやら無料時間だったらしく、駐車券を入れるとゲートが上がった。
「なんか中学ん時の担任の先生が今年で退職らしいんだよね。
それを聞いた誰かが集まろうって言ったんだって」
「なるほどねー」
空港から出て、車道をまっすぐ抜ける。
途中途中、母親カーナビの案内で見慣れた地元の景色が広がって行く。
車内では母親の質問攻めタイムが始まっていた。
仕事は順調なのか、部屋は片付けているのか、食事はちゃんと食べているのかなど。
他愛のない会話が続く。
長年、仕事仲間と仕事の話ばかりしていたので、
こういう日常会話がまことにとって懐かしくもあり新鮮だった。
あともうすぐで実家に着くというタイミングで母親がある人物を見つけた。
「あの子、まことの同級生じゃなかった?」
実家近くの交差点で信号待ちをしている女の子。
まことは一瞬、ドキッとした。
佐倉 結衣を思わせるその女の子。
だが、よく見るとそれは確かに同級生だったが、佐倉 結衣ではなかった。
誰だっけとまことが思い出そうとしていると、信号が変わり車を走らせなければ行けなくなった。
「あー、そうだそうだ!
あおいちゃんよ。
小学校の時にあんたうちに連れて来てたじゃない」
平川 あおい。確かに小学校・中学校が一緒だったし同じ部活動だった。
だが、面影があまり残ってなかったのですぐに思い出せなかった。
「あおいってあんな感じだったけ?」
小学生の時は男子顔負けのパワフル女子だった。
いつだったか、あおいの事をいじめた男子が本気で泣かされるまで叩かれるという事件があった。
リーダー核だったため、女子が男子に何かされるたびにあおいが男子をぶっ飛ばしていたのを思い出した。
そんなあおいは周りの男子からはメスゴリラと呼ばれていた。
「あおいちゃんって今、子どもいるじゃない。
確か女の子2人かな、だからお母さんの顔になってるのね」
えっ?とまことが漏らすと、母親は続けて
「東京の人は知らないけど、
こっちじゃあんたぐらいの歳なら子どもの一人や二人いるものよ」
母親の驚愕のセリフにまことは心底びっくりしていた。
世間ではまことぐらいの年になると結婚ラッシュが起こって、
金欠になっているというネットニュースを見た事がある。
だが、まことの周りで結婚ラッシュはまだ起こってなかったので都市伝説的なものだと思っていた。
(地方ってすげーな)
まことの中ではまだ学生時代の記憶しかないので当然と言えば当然の事なのかもしれない。
(あいつも子どもいんのかな?)
佐倉結衣の顔が浮かぶ。
先ほどの平川あおいは子ども頃の面影はなく、女性の大人という雰囲気を纏っていた。
佐倉結衣はどういう風に成長したんだろうか。
最後の記憶は高校3年の最後の春。
卒業式を終え、明日には東京へ飛び立つというタイミング。
記憶を探りながら、まことの運転する車は実家の車庫に入っていく。
キャリーケースを後部座席から取り出して、数年ぶりの実家のドアをくぐる。
まことが小学生の時に新築だった実家は、今では年季の入った生活感溢れる家になっていた。
「あんたの部屋まだあるから。
とりあえず荷物は自分の部屋に持って行きなさい」
母親はそう言いリビングへと向かう。
まことは玄関を少し進んだ先にある階段を登る。
階段を登っていくと、まことの部屋と両親の寝室、そして姉の部屋がある。
3つ上の姉は未だに実家に住んでいるらしい。
結婚の話はまだ出てないが、長年付き合っている彼氏がいるようで母親は今の彼氏と早く結婚してほしいと漏らしていた。
ただ父親はまだ姉には結婚して欲しくないそうだ。
まことが何で?と母親に聞くと娘が自分の所にいてくれる方が良いって言ってたわと返された。
2Fの廊下を進んで真ん中の部屋がまことの部屋だ。
部屋のドアを開けると、まことが福岡離れた時から状態は変わっていなかった。
高校の制服と中学の制服が壁にクリーニングされた状態でかけられている。
部屋にはあまり埃が積もっていないので、母親がこまめに掃除してくれた事を察する。
勉強机の方に目をやると、写真たてが置いてあった。
そこには中学2年の佐倉 結衣と伊勢 まことが写っていた。
修学旅行先の沖縄での一枚。
二人の背景にはエメラルドグリーンの海が広がっている。
「そういや、写真は全部こっちに置いてきたんだったな」
キャリーケースを部屋の壁際に置き、部屋の中へと進む。
勉強机の上にあった写真たてを持ち上げ、じっと写真を見つめる。
久しぶりに脳内の微かな記憶ではなく、実物ではないが写真の佐倉 結衣と目があった。
『もしあの時、違う選択をしていたら未来は違っていたのだろうか』
そんな言葉がふとまことの思考をよぎる。
だが、まことは知っていた。
過去を変える事はできないし、過去に戻る事もできない。
時間は前進するだけて後退はしない、だから面白い。
昔、誰かが言っていた言葉。
まことはそれを聞いた時、理不尽だと思ったが今ではその言葉を腑に落としている。
過去がどうこうと言う前に
自分が選んだ道を【正しかった】と言える様にするべきだ、と。
それでも。
理屈は分かっていても、
過去に浸るぐらいはしても良いよなっと自分の胸に聞く。
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