第二十話 絶対君を手に入れるからね


 マルゲリットがテリオー領に送ってくれた調査員の彼が最初の報告をくれました。それをマルゲリットから聞いた時、僕は思わずガッツポーズを取らずにはいられませんでした。


 エマは領地で慎ましく暮らしているとのことです。婚約予定の男と別れて以来、男っ気も全然なく本人はもう結婚する気ももうあまりないらしいのです。


「エマちゃん、僕が迎えに行くまで待っていてねぇ♪」


 機嫌良く鼻歌まで歌いだす僕は、マルゲリットから冷たい視線を受けていました。




 それからしばらくして、僕はある朝クロード伯父の執務室に呼ばれました。アナ伯母様と一緒にテリオー領に同行する予定のソニアさんが遠征に行けなくなったと聞きました。もう来週に出発が迫ってきている時の急な変更でした。


 ソニアさんは希望して南部に行くことになっていたというのに、一身上の都合でどうしても辞退しないといけなくなったそうです。


「ナタニエル・ソンルグレ魔術師よ、お前の希望通りになりそうだぞ。ソニアさんの代わりにテリオー領に行ってくれ」


「伯父様、ありがとうございます!」


「職場では役職名で呼べと言っているだろうが、お前は全く」


「はい、テネーブル総裁! 遠征、張り切って行って参ります!」


「あまりソニアさんの前で浮かれてはしゃぐなよ、彼女も本当は行きたくてしょうがなかったのだ。下調べの勉強も入念にしていた」


「もしかして急病とか? それともご家族に何か?」


「まあそんなところだ」


 そして僕の南部テリオー領遠征が正式に決まりました。


 その時はまだソニアさんも誰にも言っていなかったのですが、後に妊娠が判明したからだったと聞きました。確かに妊娠初期に馬車での長距離移動は良くありません。


 本当はビアンカ伯母様がソニアさんの代理として名乗りを挙げていたそうでした。ビアンカ伯母様の実家ボション領はテリオー領から近いのです。しかしクロード伯父がいい顔をしなかったので伯母は諦めざるを得ませんでした。


 僕は同時に遠征後二週間の休暇も申請して許可されていました。


「お前、遠征の直後に休暇まで取っているのか。だが、公私混同するなよ。任務はきっちり終わらせろ」


「分かっております、総裁。お取り計らい、ありがとうございます」


「まあな、俺もビアンカに二週間も三週間も留守にされるのはどうしても避けたかったからな」


「ボション領へはまたお二人一緒にお休みを取っていらしてください」


 僕自身、こうも上手くいくとは思ってもいませんでした。


 早速その日帰宅して妹のマルゲリットに報告しました。


「マルゴ、喜べ。仕事が入ってテリオー領に予定より二週間早く行けることになった。来週僕は出発するから彼に文を書いてもう呼び戻してもいいよ」


 良い働きをしてくれたマルゲリットの彼への報酬と謝礼を払ったら彼女にはお礼を言われるどころか、なじられてしましました。


「私は彼がずっと留守だから寂しくてしょうがないのです……それに彼は移動に時間を取られただけで何のことはない、エマさんは男性と付き合ってもいないし、こんな退屈な見張りも尾行も初めてだって言っていました。仕事と言うよりただの『すとーかー』じゃないかとも」


「マルゴ、そんなにむくれてねるなよ。今すぐ文を書いたら二、三日後には彼に会えるじゃないか? 可愛い笑顔で出迎えてあげなよ」


「……はい。私もお兄さまの恋が叶うことを願っています」


「うん。何としてでも成就させてみせるよ」


 マルゲリットの部屋から出る時に既に鼻歌混じりでスキップまでしていました。


「エマちゃぁーん、僕が迎えに行くまで待っていてねぇ♪」


 背中にマルゲリットの冷ややかな視線を感じなくもありませんが、気になりません。




 今僕は南部はテリオー領へ向かう馬車に揺られています。同乗者はアナ伯母様です。


「もうそろそろ日が低くなるのですから、テリオー領に入ってもいい頃ではないですか? それにしてもまだ六月終わりだというのにこの暑さと言ったら……」


「ナタン、イライラしなくても着く時には着きますよ。貴方は本当に朝からそわそわして……」


「だって、伯母様」


 伯母は僕の心情を知ってか知らずかのんびり構えています。そういう僕は数日前にやっと今回の遠征に派遣される辞令が下りてからというもの、はやる気持ちを抑えきれませんでした。


 まだ日も暮れず明るいうちにテリオー伯爵家に到着しました。馬車の中で朝から座りっぱなしだった伯母はやっと地面に降りて体が伸ばせると嬉しそうにしていました。僕は別の意味で下車するのが待ちきれません。


 屋敷の正面玄関前には数人が既に僕達の馬車が着くのを待っていて、頭を深く下げていました。真ん中に立っていたパスカル青年が挨拶をします。


「テリオー領へようこそいらっしゃいました。留守にしている領主の父に代わって私がお二人のお世話をさせていただきます。パスカル・テリオーでございます。こちらは姉のエマニュエル・テリオーに、屋敷の執事と侍女頭でございます」


「テリオー家の皆さまには二週間の間、お世話になります。アナ=ニコル・ルクレールでございます」


 エマの顔を一番に見たかったのに彼女はまだ頭を下げたままでした。炎のような赤い髪の毛は相変わらず後ろに一つにまとめています。


「流石南部は暑さも本格的ですね」


 そう僕が発したその声に彼女の体が一瞬ビクッと反応したような気がしました。六年の年月を経ても僕の声を覚えていてくれたのでしょうか。僕の期待は最高潮に高まっていました。


 彼女が恐る恐る顔を上げます。僕の愛しいエマは以前よりもずっと大人びて少しほっそりしていました。僕との再会に驚いているのが分かります。それも無理はありません。魔術院からの文には女性魔術師が二人でこの地を訪れると書かれていたのですから。


「ナタニエル・ソンルグレです。久しぶりだね、エマ。パスカルとは去年ローズの結婚式で会ったね」


 彼女の顔を六年ぶりに見て、僕は決意を新たにしました。


(エマ、絶対君を手に入れるからね。それまではテリオー領から去るものか)


 エマの両親は北部に避暑へ行ってしまって留守でした。とりあえずエマの周りから固めて行こうと作戦を練っていた僕にしてみれば彼らが居ないのは誤算でした。将を射んと欲すれば何とかです、まず弟のパスカルから当たってみることにしました。


 居間で皆集まっていても、エマは厨房の様子を見に行くとかなんとか言いすぐに席を立ってしまうし、なんだか避けられているような気がしないでもありません。


「皆さまでごゆっくりどうぞ」


 食事の後、さっさと退席してしまったエマを恨めしく指をくわえて見守りながら、僕と伯母はパスカルと暫くの間居間で談笑していました。


 その後、伯母もパスカルも自室に引き取りました。僕は一旦自室で入浴を済ませた後、パスカルの部屋の場所を侍女に聞きました。


「ソンルグレ様、主人に何か用事をお申し付けでしたら呼んで参ります」


「いえ、そんなとんでもないよ。私の方から行くから」


「そんなご足労は……」


 この屋敷に着いてからというもの、下にも置かぬもてなされようでした。侍女をやっとのことで説得してパスカルの部屋を訪ねました。




***ひとこと***

マルゲリットと彼、ダンジュ君は全くもっていい迷惑でした!


さて、魔術院総裁、妹とその彼などに手回ししてやっとテリオー領に到着のナタニエル君。今度は将来の義弟君を攻略に!?

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