最終話 愛の炎は決して消えないでしょう


 結婚式の一週間前には両親と弟が上京してきました。彼らもルクレール家の離れにお世話になることになりました。


「エマ、何と言うか……内側から輝いているわよ」


「私達の小さかったエマがついにお嫁に行くとはなあ……」


「お父さまもお母さまも変わらずお元気そうですね」


 結婚が決まって良かったと思うことの一つに、両親が私が思っていた以上に喜んでくれたことがあります。


 彼らは以前破談になった時は黙って私の側で支えてくれました。その後、縁談を取り付けようとしていた両親も、結局は気乗りのしない私に焦ることはない、好きなようにすれば良いと言ってくれていました。


 しかし本当は私がいつまでも嫁がないのを気に病んでいたのです。ささやかな親孝行が出来ました。




 挙式当日は朝から見事な秋晴れでした。ルクレール家で支度をしてもらい、家族と一緒に大聖堂に向かいます。父は朝から涙ぐんでいます。


「エマがこんなに美しく素晴らしい女性に成長して、花嫁姿が見られるなんて……今まで生きていて良かった……」


「貴方ったら」


「父上、大袈裟過ぎやしませんか」


 父が母とパスカルにからかわれています。




 大聖堂に着き、式が始まると私は父と腕を組んで入場しました。祭壇前には私の愛してやまない男性がにこやかな笑顔で私を待っていました。彼の黒い礼服姿は惚れ惚れするような美しさで、ため息が零れます。


 祭壇の両隣には大きなしょく台があり、全ての蝋燭ろうそくに火がともっていました。それぞれの台に所狭しと縦横百本以上の蝋燭が立てられているのです。普段は礼拝に訪れる人が蝋燭を買い、台の空いている場所にそれを立て灯してお祈りをするのが習わしです。今日の式のために全ての燭台を埋めて蝋燭に火をつけてもらっていました。正面だけでなく、両横の壁にも燭台はあるのです。


 私と父はゆっくりと花婿の前まで進み、彼が差し出した手を私は取りました。父は最前列の自席に座ります。


「ああ、僕の花嫁は言葉に出来ないくらい綺麗だよ。僕は王国一の幸せ者だ」


「貴方も素敵で凛々しいわ。私の花婿さん」


 厳かな雰囲気のもと、式が執り行われています。私たちは祭壇前でそれぞれ誓いの言葉を言いました。そして私たち二人は向かい合い、大司祭さまの声だけが静まり返った大聖堂内に響き渡ります。


「ここにナタニエル・ソンルグレ、エマニュエル・テリオーの二人を夫婦として認めます」


 私たちはお互いの手を取り、しばらく見つめ合いました。ナタニエルが両手で私の顔の前のベールを上げ、私たちは誓いの口付けをしました。そして唇と唇が名残惜しそうに離れた後、私は花婿から一歩下がりました。そして不思議そうな顔をする彼にだけ聞こえる声で囁きます。


「ナット、見て」


 私は白い手袋をした右手を掲げ、大聖堂の横の壁から正面、そして反対側の壁へ向けて半円を描きました。


 それと同時に先程までは全ての蝋燭に火がついていた一部が消え、正面の二つの台には私たちのイニシャルEとNがまだ灯っている蝋燭によって描かれました。側面の台は全てハートが現れました。


 ナタニエルは驚きで言葉を失っているようです。参列客が気付き、ざわざわし始めたと同時に感嘆の声が漏れ、そして大聖堂内に割れるような拍手が響き渡りました。私は破顔したナタニエルにきつく抱きしめられました。


「エマ、君って子は!」


「私、貴方が求婚してくれた時の感動をもう一度再現したかったのよ」


 今日のこの日のためにアナさまについて蝋燭の火を消す大特訓をしたのでした。もしも本番で私が失敗した時には、アナさまやクロードさまが助けてくれる予定だったのです。


 実はハートのいくつかが上手く出来ていなかったのを、彼らが少し修正してくれたそうです。それでも後日アナさまによると、消えなかったのは数本だけだったとのことでした。


「ああ、嬉しいよ、エマ」


 私はナタニエルから熱い口付けを受け、そして二人で周りを見回し蝋燭の愛のメッセージを確認し、二人向かい合って笑い、再び口付けて抱き合って……その繰り返しで二人の世界に入り込んでいました。それにナタニエルのキスが激しくなってきて、私はなかなか放してもらえませんでした。


「あのう、お取込みのようですけれどお兄さま、エマさん、そろそろ退場しませんと……」


「まあね、周りが見えなくなる気持ちも分かりますが、皆さんお待ちですから」


 付添人の二人にたしなめられてしまいました。そこでやっと私たちは手を繋いで大聖堂の正面に向かいます。両脇の参列客の皆さまはもう立ち上がって、拍手をしながら口々におめでとう、素敵、と声を掛けて下さいます。


 大聖堂から出る直前、ナタニエルは私の額に軽く口付けた後、私を横抱きにしました。私は慌てて彼にしがみつきます。


「きゃ、ナットったら。無理しないで」


「このくらい平気だよ」


 彼は私を抱いたまま大聖堂を出ました。


「おいおい、大丈夫かぁ? この先段差注意だぞ」


「ナタン、大事な花嫁を落とすなよ!」


「カッコいいとこ見せようとして転んでも知らねえし」


「ギックリ腰には気を付けような、腰をいたわれよ。今夜使いもんにならなかったらどうする?」


「魔法で花嫁の体を浮かせてんじゃねぇのか?」


「超チート君だもんなぁ、お前はよぉ」


 ナタニエルは周りから散々揶揄からかわれています。彼の名誉のためにも魔法を使っているか聞くのはやめました。私もなんだか体が軽くなったような気はしていたのです。


 何にしても憧れのお姫さま抱っこです。悪くありませんでした。


「ナット、私の旦那さま。私に会いにテリオー領まで来てくれて、私を愛してくれてありがとう」


 ナタニエルに再会するまでの私はもう女としての自信を完全に失っていました。私が益々輝いて美しくなったと周りの人に言われるのは彼のお陰です。


「お礼を言うのは僕の方だよ。これからもよろしくね、僕の奥さん」


「貴方の全てが好きよ。甘えん坊なところも、少し強引なところも」


「うん。僕も君の全てを愛している」


 大聖堂前の階段で、空中にばらまかれて舞う紙吹雪が秋晴れの青い空に映えていました。今日のこの感動は一生忘れられないものとなりました。


 私たちの愛の炎は決して消えないでしょう。




     ――― 完 ―――




***ひとこと***

最後までお読みいただきありがとうございました。この後、小話や主要でない登場人物まとめ、それにお馴染みの座談会が続きます。そちらもよろしかったらお読み下さい。

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