番外編 僕も遂に聞かれる側か(一)
― 王国歴1052年 秋
― サンレオナール王都 ソンルグレ若夫婦の新居
ここはナタニエルとエマニュエルの新居である。彼らが挙式の後ここに移り住んで早々、客が訪れた。
「君達ねぇ、ラブラブ新婚家庭にいきなり押し掛けてくるなんて、一体何なの? 普通遠慮するでしょ。昨日の今日だよ、ゆっくりさせてよね」
彼らを迎え入れたナタニエルは少々苛ついているように見えなくもない。
「お兄さまとエマさんにお話を聞かせて頂く座談会を開くことになったのです」
「お邪魔して申し訳ありません」
客というのは彼らの式で付添人を務めた二人、マルゲリットとパスカルだった。
「あのさ、それって今日じゃないと駄目なの?」
「はい。私は今晩にはもうペルティエ領の家に帰るのですもの」
「私だって数日後には南部に戻りますから。御存知のように一旦引っ込むと中々王都まで出てくるのも大変なのですよ」
「ですから私とパスカルさんが揃っている時に座談会を開く運びになったのです」
「座談会って何ですか、マルゲリットさん?」
エマニュエルも玄関に顔を覗かせた。
「物語の完結記念として主人公お二人に話を聞く会ですわ。お兄さまはご存じですよね。お姉さまとマキシムさんの時に一度聞き役を務めていらっしゃいますから」
「ああ、僕も遂に聞かれる側か。感慨深いね。しょうがない、居間に行くか」
四人は居間に入り、向かい合って座った。
「答えられない質問には何も言わなくてもいいからね、エマ」
「まあ、そんな難しい質問をされるのですか?」
「難しいわけではありません、姉上。お二人の馴れ初めや結婚に至る経緯などを聞くことになっています」
「聞き役は君達二人が適役だね」
「そうですね。私は義兄上がテリオー領にいらしたときに姉との仲を取り持つために協力しましたからね」
「私も、というかダンが長期間駆り出されましたわ」
「パスカルとナットが何だか手を組んでいたのは知っていますけれど、ダンジュさんもですか?」
「お兄さまったらエマさんにまだ何もおっしゃっていなかったのですか?」
「い、いやだって……」
「あの、ダンジュさんってどなたですか?」
「そうか、パスカルはダンジュと面識なかったよね、マルゴの恋人だよ」
「えっ、マルゲリットさん、恋人がいらっしゃったのですか? だっていつもご家族の集まりはお一人だからてっきり……」
パスカルはショックを受けているように見えなくもない。
「恋人っていうよりもう夫婦同然だよね」
「えぇっ?」
パスカルは益々ショックを受けているように見えなくもない。
「あ、えっと、それは……ラブラブなのは否定しませんわ……って私たちのことはどうでもいいのです! 今回私は聞き役なのですけれど!」
「ナット、ダンジュさんに何を頼んだのですか?」
「エマが婚約破棄をしてまだ嫁がずにいるってガストンの野郎が教えてくれた後に、すぐテリオー領に行こうとしたのだけど、どうしても休みが取れなくてね……居ても立っても居られなくて……そこでマルゴ経由でダンジュにエマの様子を見に行ってもらったのだよ」
マルゲリットは兄のナタニエルに何か言いたそうな冷たい視線を向けている。
(様子を見に行く? お兄さまったらそんな生半可なものではなかったというのに。男の影がちらついていたら消せ、悪い虫は駆除しろ、とか散々物騒な注文をつけてきた癖に!)
「まあ、ナットったら。私なんて田舎にひっそりとこもって細々と過ごしていたのに、様子を見るほどのことはなかったでしょう?」
(エマさん、どうして? 『このストーカー野郎、そんなキモいことしていたの!?』の一言くらいあってもよろしいのに!)
厳しく睨んでくるマルゲリットにナタニエルは余計なことを喋るなという視線を向けている。
「そうしてエマさんがまだお一人だったことを確認した兄は『エマちゃぁん、僕が迎えに行くから誰にも嫁がずに待っていてねぇ♪』なんて鼻歌を歌いながら上機嫌だったのですよ」
マルゲリットは負けていない。
「マ、マルゴ……そこまで暴露しなくてもいいじゃないか……」
「だって本当のことですから」
「ナット……」
エマニュエルは真っ赤になってしまっている。
「私はあの頃自分のことで精一杯だったのです。勉強や将来設計、リゼの祖父母宅での強化合宿で忙しくしていた時なのに、ダンを長期間テリオー領に送り出せだなんて……でもお兄さまに土下座までされて頼まれたら……断れませんでした!」
「「えっ、土下座?」」
テリオー姉弟はハモっている。
「いや、だから……」
「ダンがテリオー領に行ってしまってずっと留守で、私は寂しくてしょうがなかったのですもの!」
「あ、あのう、兄妹喧嘩はもうそのくらいにしませんか?」
パスカルはショックから立ち直ったのか、マルゲリットとナタニエルの間に入ってきた。
「あら、嫌だわ。感情的になってしまって申し訳ありませんでした」
「とにかく、義兄上はうちの姉がまだ独身だと知った時点で即行動を開始、周りから固めていたということですね」
「ええ。テリオー領にダンをわざわざ送り込むくらいなのですから」
「ご自身がテリオー領に到着された夜には早々に僕に直談判しに来られました。『エマとよりを戻して王都に連れ帰って結婚したい』だなんて真面目な顔で僕に許可を求められたのですから」
「パスカルとナットが色々陰で画策していたのは知っていましたけれど、そこまでだったなんて……」
エマニュエルは驚きを隠せない様子である。
「えっと……その、六年もエマのことを放っていた自分が悪いのだけど……もう一日も待てなくて」
「エマさん、見た目によらずこんな粘着質でウザったい兄ですけれど見捨てないでやって下さい。家族でさえエマさんと再会後の
マルゲリットは先程からかなり辛辣である。
「ちょっとマルゴ、それはなんでも酷くない?」
「うふふ」
「ところでマルゲリットさん、この座談会は自己紹介から始めるのではありませんでした? もう二千文字以上も使っているのに全然手順通りに進んでいませんが」
「あらまあ、本当だわ。失礼いたしました」
(二)に続く
***ひとこと***
何だかいつも通りの自己紹介から始まらない座談会になってしまいました。
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