第十四話 私を王国一の幸せ者にして下さい


 ナタニエルはなんと私の前にひざまずきました。そして真っ直ぐに私を見上げる顔は真剣そのものです。暗い丘の上、花火の明かりだけが数秒おきに私たちを照らしていました。


「エマニュエル・テリオー様、貴女のお手を取り祭壇の前で永遠の愛を誓う栄誉をどうかこの私にお与えください。そして私を王国一の幸せ者にして下さい」


 私は耳を疑わずにはいられませんでした。瞬きを繰り返してみましたが、やはり私の目の前にはかしこまってひざまずいているナタニエルが居ます。


「ナット、今その……」


「私はもう貴女なしでは生きていけません」


 先程までのふざけた表情の彼ではありません。


「ナット、貴方もしかして今私に求婚しているのですか?」


「もちろんじゃないか。もしかしなくてもだよ。ちなみに返事はハイしか受け付けないから」


 ナタニエルは真面目な顔には変わりませんが、少々苛々しているようでもありました。


「えっ?」


 彼は立ち上がり私の両手をしっかりと握りました。


「だって僕は君の初めてを奪ったもん。男として責任を取らないといけない」


 そして彼は茫然としている私の唇に一瞬口付けました。


「でも、ナット……そんなこと言わなければ誰にも分からないわよ。責任や義務だなんて、私たちもういい大人なのですから……」


「実はね、伯母に僕達が深い関係になったことがバレちゃった。彼女、慌てて王都の僕の両親に文を書いていたよ。だから僕が責任を取って君をめとることは決定ね」


「まあ、それは大変だわ!」


 私自身の貴族令嬢としての体面はともかく、私を押し付けられるソンルグレ家は納得が行かないのではと考え、これ以上なく慌てました。


 ナタニエルのご両親は私のことを今まで嫁にも行かず、誰とでもねやを共にするような女だとお思いになるに違いありません。ナタニエルが遠征先で私に騙されめられたと考えることでしょう。


「というのは冗談だから。誰も何も知らないよ」


「ああ、良かった……だったら……」


「うん、僕達がもう結ばれたことはこれからも他言はしないよ。でも君が僕に嫁いでくることは決まりね」


「え? ええ?」


「僕の休暇が終わったら君を王都に連れて帰るからね」


「いえ、でも、いきなり王都っておっしゃっても……領地のことだって、弟を一人置いてはいけないわ」


 私は一人で混乱していました。ナタニエルは意地悪そうな余裕の笑みを見せています。


「領主代理のパスカル殿にはもう許可を取っているよ」


「はい?」


「くれぐれもよろしくとのことだった。それから僕の両親もね、僕が身を固める気になったことを喜んでくれている」


「ご、ご両親? あの、ソンルグレ副宰相と奥さまがですか?」


「うん。先々週文を書いたらすぐに返事が来た。両親は君の御両親とパスカルとは面識はあるけれど君とは会ったことがないから楽しみだって」


 先々週ということは私と再会してすぐのことです。ナタニエルはテリオー領にやって来た直後にご両親に私と結婚するつもりだと文を書いたと言っているのです。まだまだ私には事態が理解出来ていませんでした。


「……」


「王都での滞在先は心配いらないよ。伯父と伯母も言っていたでしょ、ルクレール家の離れを使ってね。やっぱり結婚するまでは一応けじめはつけないといけないからね。まあどうせ、僕は瞬間移動で夜這い逢引きするには困らないし」


 私はそこで真っ赤になってしまいました。確かにアナさまもルクレール侯爵も帰り際に私たちが王都に来るときはいつでも屋敷に滞在していいとおっしゃってくれました。その時はただの社交辞令だと軽く受け流していた私です。余りの急展開に私は頭がついて行けませんでした。


 いつの間にか花火も終わり、私たちは暗闇の中に二人きりでした。ナタニエルは私の体をしっかりと抱きしめ、耳や首筋の辺りにキスを降らせています。野外だというのに彼の手が私の体中をまさぐり始めました。混乱真っ只中の私はそれに応えられず、突っ立ったままでした。


「エマぁ、いいでしょ?」


「ナット、わ、私そんな急に……」


 急に王都に行って貴方に嫁げと言われても……突然すぎて嬉しさよりも戸惑いの方が大きいのです、と答えようとしたのです。


「大丈夫、誰も見ていないって。夏祭りの夜なんて恋人同士で盛り上がるものだって相場が決まっているでしょ、見ていたとしても誰も気にしないよ。それに野外プレイって燃えない?」


「???」


 私はまだ王都に行く話をしていたつもりでした。


「まあ初心者のエマちゃんに露出やアウトドアは抵抗があるよね。しょうがない、屋敷に戻ってからシようか……」


 会話が全然噛み合っていないというよりも、ナタニエルが言っている言葉の意味が分かりません。


 体を固くしている私の唇に軽く口付けたナタニエルはそのまま私を抱いて瞬間移動で帰宅しました。私は人生で初めての瞬間移動に興奮する余裕もありません。その夜はそのまま満足げなナタニエルにされるがままもてあそばれたのでした。




 次の日の朝、目が覚めた時一番に視界に入ってきたのはナタニエルの笑顔でした。私は自分の寝台で彼に寄り添っていました。


「お早う、僕の奥さん」


「……ナット、随分早いのね」


 まだ寝ぼけたままで私は奥さんと呼ばれても何のことか分かりませんでした。


「何だか興奮気味なのか、目が覚めちゃって。ねえねえ、僕のことも旦那様って呼んでみてよ。ご主人様でもいいよ」


「えっ、どうしてだんなさま?」


「だって僕達もうすぐ結婚するもん」


 結婚……そこで私はやっと昨晩のことを少しずつ思い出しました。


「ナット、もしかして昨晩私に求婚? したの?」


「昨晩も同じ質問したよね、エマ。何気に酷くない? 結婚する気もないのに僕が君の部屋に毎晩夜這いに来ていたと思っていたの?」


「えっと、だって、それは……貴方も旅先で気晴らしが必要なのだろうかなって……」


 私は体を起こしました。案の定何も身にまとっていないので掛け布団を引き上げて隠します。


「そこまで見くびられていただなんてさ! 僕ってそんな無責任な最低男に見えたの? ひどいよ、エマ!」


 ナタニエルは寝台から下りて立ち上がっています。


「ナット、ごめんなさい。でもそんな大声出さないで! 誰かに聞かれでもしたら……まずいわ……」


「僕は別に構わないよ、既成事実が周りに知られたってさ!」


 彼は裸のまま仁王立ちするものだから私は目のやり場に困って目を逸らしました。




***ひとこと***

ナタニエル君、エマに本気を信じてもらうためにも、もう一度ひざまずいて求婚するのです! あ、でもパンツくらいは履いて下さい、できればズボンも。

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