第二十四話 素晴らしい家族に恵まれて


 私は王都に来る時に、お客さまから引き受けていたドレスの生地を裁縫道具と一緒に持って来ました。滞在中でも空いた時間にドレス作りの仕事が進められるからです。


 ナタニエルは毎晩のようにルクレール家を訪ねて来ました。もちろん休みの日は朝から来て、私を色々なところに連れて行ってくれます。


「お前の父親も結婚するまでここに入り浸っていたんだよなぁ。フローが我が家にお前を連れて出戻ってきてから、それこそ毎日のようにだぜ」


「はい、よく覚えていますよ」


「お前のことは通い婚ジュニア君と呼んでやる」


「……僕としてはなるべく早く結婚したいのですけれど、まだエマの御両親にもお会いしてないですしね。一応きちんと手順は踏んでいきたいと思いますから」


 ジェレミーさまはもう私とナタニエルが契ってしまっていることをご存知ではないかと、時々彼の言葉の端々から感じていました。何もかもご承知の上で私を離れに住まわせてくれて、ナタニエルがほぼ毎日通い詰めでも目をつぶっていて下さっているようでした。




 王都は夏の終わりも早く、既に涼しくなってきていました。一人で留守番をしている弟のパスカルから、羽を伸ばして楽しんでいるとの文が来ました。北部に避暑に出かけていた両親もそろそろ領地に帰るそうで、道中王都に寄る予定とのことでした。


「お父さまとお母さまは王都に何泊かされるのかしら? だとしたらどこの宿なのか知りたいわ」


 両親は私が今どこに滞在しているのか知っていますが、彼らの到着の日が迫ってきていて私が文を書いても入れ違いになりそうです。私は待つしかありませんでした。




 そんなある日の午後、ルクレール家の玄関前に一台の馬車が止まりました。私はその時、離れの自室でドレス作りに精を出していました。


 私の部屋の扉を叩く音がします。仕事を終えたナタニエルが来る時間には少し早すぎました。それに彼の扉の叩き方は違います。そもそも彼は瞬間移動でいきなり来ることが多いのです。


「エマニュエル様、テリオー伯爵夫妻がお見えです。客間にお通ししました」


 やはりそれはナタニエルではなく、侍女でした。


「まあ、両親が? 今すぐ参ります」


 父と母に会うのは二カ月ぶりでした。


「お父さま、お母さま、お変わりありませんか?」


「エマ! 元気そうだね」


「貴女、しばらく見ないうちに綺麗になったわね。また都会に戻ってきたからかしら? それとも、愛する男性と巡り合えたからかしら?」


「お母さまったら!」


 親子三人、手を取り合い抱き合ってひとしきり再会を喜びました。


「ソンルグレ様が文を下さって、お前との結婚を許して欲しいとのことだった。それで、お前がもう王都のルクレール家に滞在中だともね」


「ええ、だから是非、北部からの帰りに王都に寄って欲しいとお願いされていたのですよ」


「まあ……そうだったのですか」


 夏の間に起こったことなどを両親との話は尽きませんでした。お喋りをしているうちに夕方になり、屋敷の主人であるジェレミーさまとアナさまがお帰りになりました。


 客間の私たちに挨拶をするためにお二人が顔を覗かせられました。その後、両親の居ない所で私はお二人に頼みごとをします。


「あの侯爵さま、アナさま、よろしければ両親も離れの部屋に今晩だけでも泊まらせていただけないでしょうか? 北部から着いたばかりでこれから宿に移動するのもきっと疲れていると思うのです」


「まあ、エマさん、そんなご心配は無用ですわよ」


「使用人がもう御両親の荷物を離れの部屋に運び入れている筈だ」


「えっ? あ、ありがとうございます」


「ナタンから聞いていなかったの? ご両親もお好きなだけここに滞在されていいのですよ」


「あいつな、誰に似たんだか、やたら手回しだけ早いんだよなぁ」


 私の知らないうちにナタニエルが手配して全てを決定しているようでした。それから私は両親を離れに案内して、夕食の時間まではそこで休んでもらうようにしました。


「至れり尽くせりね。勿体ないことだわ」


「これもお前とパスカルが私たちの留守中に魔術師のお二人をしっかりもてなしてくれたお陰かな」


「それもあるでしょうけれど、やはりエマがナタニエルさまに愛されているからでしょうね」


 両親は本当に嬉しそうでした。




 その日、夕食の時間にナタニエルがルクレール家にやって来ました。私が玄関に出迎えた彼は略式ですが正装しています。


「まあナット、貴方の正装姿を初めて見るわ。今晩これから舞踏会にでもいらっしゃるの?」


「僕が婚約者の君を同伴せず、一人で舞踏会に出ると本気で思っているの? ひどいよ、エマァ」


「い、いえ、決してそんな意味ではないのよ。とても素敵よ、ナット」


「惚れ直した?」


 ねてしまったと思ったらすぐに機嫌を直して私の唇に一瞬口付けたナタニエルでした。


 今まではルクレール家の皆さまやナタニエルの両親の前でも肩や腰を抱かれたりはしましたが、口付けられたのは初めてでした。私は真っ赤になってしまいます。


「もう、ナット……」


「さ、御両親がお着きになったのだよね。ご挨拶しなくちゃ」


 彼は私の手を引いて客間に向かいます。両親は私と一緒に入ってきた人物が誰だかすぐに分かった様子で、すぐに挨拶のために立ち上がりました。


 彼らが口を開く前にナタニエルが私の手を離し、床に膝をついて頭を下げました。


「テリオー伯爵夫妻、ナタニエル・ソンルグレです。どうかこの私にエマニュエル・テリオー様の手を取り、祭壇の前で永遠の愛を誓う許可をお与えください。必ず彼女を幸せにします」


「ソンルグレ様、頭をお上げください。そんなにかしこまられたら私達の方が恐縮してしまいます」


「ええ、そうよ。許可も何もございませんわ。貴方たちの心はもう決まっているのでしょう?」


「はい。私のことはどうぞナタニエルとお呼び下さい」


 ナタニエルはそろそろと顔を上げ、立ち上がりました。


「私達はエマがこれ以上ない良縁に恵まれたことを喜んでいるのだよ」


「どうやってこの頑固者のエマを王都まで連れて来たのかしら?」


「ま、まあお母さまったら……」


 そこで私たち四人は腰かけました。


「あの、率直にお聞きします。お二人はこんな私がエマさんと結婚することについて本当に反対も心配もなさいませんか?」


「貴方の出自のことをおっしゃっているのかな? 貴方の責任ではないでしょう。私は元王宮文官でしてね、ソンルグレ副宰相には大変お世話になりました。貴方は自慢の息子だといつも聞かされていたものです」


「それに彼の養父母のソンルグレ前侯爵夫妻も貴方を始めお孫さんたちの話を良くしておられましたわ」


「貴方は本当に素晴らしい家族に恵まれて……うちのエマともそんな温かい家庭を築いて欲しいものです」


「ナタニエルさん、エマのことよろしくお願いしますね」


「勿体ないお言葉です、テリオー伯爵夫妻。ありがとうございます」


 ナタニエルは両親の言葉に感動し、思わず涙が出て来そうになったと後で教えてくれました。それでも流石に彼らの目の前では堪えていたそうです。




***ひとこと***

アントワーヌ君もナタニエル君も結婚までは将来の花嫁の所に通う形になりました。奇しくも親子揃って通うのがルクレール家だという……あだ名付け名人ジェレミーにはそれぞれ通い婚くん、通い婚ジュニア君の二つ名まで付けられています。

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