第三十話 どうぞ二人でお楽しみ下さいね
その夜、私の離れの部屋にいつものようにこっそり訪ねてきたナタニエルは腕に包みを抱えていました。彼はそれを私の寝台脇の台に置きました。
「ねえエマ、今日伯父が言っていたこと、分かっていなかったよね」
「え? ええ。でもあなたの伯父さまの表情と皆さまの反応から、あまり教育上よろしくないことだけは……」
「教育上ったって、もう皆いい大人なのだからさ。伯父があんなこと言い出すから今日は特に夜になるのが待てなかったよ」
「まあ、ナットったら……」
爽やかな笑顔のナタニエルは私をきつく抱きしめてきます。私も彼の腕の中で実は気持ちが高ぶってきました。
「とにかく、来月には式も挙げるし、この屋敷の主である伯父の許可も得た事だしね、今夜からは遠慮なく中で生で堪能させていただくよ。いいでしょ、エマ」
ナタニエルに耳元でそう囁かれ、顔を彼の方へ向かされます。彼の瞳の中に熱くたぎる何かが見えました。そのまま唇を激しく奪われたと思ったら、私はすぐに寝台に押し倒されていました。
その夜はいつになく夜遅くまでナタニエルに翻弄されっぱなしで私は中々解放されませんでした。疲れ切った気だるい体で彼に寄り添って私は改めて彼に大事にされていると実感していました。
「ナット、えっと、今までずっと私が
「そんなこと、男として当然でしょ、君の名誉の為にも体の為にも。でもエマがあまりに可愛いから……僕は結構大変だったのが本音。情熱のまま流されてしまいそうで……」
言うまでもなく、以前付き合っていたテリオー領の商人とは大違いです。
「うん。大好きよ、ナット」
「実はすぐにでも結婚したくて
「な、な、なんてことを……」
「まあそれでもね……自分は生まれてきて良かったとは思うけれど、僕自身は子供を作るなら愛し合っている女性との間に、しかもちゃんと結婚してから、温かい家庭を築ける状態で、と誓っていたから」
ナタニエルのその言葉に私は胸が詰まって涙ぐんでしまいました。複雑な生い立ちは彼の人格形成と人生論に大きな影響を与えたようです。
「……幸せになりましょうね、ナット」
「君と再会できてから僕はもう十分幸せだよ。ガストンの奴にも礼を言わないと。僕達が結ばれたのって彼のお陰でもあるもん。十代の時に別れたのは彼のせいだけどね」
「正にそうだわ……でも私、きっと学生時代に貴方と別れたからこそ今貴方との絆がより強いものだと再確認できたと思うの」
学生時代からあのまま付き合っていてもそのままずっと交際が続いたという保証はありません。
「そうだね。僕達、辛い別れを経験して、離れていた六年間に二人共少し大人になったよね。今ははっきりと言えるよ、君は僕のただ一人の女性だ」
「私も同意見よ、ナット。貴方だけを愛しています」
翌朝、ナタニエルは昨晩持ってきた包みを開いて中を見せてくれました。それは一冊の厚い本で題名は『淑女と紳士の心得』と書かれています。
「時間がある時でいいからこの本に目を通しておいてね、エマ」
「既婚者としての礼儀作法の本なの?」
「うん、そうだね。そうとも言えるかな」
ナタニエルはやたらニコニコしています。その時は彼の意味ありげな笑顔の意味が分かっていなかった私でした。
「では、しっかり勉強しておきます」
「根詰める必要は全然ないよ。じゃあね、また今晩」
「行ってらっしゃい、ナット」
私の唇に最後軽く口付けた後、彼は瞬間移動で帰宅しました。
その日私は朝からドレス作りに精を出していました。注文ではなく、アナさまの普段着のドレスを縫っているのです。色々良くしてもらったお礼です。午後、早く帰宅されたアナさまが離れにいらっしゃいました。
「エマさん、これ、主人のズボンなのですけれど、ここのほつれを繕っていただけないかしら?」
「分かりました。すぐに出来ますからお入りになってお待ちになりますか?」
「いえ。そんな急ぎではないのですよ。侍女に頼むべきなのでしょうけれど、本職のエマさんの方がいいかなと思ったのです」
「では、明日の朝までに仕上げておきますね。あ、丁度良かったですわ、アナさまのドレスの裾の長さを見たいと思っていたところなのです。私の部屋で合わせて頂けますか?」
「まあ、もうそこまで仕上がっているのですか?」
「はい」
アナさまと私の寝室兼作業部屋に向かいました。彼女に縫いかけのドレスを合わせて、裾の長さを決めたところまでは良かったのです。
ふと、アナさまの視線が私の寝台の方へ釘付けになっているのに気づきました。ナタニエルが帰った後はいつも気を付けているのですが、彼の下着でも落ちているのかと思わず焦りました。
「あの、アナさま?」
彼女がギクッとしたように私の方を振り向きます。
「い、いえ何でもないのですよ。エマさんまでもついに……」
「何のことですか?」
私が見る限り、ナタニエルの下着もズボンも……転がっていません。
「エマさん、もしかして、あの本をそのまま寝台脇の卓上に堂々と放置しているということはまだ内容を確認していないのですね!」
「本ですか? ええ、今日は先にアナさまのドレスをきりの良い所まで仕上げたかったのです。でもどうしてでしょう?」
私はその本を手に取って開きました。
「いいのです、今見なくっても、エマさん! キャー!」
アナさまがいつになく慌てておられます。
「どうされました?」
私がそう聞いたと同時に適当に開いたその本の頁の過激な挿絵が目に入ってきました。
「あ、あわわ……な、何ですかこれは?」
「遅かったわ……えっとですからその、こういう指南書ですわ……」
「……」
私とアナさまは真っ赤になってしまいました。
「主人ですね、エマさんにこの本を持ってきたのは! 私もせくはらおやじって呼んでやります!」
彼女は今にも母屋に戻ってジェレミーさまに詰め寄りそうな勢いでした。
「侯爵さまがせくはらなのはともかく……本はナタニエルさまが……」
「えっ、ナタンだったのですか……だったら……取り乱してしまってごめんなさいね。えっと、うふふふ、どうぞ二人でお楽しみ下さいね」
恥ずかしさに消え入りたい気分の私を残し、アナさまはにこやかに笑って母屋へ戻って行かれました。
私は好奇心に勝てず、その本をペラペラとめくりまず挿絵を見て驚き、その次に目次を見てその内容に目を
アナさまに顔を合わせるのが気まずかった私ですが、どうしようもありません。その晩、いつものようにナタニエルが訪ねて来ました。
「エマちゃーん、本見た? 何か希望のプレイある?」
「……希望のぷれいって……」
今日の出来事を話す気にもなれませんし、私は希望なんて……良く分かりません。
「じゃあ僕からリクエストしてもいい?」
「え? ええ?」
ナタニエルは本を開いて私にある頁を見せます。
「ねえねえ、これシてみようよ? いいでしょ、エマ?」
「ナ、ナット……」
私は恥ずかしくなりながらも、とても嫌とは言えない雰囲気でした。
実のところ、私もナタニエルを
***ひとこと***
エマちゃんも遂に洗礼を受けてしまいました!
シリーズ作の殆どに出てくるお馴染みの問題作『淑女と紳士の心得』です。サンレオナール王国庶民の間でのベストセラー、
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