第二十九話 益々父親に似てきやがって


 私たちの式に向けて婚礼衣装、花や飾りつけ、招待状、料理の手配とすることはいくらでもあります。


 昨年秋、ナタニエルの祖父母、ソンルグレ前侯爵夫妻は王都を引き払って領地に越していました。


 私たちは彼らのお屋敷を買い取ってそこを新居とすることになり、その屋敷の修理改装もこの春から着々と進んでいます。


 婚礼の儀を行うのは王都の大聖堂です。私はナタニエルと下見に行った時、祭壇の両脇や側面の壁に立てられてある多くの蝋燭ろうそくを見てあることを思いつきました。


 夕方ルクレール家に帰宅し、アナさまに相談を持ち掛けました。


「アナさま、お聞きしたいことがあります」


「まあ何でしょうか?」


「今日、大聖堂の下見に参りました。式の時にある演出をしようと思いついたのですね、お手を貸していただけますか?」


 アナさまに私の考えを話すと、彼女はすぐに賛成して下さいました。心なしか彼女の目はきらきらと輝いています。


「まあ、素敵なお考えね! きっと上手くいってナタンも喜ぶと思うわ。当日まで私たちだけの内緒にしておきますか?」


「ええ、もちろんです。彼を驚かせたいのです」


「式が益々楽しみになってきたわ」


 アナさまは私以上にはしゃいでおられるようでした。




 その年の夏、ナタニエルの妹マルゲリットさんは貴族学院を卒業しました。私も彼女の卒業式の夜にお祝いに呼ばれました。マルゲリットさんはすぐに西部ペルティエ領に越して行くそうなのです。


「マルゴは家を出るし、ナタンも結婚するし、僕達は急に寂しくなるね」


「確かにそうですけれど父上、僕とローズはずっと王都に居るではないですか」


「それにペルティエ領は馬車で半日ほどですわ。そんなに遠くないでしょう」


「マルゴが引っ越して落ち着いたら僕達も訪ねて行っていいかな?」


「是非いらして下さい。小さいですけれど私の新居をお見せしますわ」




 そして私たちはマルゲリットさんが越して行ってしばらくして、ペルティエ領の彼女のお家を訪れました。


 ペルティエ男爵領はアントワーヌさまの実家です。今はアントワーヌさまのお兄さまが男爵位を継ぎ、領地を治めていらっしゃいます。もちろんナタニエルと一緒にペルティエ家の方々にも挨拶に伺いました。


 マルゲリットさんを訪れるのは結婚式の打ち合わせも兼ねていました。マルゲリットさんが住んでいるのは静かな森の中の一軒屋でした。


 彼女は平民の男性と激しい恋に落ち、彼の故郷に住むことにしたそうなのです。愛する人と一緒になりたいがために、猛勉強をして医師になり、このペルティエ領に家を建て、仕事も見つけたのです。


 そんな苦労をする必要もない侯爵令嬢だというのに、彼女の努力と行動力には私も頭が下がる思いです。




 私たちはマルゲリットさんの恋人ダンジュさんにも紹介されました。彼は少し顔を出しただけでごゆっくりどうぞと言って席を外してしまいました。


「あの、私たちが彼を追い出したみたいで申し訳ないです」


「気になさらないで下さい。余り人前に顔を出す人ではないのです」


「僕はダンにも式に来てもらいたかったのだけど」


「そんなわけにはいきませんわ。ダンも気にしていません。私たちがこうして一緒に暮らしていけることだけでも奇跡に近いのですから」


 確かに今のマルゲリットさんはとても幸せそうで愛されているという余裕まで感じられます。


 去年お会いした時には何となく神経質で切羽詰まっている印象を受けていたのです。その頃彼女は普通医師の試験やこの家の建設など身分違いの愛する人との将来への不安でいっぱいだったそうです。




 三人で式の打ち合わせを始めようとするとマルゲリットさんは躊躇ためらいながらおっしゃいました。


「やはり付添人の役を降りてもよろしいですか? あの、書類上ではまだ娘ですけれど……その、要するに独身女性が務める花嫁付添人に私はもう相応しくないので……お兄さまたちの一生に一度の晴れの日に水を差したくないのです」


 そう言って恥ずかしそうにしているマルゲリットさんでした。わざわざ口に出さなくても暗黙の了解でしょう。愛する男女が一緒に住んでいるのです。


「何言ってるの、マルゴ。そんな事、家族の誰も気にしていないし、大体黙っていれば他人には分からないって! だよねぇー、エマ?」


 ナタニエルは意味ありげな視線を私に投げかけてきました。私も以前そんなことを彼に言ったことがありました。


「ナ、ナット! な、何をおっしゃるの……」


 私は無意識のうちに髪の毛を触りながら真っ赤になってうつむいてしまいました。


「お兄さま!」


 マルゲリットさんまで絶対意味が分かったに違いありません。つまり、私とナタニエルは式を挙げる前なのにもう夫婦同然の関係だということが、です。


「と、とにかく……そういうことなので、私の付添人は予定通りマルゲリットさんにして頂きたいのです……」


 まだまだ真っ赤な顔で私はかろうじてそう言いました。そして私はナタニエルにしっかりと肩を抱かれます。しかも私の額に軽くキスまで落としてきました。


 とにかく予定通りマルゲリットさんが付添人を務めることで決定しました。




 王都は段々と涼しくなり、私たちの式ももうすぐに迫ってきていました。その日はナタニエルも一緒にルクレール家で夕食をとるため、皆で食卓についていました。そこに少し遅れて帰宅されたジェレミーさまが入って来られます。


「よお、結婚式が近づいて浮かれまくっているナタニエル君よ」


「その通りです伯父様、人生バラ色です」


「もう式まで一か月切ったよな。第二章に入ってもいいぞ、俺が許す」


「旦那さまっ! か、家族の食卓で何てことを……」


「父上!」


「もうヤダァ、セクハラオヤジ!」


「それとももうとっくに入ってんじゃねぇのか?」


「だったら〇出し解禁だ、おめでとーう!」


「アンリまで!」


 ルクレール家の皆さまが何故か慌てています。私は会話に全然ついて行けず、皆の顔を見比べました。


「???」


 私は何だか良く分かりませんが、ジェレミーさまに対して周りがこんな反応をする時は大体どんな内容の話なのか、段々予想がつくようになりました。


 ナタニエルは私の肩をしっかりと抱き、やれやれと言った感じで大きくため息をつきました。


「そんなことをおっしゃる伯父様ご自身はお行儀良く式を挙げるまでお待ちになったそうですね」


「え、ちょっと……ナタン……」


 アナさまは益々焦っておいででした。


「……お前、そんなところが益々父親に似てきやがって」


 ジェレミーさまのそのお言葉にナタニエルがどんな顔をしているか、容易に想像がつきます。彼は誰よりも尊敬する血の繋がらないお父さまに似ていると言われるのは満更でもないのです。




***ひとこと***

ジェレミーが第二章と口にしたところでお気付きの方もいらっしゃるでしょうが……ふふふ、次回はアレが出てきます。

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