後日談 後編

「初めは、色恋だったかもしれません。ですけど、リントさんの傍でいろいろと学び、笑い合い、助け合い、時に戦って――」


 これまで過ごしたサラとの時間が蘇る。

 子供の頃から傍にいて、それでつい最近、また一緒に暮らすようになって。

 一緒に寝たり、出かけたり、料理したり、ゲームしたり――。

 笑ったり、泣いたり、寂しそうにしたり、楽しそうだったり。

 いろんな表情のサラと出会って、だけど、知らない一面も知ったりして。

 そんな彼女を、もっと知りたいと思って。


「拓朗という友人にも会いました。アイリという家族のような親友にも会えました。フィアンメッタという、よき友にも。そして――学校の友達にも」


 そんなみんなと出会って、サラはさらに成長していく。

 それをずっと見守りたい。一緒に成長したい。それを助けたい。

 そう思っていたのは、いつかだろう?


「そんなみんなとの出会いを通して――ますます、私はリントさんのことを好きになっていったんです。ずっと、傍にいたいって、助けたいって――」


 切々とした訴えに、長老は黙り込んで答えない。

 母さんと兄さんは静かにそれに耳を傾け、アイリは嬉しそうにサラの肩に手を置く。

 サラは親友の顔を見上げ、にっこりと笑うと、長老に視線を移して微笑む。

「その家族の輪に――お父さんも、一緒にいて欲しいです。ですから」

 すっとサラは背筋を正し――そっと頭を下げた。


「結婚を――認めて下さい。お父さん」


 沈黙が訪れる。息苦しいほどの時間が続き――やがて、長老はため息をこぼした。

「……勝手にしろ」

 ぽつり、とこぼれた言葉は――少しだけ寂しそうな雰囲気があった。

 わずかな沈黙の後、サラは顔を上げ、喜色と共に瞳を震わせる。

 だが、長老はそれを制するように視線をやると、仏頂面のまま、ふんと鼻を鳴らした。視線を僕に向け、負け惜しみのように言葉を続ける。

「だが、リント、貴様に村長はまだ早い――サラと社会でもう少し研鑽を積め。それまでは儂がこの村を守っている」

「――ありがとうございます。長老」

 僕が頭を下げると、長老は席を立ち、少し悔しそうに未練がましく僕たちを見てから、その場を後にする。母さんはくすりと笑って立ち上がる。

「長老のことは、私に任せて――じゃあ、後のことは任せていいかしら。ハルト」

「ええ、お任せを」

「なら、お父さんと一緒に長老を慰めているわね……リント、頑張りなさいよ」

 励ますように母さんは僕の肩を叩いて立ち去る。

 それを見て、僕はへなへなと足を崩した――緊張したぁ……。

 その僕に、サラが抱きついてくる。腰に抱きつき、感極まったように瞳を潤ませた。

「やったっ、やったよ、お兄ちゃんっ!」

「ああ、サラ――本当に、どこまでも驚かせてくれるな」

 兄さんの言った通り――三日会わなければ、括目して見るべきだった。

 サラは、どこまでも成長し続けている。僕も、見習わないと。

 彼女の隣で、ずっと傍に立ちつづけるためにも。

「――兄さんも、アイリも……いろいろ根回し、ありがと」

「あはっ、私のは実はハッタリなんですけどね。サラに頼まれて」

 アイリは悪戯っぽく舌を出して目を細め、サラの背に手を当てて笑う。

「祝福します。サラ――よかったですね」

「うんっ、アイリのおかげだよ……!」

 嬉しそうに女の子同士、手を合わせてはしゃぐサラとアイリ。

 それを見つめながら、やれやれとハルト兄さんはため息をつき、ばしっと僕の背中を叩いてくる。

「よう、果報者――やる嫁さんだな? サラちゃんは」

「本当だよ……少し、油断していたな」

「おう、次期村長、頑張れよ。ひとまずは、まぁ、三盃の方だな」

「――あ、そっか」

 三盃、という儀式が、この集落にはある。

 それは要するに婚約の儀式であり、以前は三月拝礼――略して、三拝と呼ばれていた。

 満月の夜に、まず親に拝し、来月の満月の夜に、先祖に拝する。

 そして、その来月の満月に、恋人同士改めて拝礼して契りを交わし、婚約を固めるのだが、三か月に渡って儀式をするにもまどろっこしい。

 ということで、一つの満月の夜に、三つの盃を捧げることでその代わりとするようになった。これが、三盃という。

「ギリギリ、今日は満月だから、今日のうちにやってしまおうと思うが――」

「やるっ、やるよっ! お兄ちゃん!」

 目を輝かせてサラが飛びついてくる。心なしか、息が荒く興奮している。

 その小さな身体を抱き留めて、僕は小さく苦笑いをした。

「あはは――うん、そうだな」

 もう、迷わない。拒まないし、受け止める。

 二人の信頼関係なら――きっと、大丈夫だから。

「兄さん、盃の準備をお願いしてもいいかな。アイリにも、立ち合って欲しい」

「はい、かしこまりました」

 迷いのない言葉に、兄さんとアイリは嬉しそうに頷いて、準備をするために部屋から立ち去る。それを見届けて、僕は小柄で柔らかいサラを抱きしめ返す。

 もう、彼女はお隣さんじゃない。

 一緒に歩く――犬耳の、お嫁さんとして。

「サラ――これからも、一緒に頼むよ」

「はいっ……よろしくお願いしますっ、リントさん!」

 泣きそうなくらい嬉しそうな、彼女の笑顔。千切れんばかりに揺れる犬耳を見やり、少しだけ苦笑いをして。

 僕は、そっと彼女の唇に口づけるのだった。

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お隣さんは、犬耳幼なじみ! アレセイア @Aletheia5616

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