第二十六話 私が一番夢中なのは貴方


 次の休みにナタニエルは私を王都のある場所に連れて行きました。高級品ばかりを扱う店が並ぶ通りにある仕立屋でした。


「ここは母や妹達が良く使っている店だよ」


「まあ、素敵なドレスばかりね……」


 ナタニエルは彼に見合うような、侯爵家にいずれ嫁ぐ者として恥ずかしくないようなドレスを私にも仕立てさせたいのでしょうか。そうなのでしたら彼だけでなくお母さまのフロレンスさまもご一緒されるはずです。


「ソンルグレの若様、お嬢様、ようこそいらっしゃいました」


 店の主人はうやうやしく私たちを店の奥の作業場に迎え入れてくれました。私も細々とドレスを作っている身ですから、こんな立派なお店の裏側にはとても興味があります。しかし、どうして作業場に通されたのか分かりませんでした。


「こちらでございます、若様」


 私たちの前には一台の足踏みミシンがありました。


「どう思う、エマ? 君のミシンだよ」


「私のものって?」


「そう、僕から君への婚約祝いというか……」


「まあ、ナット! こんな立派な機械を? でも私に使いこなせるかしら?」


 使い込まれている年季の入ったミシンでした。


「気に入ったみたいだね」


「お嬢様はご自分でドレスをお縫いになるのでしょう。半日もしないうちに使いこなせるようになりますよ」


「本当ですか?」


「はい。仕組みは単純なのです。足でペダルを踏むと、このベルトから力が伝わって機械を回します」


 店のご主人がミシンを動かして見せてくれました。


「ナット、ありがとう……私もね、ずっと欲しかったの。でも元が取れるほど注文が入るか分からないし、どうしても思いきれなかったのよ」


「良かった。これでエマがドレス作りに熱中する時間が減るし、今君が受けている注文が全部縫い上がったらすぐに式を挙げられるよね」


 ナタニエルの魂胆はそこにあったのでした。


「ナットったら!」


「お嬢様は将来私共の商売敵になられる可能性大でございますね」


「まあ、そんなとんでもありませんわ!」


「では婚礼衣装は是非我が店で仕立てさせて下さい。急な挙式であろうが、間に合わせてみせましょう」


「商売上手だね」


 私たち三人は声を合わせて笑いました。




 お店のご主人は自ら私にミシンの使い方を教えて下さいました。仕事の効率がぐっと上がりそうです。一針一針心を込めて縫うドレスもいいですが、膨大な時間を要します。今縫っている最中のドレスを仕上げるのが楽しみでした。


 その後、お店で婚礼衣装の生地やデザイン画まで見せてもらいました。どれも素敵で迷ってしまいます。


 私自身の婚礼衣装をこうしてナタニエルと一緒に選ぶことになるとは、何だか夢のようでした。何と言っても一生に一度しか着ない婚礼衣装ですから今日すぐには決められません。


 私たちの婚礼衣装は後日フロレンスさまもご一緒に出直して決めることにしました。


 私の新しい商売道具のミシンは、翌日ルクレール家の離れに運び入れてもらえるそうです。帰りの馬車の中でナタニエルが教えてくれました。


「どうしても今すぐミシンを一台購入したいって言ったら、あの店の使い古した機械になってしまったよ」


「私には十分過ぎるくらいよ、ナット。本当にありがとう」


「実はね、新品を買って贈りたかったのだけど、注文制だから納品は来年の春以降って言われてしまって。それじゃあ遅すぎるから、店の中古を譲ってもらった」


「まあ、そうだったの。嬉しいわ、明日が楽しみよ。どのドレスを一番に縫おうかしら!」


「君は僕がドレスや宝石を贈ったとしてもここまで喜ばないよね。でも、あまり裁縫ばかりに夢中にならないで、エマ」


「まあ、ナット。私が一番夢中なのは貴方だってお分かりでしょう?」


「じゃあそれを今ここで証明してみてよ」


 そうしてナタニエルは私の方へ唇をすぼめて突き出してきました。


「やだわ、変な顔!」


「言ったなぁ!」




 ナタニエルの頑張りも虚しく、結局私たちの婚姻の儀は来年の秋の初めに決まりました。


 ナタニエルのご両親によると、一応侯爵家の男子の婚姻なので準備にしっかり時間をかけたいそうでした。王族とも縁のあるソンルグレ家の式ですが、流石に国王夫妻は出席されないものの、お子さまたちの王太子殿下や第二王子が出席されることもあります。


 ナタニエルは不満そうでしたが、最後には渋々納得していました。妹のローズさんは婚約から結婚まで早かったそうですが、他家に嫁ぐ女子と跡継ぎの男子の結婚では式の規模も格式も違います。ローズさんが昨年結婚された時は急な準備で大変だったので、今度はもう少し時間的に余裕を持ちたいというのがご両親の本音だそうです。




 ナタニエルは今から私たちの付添人を決めていました。


「ねえ、エマ。僕はパスカルとマルゴに付添人を頼みたいのだけどいいかな? それぞれの弟と妹で丁度良くない?」


 花嫁と花婿の付添人は独身の男女が務めるしきたりです。夫婦が両方の友人を選んだり、片方の友人とその婚約者に頼んだりします。


「私は別に異存はないけれど、どうして私の弟に?」


「パスカルは色々と僕と君の仲を取り持つのに協力してくれたからだよ。それにマルゴもね」


「パスカルの方は何となく分かるけれど、マルゲリットさんもなの?」


「うん、まあ。それについてはまた今度詳しく話すよ。とりあえずマルゴに聞いてみよう」


 ところがマルゲリットさんはあまり乗り気ではありませんでした。


「お二人の結婚を祝いたい気持ちは変わりませんけれど……私は学院を卒業したらペルティエの街でささやかな暮らしをしていくつもりなのです。もう貴族社会とは離れる覚悟をしています。ですから辞退させて下さい」


 けれどナタニエルは譲りませんでした。


「僕の付添人はパスカルで決まりなのだから、エマ側はマルゴ以外に考えられないじゃないか。ドレスの心配をしているのだったら費用は僕が出すから。大体マルゴ達には随分お世話になったし」


「確かにお兄さまのお世話はさせられましたけれども……」


 結局マルゲリットさんはナタニエルの粘りに負けて引き受けて下さいました。パスカルの方は私たちが王都に発つ前日にナタニエルが既に頼んでいて、彼は快諾してくれたとのことでした。


 私の知らない所で将来の義兄弟は二人で色々と画策していたようです。


 私は冬の間一旦テリオー領に戻ることに決めました。今受けているドレスの注文を終わらせて、春になったら王都に本格的に越して来る予定です。



***ひとこと***

作者の私、足踏みミシンを使ったことがあります。年がバレます!?

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