第十五話 仲直りはやっぱりこうでなきゃね


 ナタニエルが早朝から私の寝室で大きな声を出すので私は慌てました。


「き、既成事実? そんなことが屋敷中に知られたら宜しくないわ、貴方にとって!」


「エマ、ちゃんと人の顔を見て話してよ!」


 普段は温厚な彼がこんなに声を荒らげるのは珍しいことです。朝っぱらから寝室で私たちの会話は変な方向に進み、口論になろうとしていました。


「何よ、ちゃんと見てって言われても、貴方が全裸でうろちょろしていたら私は直視できないって分かっているくせに! それに裸でそんな偉そうなこと言っても全然効果ないし、かえって間抜けだわ」


「もういいよ、じゃあね!」


 彼が瞬間移動してしまうと思ったので、その前に捕まえるために私も慌てて寝台から下りました。


「待ってよ、ナット。毎回脱いだ服や下着ををここに置いて裸で行ってしまわないで! 私が侍女に見つからないように隠すのが大変なのですから!」


 私は彼が脱ぎ散らかした衣類をかき集めます。


「ねえエマ、ちょっとその減らず口塞いでもいい?」


「はい? あ、あふっ……」


 私が彼に服を押し付けようとしたら、そのまま力ずくで抱きしめられ唇を奪われてしまいました。


「ちょっと、ナット……やめてよ……」


 私は彼の胸板を叩いて彼の腕から逃れようとしました。自分も裸だということに気付いて急に恥ずかしくなりました。


「やだ、やめない。ねえ、これって僕達の初めての夫婦喧嘩?」


 まだ夫婦でもないのに夫婦喧嘩なんて出来ないわよ、と言いたかったのにまた口を塞がれてしまいます。しかもナタニエルの手つきが怪しくなってきました。


「もう、いやぁ……」


「なし崩し的に強引にエッチなことして仲直りって定番だよね。より燃えない?」


「え? も、燃えないわよ!」


 あれよあれよという間に私は寝台に押し倒されてしまいました。


「そんなこと言っちゃって、恥ずかしがらないでよ。ねえいいでしょ、エマ? もう一回だけ」


「ダメよナット、あぁん……い、いやぁ……」



***



 結局ナタニエルの言うようになし崩し的に強引に仲直りさせられてしまいました。


「まだねているの、エマちゃーん? 仲直りはやっぱりこうでなきゃね」


 彼は反対側を向いている私の首筋や背中に唇を這わせています。


「も、もう怒っていないわ……ただ節操のない自分を恥じて、羞恥心に押しつぶされているだけよ……」


「恥ずかしがらなくてもいいよ。そんな君も可愛いけれどね。じゃあまた後で、愛しているよ、エマ」


 最後にぎゅっと私の体を抱きしめた後、彼は寝台を下りて瞬間移動で部屋に戻って行きました。それでも今朝はきちんと自分の服と下着も持って帰ってくれたようです。




 その朝、パスカルと三人で朝食をとっている時も何故かナタニエルと弟だけで盛り上がっています。私がナタニエルに求婚されたことを報告しても、パスカルはそう驚いた様子もなく、手放しで喜んでいます。


「うちの両親だって、反対する理由もないですしね。姉がこの歳で良い縁に恵まれるとはもう思っていませんでしたから、大喜びするに決まっていますよ。姉を宜しくお願いします、ナタニエル様」


「パスカル、もうナタニエル様は止めて義兄あに上って呼んでよ」


「気が早いですね、義兄上は。姉上はそんなに望まれて幸せ者です。王都でしばらくゆっくりしても罰は当たりませんよ、姉上」


「でもパスカル、お父さまもお母さまも留守の今、貴方を一人置いていくわけにはいかないわ」


「何をおっしゃるのですか。僕のことは心配要りませんよ。もう体の弱い気の小さいパスカルでありません。姉上だって、王都だったら色々生地を仕入れたり、両親のために家具も見繕ったりできるし、丁度良い機会ではないですか?」


 確かにドレスの生地や、両親の部屋の家具を新調してあげたいのは本当です。王都の市場は何でもテリオーの街や近隣の大きな街とは比べものにならないです。


「でもね、パスカル……」


「ゆっくり王都で楽しんできて下さいね、姉上。もうそのままソンルグレ家に嫁いでしまわれますか? 必要な荷物は送りますよ」


 自惚うぬぼれるつもりはありませんが、余りにも全てが周りから固められている気がします。


「ナット、もしかして最初から私を王都に連れて帰るつもりだったの?」


「えっ? 何のこと?」


 パスカルまでがクスクスと笑っています。私はナタニエルに何か言ってやりたかったのですが、彼の嬉しそうな笑顔を見ると何の言葉も出て来ませんでした。そんな彼には私はとても弱いのです。


「さあ、エマは今日一日で荷造りを済ませようね。必要なものがあるのなら街に買いに出かけよう。まあね、何か入用だったら王都で何でも手に入るから」


「それでも、ソンルグレ家やルクレール家にもっとお土産を持っていかれたらどうですか?」


「僕がもう買ったから、そこまで気を遣う必要ないよ。でも他の親戚にも何か持って行った方がいいかな。君を紹介して結婚の報告をしに行くからね。僕の祖父母や王妃様でしょ、テオドール伯父さまに他には……」


「お、王妃さまですか!」


 そうでした、ナタニエルは王妃さまの実の甥なのでした。彼のお母さまが王妃さまの妹にあたります。


「そんなに固くなる必要ないってば、エマ。王妃様も君に会いたいって首を長くして待っていらっしゃるって、母が言っていた」


「ほら、姉上、王都に行かない訳にはいきませんよ」


 もうなんとでもなれ、です。ナタニエルは優雅に微笑んでいます。しかし何だか獲物を逃がさないように舌なめずりをしている獣のように私の目には映りました。




 本来ならば独身の男女が二人きりで長距離旅行なんてもっての外と貴族の間では言われます。私は王都までナタニエルと行くなら年配の女性に同行してもらうか、侍女を付けるべきなのです。


 けれど余りにも急な出発でそんな付添など手配することは出来ませんでした。弟もナタニエルもすぐに婚約が成立するのだから大丈夫と全く意に介した様子ではありません。




 そして翌日の早朝、弟に見送られて私とナタニエルは王都に発ちました。長い馬車旅の間、私の隣に座る将来の婚約者さまは終始ニコニコしていてご機嫌でした。


「僕の休みはまだ一週間残っているからその間は二人でゆっくりできるからね。六年の間にまた少し賑やかになった王都を案内するよ。ああ、楽しみだなぁ」


 馬車に揺られてほぼ丸一日、夕方近くになると王宮本宮の塔が遠くからでも見えてきました。六年前傷心のうちに逃げるように去った王都に、今はナタニエルの婚約者予定として彼と共に戻っているのです。感慨深いものがありました。


 久しぶりに見る王都はまた一段と賑わって街並みも美しく整備されていました。王都の南門を入ったのは夕方で、それからルクレール家に直接向かいます。


 私はジェレミーさまとアナさまのお二人に温かく出迎えられ、離れに案内されました。




***ひとこと***

夫の躾は最初が肝心! いくらお貴族さまとは言え、服を脱ぎ散らかして全裸で瞬間移動する癖は今のうちに直しておきましょう!

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