第二十五話 エマ、僕そんなに待てないよ!


 私たちが両親と歓談していたところ、ジェレミーさまとアナさまがいらっしゃり、夕食の準備が出来たと告げて下さいました。皆で食堂に移動します。


「おい、ナタニエル君よ、三週間で花嫁を見つけて連れて来たと思ったら……御両親にもお会いして認めてもらえたことだしな。次は婚姻許可か」


「あ、申請書はもう用意してあって、うちの両親も署名済みです。エマさんの御両親には食事の後に署名していただくことになっていますから」


「流石ロールキャベツ君は手が早ぇな!」


 ルクレール家の皆さまが揃ってジェレミーさまの方を向き、睨んでおられます。


「だ、旦那さま!」


「父上、手が早いとおっしゃって下さい」


「仕事の手も早ぇし、そっちの手も早ぇってことで」


「アンリまで!」


「まあそういうこった」


「テリオー伯爵夫妻もいらっしゃるのに……申し訳ございません……」


 アナさまは黙ってしまわれました。これ以上ジェレミーさまがあることないことを言い出すのだけは避けたかったのでしょう。


 ジェレミーさまと次男のアンリさんは後でアナさまに大目玉だったそうです。ナタニエルによるとルクレール家では良くあることだそうです。私の両親は笑いを堪えていました。


 ナタニエルは、と言うと真っ赤になった私の耳にこっそりと囁いていました。


「僕の手が早いと言うのは否定できないね」




 ナタニエルはその夜、離れの部屋で私と二人きりになった時、意外にも少し涙ぐんでいました。


「良かった、本当に良かったよ……君の御両親にきちんと認めてもらえて……」


 ナタニエルはそう言いながら長椅子で隣に座る私に抱きついてきました。膝枕状態で私のお腹に頬ずりしてきます。時々彼はこんな甘えん坊になるのです。いえ、時々ではなく私と二人の時はいつも甘えてきます。


「私の両親は貴方との結婚に何も反対する理由なんてないもの。両親が私の結婚を喜んでいるのは貴方自身が立派な人だからよ」


「じゃあエマちゃん、この立派な僕にご褒美ちょうだい?」


 ナタニエルの手が怪しい動きをし始めました。


「ちょっとナット、何をなさっているの……隣に両親が休んでいるのよ!」


「エマ、君が声を出さなければいいだけじゃないか。この離れに来てからというもの、君は奔放にあえぐようになっちゃって……まあ僕もそれでより興奮するけれど」


「あ、あわわ……ナットったら……」


 私は絶句してしまいました。


「だって本当だよ。今夜は君の声なしで我慢するから。いいでしょ、エマ?」


 彼がいいでしょ、と聞いてくるときは質問ではなくて有無を言わせない確認なのです。




 翌日、仕事の早いナタニエルは早速署名済みの申請書を提出してきたとのことでした。婚姻許可はすぐに下り、私たちの婚約は成立しました。


 そして私たちは親戚の方々に婚約報告のご挨拶に行きました。時には私の両親も同行します。


 複雑な生い立ちのナタニエルにはなんと祖父母が四組も居るのです。実の祖父母に加え、育ての父アントワーヌさまのご両親に、アントワーヌさまの養父母ソンルグレ前侯爵夫妻です。皆さまご健在で、血の繋がりに関わらず、彼のことを孫として可愛がってくれているそうなのです。


 私とナタニエルが結婚の報告に伺った時も皆さまとても喜んでくださいました。




 それに私はナタニエルとフロレンスさまに連れられて王宮の王妃さまに挨拶に伺いました。


 以前王都に住んでいた時も私は王宮を訪れる機会などなく、ましてや王妃さまの居室のある西宮なんて縁のないところでした。


 ナタニエルやフロレンスさまがそんなにガチガチになる必要はない、何と言っても王妃さまはジェレミーさまのお姉さまなのだから、と教えてくれていました。それでもやはり大いに緊張していた私です。


「お会いしたかったわ、エマ。アナやフロレンスから貴女のことを良く聞かされていたのよ」


 王妃さまはとても気さくでさばさばした方でした。


「お目にかかれて光栄です、王妃さま」


「ナタンのことをよろしくね。この子もまあ色々あってね、特に十代の半ばまでフロレンスとアントワーヌは本当に大変で苦労していたのよ。そのお陰か、見た目だけはジェレミー似だけれど、性格は似ず中身は好青年に育ったのよね。こんな素敵な奥さんが来てくれるだなんて私も一安心よ」


「王妃様、あまり余計なことをおっしゃらないで下さい。だからエマ、固くなる必要はないって言った通りだったでしょ」


「ナタン、何を彼女に吹き込んだのよ?」


 そのやり取りにはフロレンスさまと一緒に私も微笑む余裕まで出来ていました。




 私の両親が領地に帰る前にルクレール家の皆さまとナタニエルのご両親も一緒に皆で食事をしました。私たちの婚約祝いも兼ねています。


「王都に次に来るときはエマの結婚式でしょうね」


「私達、なるべく早く式を挙げたいと思っています」


「早くって来年の夏くらいですか、ナタン?」


「来年の夏ですか、全然早くないです伯母様! 確かにうちの両親には今年中は無理だろうって言われましたけれども」


 ナタニエルは本気で年内に結婚したいと思っていたようでした。私は準備も大変だし、まず私はテリオー領から王都に引っ越す必要があるからそんなに早くは無理だと言ったのです。


「うん、だから来年の春くらいだったら大丈夫ですよね、父上母上」


「せめて夏、いや秋くらいなら……」


「あの、私テリオー領でドレスを何着か作る注文を既に引き受けているのです。王都に引っ越して嫁ぐからって仕事を投げ出すわけには……」


「王都に越してきてもドレスは縫えるじゃないか、エマ」


「だって、採寸に仮縫い、それに細かい手直しがあるから、お客さまを度々訪ねないといけないですし……」


「じゃあ、その忌々いまいましいドレス作りはいつ終わるの?」


 何だか私達以外の皆さまは顔がにやけています。


「まあ、忌々しいだなんて……一枚当たり一、二カ月かかることもあるから……早くて来年の秋かしら」


「エマ、僕そんなに待てないよ!」


 その時のナタニエルの絶望したような顔はいつまで経っても忘れられません。


「エマァー、仕事とボクとどっちが大事なのぉ!?」


「もちろん仕事に決まっているわよ、ナット」


 それは私達の口真似をしたジェレミーさまとアンリさんでした。


「貴方たち、茶々を入れないで下さいませ!」


 彼らはアナさまに後でまた大目玉なはずです。


「いやぁ、何だか緊迫した雰囲気になってきたからさ、思わず」


 私を含めた皆が可笑しくて笑い出し、ナタニエルだけは何だか納得いかないような顔をしています。




 両親はその次の日の朝にテリオー領に戻って行きました。私も一緒に戻りたかったのですが、ナタニエルにもう少しだけ王都に居て欲しいと泣き付かれたのです。


「婚約者の方に引き留められたらしょうがないわね。幸せ者ね、エマは」


「寒くなる前には帰ってくるだろう?」


「はい。お父さま、お母さま、お気を付けてお帰り下さい」


「ゆっくり王都の生活を楽しみなさい」




***ひとこと***

人の口真似をするのはルクレール家の血でしょうね……

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