番外編 僕も遂に聞かれる側か(二)
「今更ですけれど、お二人に自己紹介をお願いいたします。エマさんからどうぞ」
「はい。エマニュエル・テリオー……」
「エマ、もうソンルグレでしょ!」
「あ、そうでした。昨日から晴れてエマニュエル・ソンルグレになりました。まだ慣れていなくって……ごめんなさいね、ナット。生まれはテリオー領ですが、初等科の頃から十六まで王都に住んでいました。ナタニエルと別れた後、家族とテリオー領に戻りました。去年ナタニエルが遠征されてきたために再会して、今はまた彼の隣に居られるようになりました。とても幸せです」
新婚ほやほやの夫婦は微笑みながら見つめ合って、ナタニエルはエマニュエルの手をしっかりと握った。
「ナタニエル・ソンルグレです。王宮魔術院に勤めています。生まれも育ちも王都で、二歳までは実父のラングロワ姓を名乗っていました。それから色々あって、母が今の父アントワーヌと再婚し、父がソンルグレ侯爵家に養子に入ったので家族皆ソンルグレを名乗っています。多感な十代を過ごした僕も、エマと会ったのは反抗期も少し落ち着いた頃でした。出会いから九年後にこうして結婚できて、本当に良かったです」
「お二人は学院時代に一度別れを経験されていますね。と言ってもそれは僕が頼りなかったからなのですが……二人に辛い思いをさせてしまった僕は王都を去ってからもずっと気になっていたのです」
「それでもね、良く考えてみると僕達最初に出会えたのだって、ガストン達が僕に絡んできたところをエマが目撃したからだよ。そして別れたのはガストンのせいでも、六年後に再会できたのも奴のお陰だ」
「そうね、ナット。彼って実は私たちのキューピッドなのよね」
「ぶはっはは! あの
「まあ嫌だ、パスカルったら。うふふ」
「奴が天使? それウケる……」
マルゲリットでさえくすくす笑いをしている。
「マルゴはガストンのことを知らないからこの可笑しさが分からないと思うけれど……」
「存じていますわ。去年の春にお兄さまを訪ねて来て土下座して謝っていたのに数分後にはお酒を酌み交わしていらしたあのごつい方ですよね。昨日の式にも遠方から出席されていました」
盗み聞き覗き見の名人、悪い子マルゲリットだった。
「いやはや、マルゴにまで笑われているとはね。今頃奴はくしゃみを連発しているはずだよ」
四人はひとしきりガストンをいじって面白がっていた。
「さて、座談会を続けましょうか。義兄上がシリーズ作に初登場したのは第三作『奥様は変幻自在』で、当時は二歳でした。アナ様があまりの可愛さにメロメロになっておられました。第四作『開かぬ蕾に積もる雪』では誕生時から書かれていました。そして『蕾』の作中では幼いながら大活躍でした。この作品中でもアナ様があまりにも幼児期の義兄上を可愛がるのでジェレミー様が嫉妬しておられましたね」
「懐かしいねぇ」
「家族の間ではそのことで父が良くジェレミー伯父を
「最近のスピンオフにも続けて登場していますね。義兄上は子供の頃は御母上にそっくりの愛らしい男の子、難しい十代半ばを過ぎると温厚で優しい青年というイメージが定着しつつあったのです。しかし、この物語ではその路線からかなり外れて、うちの姉だけでなく、家族の皆様までもが義兄上の意外な一面を発見したようですね」
「正にそうですわ。私はお兄さまが女性のことで必死になっているのを初めて見ましたもの。それから王都にエマさんを連れて帰って来た時のニヤけた顔なんてもう……うふふ」
「えっと、私も同感です。再会後のナットは学院時代とはうって変わって強引で甘えん坊で我儘で独占欲が強くて……その、ジェレミーさまのおっしゃるように肉食って言うのでしょうか……」
「だって十代の頃はあまりがっついてエマにヒカれてもと思っていたから……」
「紳士的な昔のナットもかっこ良かったけれど、今のありのままのナットの方が私は好きです」
「エマァ、本当?」
ナタニエルはそんな甘えた声を出しながら愛しい妻の顔を覗き込み、彼女の腰をしっかり引き寄せている。
「二人のこんなベタベタイチャイチャはいつものことですけれどもね……」
マルゲリットは笑いを堪えているようだ。
「さてシリーズ作、主人公の口癖というか決め台詞がありますよね。最近の作品では例えばローズさんの『もうヤダァ、マックス!』やカトリーヌさんの『ティエリーのえっち!』ですね」
「あとはダンの『悪い子だ』と『貴女のお望みのままに』ですね」
「それぞれの性格とカップルの関係をよく表していると思いますが、お二人の場合はどうでしょう?」
「ナットの『いいでしょ、エマァ?』です」
「姉上、即答ですね……」
「質問文だけど質問ではなくて肯定が前提なのですよね、お兄さま」
「もちろんじゃないか」
「私も嫌とは言えない雰囲気に持っていかれるのです……」
今度はエマニュエルの肩を抱いているナタニエルだった。
「さて、甘々で胸焼けがしてきそうなのですが、お二人はどう呼び合っておいでですか?」
「私はナット、時々は私の旦那さまです。会ったばかりの学生の頃はナタニエルさまと呼んでいました」
「僕はエマ、エマちゃん、僕の奥さんですね」
「呼び名なんて聞くまでもないですが、毎回の座談会では恒例の質問なので。そろそろお開きにしましょうか。僕達一家がテリオー領に帰る前にもう一度家族で食事をしましょうね」
「もちろんですよ、パスカル。私が王都に嫁いだから家族と遠く離れてしまいましたけれど、両親が私の結婚をとても喜んでくれて、安心しているのを見て本当に良かったと思っています」
「今日は新婚早々押しかけて、大変お邪魔いたしました」
「マルゴはもう今日ペルティエ領に帰ってしまうのだろう? ダンジュにもよろしく伝えてね」
そして新婚夫婦に見送られてマルゲリットとパスカルが新居の玄関を出たところ、門の前にダンジュが荷馬車で迎えに来ていたのが皆の目に入った。
「ダン、来て下さったの? 外で待っていなくてもよかったのに……」
「ええ、それでも私が粗末な荷馬車でお屋敷に入るのも
「ありがとうダンジュ。それにしても君達も一時でさえ離れていたくないみたいだね」
初めてダンジュに紹介されたパスカルは一瞬だけだが彼の鋭い眼差しに射抜かれていた。
「暗くなる前に家に着けるかしら、ダン」
「そうですね、急ぎましょうか。奥様お手を」
マルゲリットはすぐにダンジュの隣に乗り込み、二人は出発した。パスカルは来る時はマルゲリットと一緒にルクレール家の馬車だったが、帰りは一人寂しく帰って行く。
「ダンジュったら、ああ見えてかなり独占欲が強いよね」
「そうですか? 結構淡々としておいでですけれども」
「僕には分かるんだ。マルゴがパスカルと一緒に付添人をすることにもいい顔はしていなかったと思う。結婚式ではマルゴに家族以外の男と踊るのを禁止していたらしいよ」
「まあ……」
「今日迎えに来たのだってね、パスカルとマルゴが来るときだけでなく帰りも二人で馬車で移動するのが許せなかったのじゃない?」
「ナットったら」
「とにかく、彼らが皆帰って僕達もやっとまた二人きりになれたね、エマ」
ナタニエルは新婚の妻の腰を抱いて屋敷の中に入って行った。
― 僕も遂に聞かれる側か 完 ―
***ひとこと***
これで番外編も終了です。最後までお読み下さってありがとうございました。
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