第7話

 その後は――もはや、消化試合のようなものであった。

 月光が降り注いだ以上、里見の住民――つまり、人狼たちの独壇場だった。アイリとクズハが苦戦していた、大妖相手にも恐ろしい勢いで鎮圧。

 重軽傷を負ったものがいたものの、こちら側は死者を出さずに事を終えた。

 キメラ機関の数名には逃げられたが――誰も死なずに、全てが解決しようとしていた。


「――それで、兄さん、さっきのフィアを止めたのは何だったんだ?」

「うん? ああ――」

 それは帰路のこと。アヤメさんが運転する大型のバンに乗っていた。

 荷物の運搬用なので、座席が取り払われた状態で固い床へ直に腰を下ろしている。

 横になって寝息を立てているフィアに膝枕をしてやりながら、兄さんは目を細めて手をかざす――その手にあるのは、封印の紋章だ。

「俺たちがかけている封印――それを流用した、いわば無効化の術式だ」

「無効化――そんな、ことが……」

「正直、実験段階であり、至近距離でしか発動できなかったから――接近する必要があったんだ。リント、サラちゃん、手間をかけさせたな」

「いや、家族だろ。兄さん」

 僕が笑いかけると、兄さんは嬉しそうに目を細めて頷く。

「そうだな。ありがとう。リント」

「それに、兄さんだけじゃない――アイリやフィアも、家族みたいに思っているから」

「ふふ、調子がいいですね。リントさん」

 助手席に座っているアイリがくすくすと笑う――彼女も、この車に同乗していた。サラは少しだけむくれて、僕に寄りかかってくる。

「ねえ、お兄ちゃん、私は?」

「分かっているくせに――大事な人だよ」

 僕はそのサラの顎を撫でるようにすると、彼女はえへへ、と緩んだ笑みを見せる。

 やれやれ、と兄さんは肩を竦めながら、ふぅ、と車の壁に寄りかかった。

「しかし、今回は――本当に疲れたな」

「まあな……もう、これっきり、勘弁してほしいものだが」

 兄弟でげんなりため息をつく――そういうわけにもいかないのは、なんとなく薄々見当がついている。

「――キメラ機関との和平は、決裂しましたからね。引き続き、敵対状態ですし。この一件で、日本の里全体は、キメラ機関を敵に回すことになりました」

 アイリは物憂げな声で告げる。うん、とハルトは頷き、重いため息をつく。

「ま、でも、今回の騒動で大体、どこに黒幕がいるか想像がついたから――あとは、こっちが何とかするさ。リントやアイリ殿をこれ以上、巻き込むつもりはない」

「――ちなみに、黒幕はどこ?」

「……まあ、アメリカの某組織、とだけ言っておく」

 スケールがでかいな、おい。

 思わず苦笑いを浮かべると、兄さんは壁に寄りかかって言う。

「外務省と連絡取って、あちらと交渉して――これだけ材料があれば、CIAやFBIと交渉ももてる。それで、どうにかしてもらうさ」

「――無理はするなよ。兄さん」

「ああ、分かっているさ。だから、ひとまず里で休むのだし」

 そう――今、この車両は南総里見の里に向かっている。

 もう真夜中であり、最寄駅は終電もない。全員が安息を取れる場所だと、この近辺では南総里見しかないのだ。

 サラも眠たげに吐息をつく。僕はその頭を撫でながら、軽く膝の上を叩く。

「あは……失礼しますっ」

 意図を察し、すぐにころんと寝転ぶサラ。それを兄さんは目を細めて見守っていた。

「――二人とも、本当に成長したな」

「……どういう意味だ? 兄さん。そりゃ里離れて大分経つが……」

「ああ、そういう意味じゃなくて――うん、少しびっくりしたぞ。二人が真の姿で、あそこまで信じ合って息ぴったりだったのが」

「ん……まあ、ね。一緒に暮らして大分経つし……」

 ぽん、ぽんとサラの頭を撫で、犬耳をそっと撫でくすぐる。サラが喉を鳴らすのを聞きながら、僕は兄さんに向かって笑い返す。

「やっぱり思うんだ――サラの傍に、いたいって」

「なるほど。呼吸も合ってきたか」

「そりゃもちろん。兄さんたちには、負けるかもしれないけど」

 久々に兄さんと再会して――その仕事仲間の人たちと会って。

 以前と気づかなかったことに気づかされる。

 ごく自然に、この人たちは兄さんのフォローに動いているが、そのためにはお互いの信頼関係が不可欠であって。

 だけど、兄さんたちは呼吸をするかのように、すんなりと相手を信じている。

 それが、どれだけすごいことか――サラと一緒にいて、身に沁みるようになる。

 兄さんは苦笑いを浮かべながら、肩を竦めた。

「命のやり取りをする現場だからな……どうしても、そういう風になる」

「そっか……」

 ま、確かに以前、兄さんはマフィアの事務所にかち込んでいた。そういう意味では、僕たちの過ごしている環境と比べるのは違うのかもしれない。

 だけど、兄さんは目を細めて優しく言う。

「言いかえると、俺たちは信じ合い、命を預け合わなければ生きていけない――必然的にそういう状況に追い込まれているのだ。だけど、お前たちは――自分たちで、信じ合うことを決めた。俺としては、そちらの方が強い絆だと思うよ」

「……ありがと、兄さん」

 なんだかくすぐったい気分だ。視線を下げると、とろんとした瞳でサラは微笑んでくれている。眠たそうな彼女の頬を指の背で撫で、微笑み返す。

 それだけにサラは小さく頷き、目を閉じて寝息を立てはじめる。

 僕も眠りたかったけど――もう少しの辛抱だ。

 僕と兄さんは向かい合い、少女の頭を膝の上に載せながら笑い合った。

「さぁ、帰ろう、兄さん」

「ああ、俺たちの家に」

 もうすぐ、南総里見の異境だ。

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