第5話

「暴走――って、どういうことだ!?」

 敵中を駆けながら、僕は問いかける。遮る敵に拳を打ち込みながら、兄さんは激しい口調で答えた。

「フィアは、異能実験の賜物――その宿された異能が問題なんだ」

 僕も以前、問いかけたことがある。

 そのときは、サラの乱入でうやむやになってしまったが――それは一体……。

「あいつらは、この異能をオニポィテントonnipotenteと呼んでいた」

 言われた単語は、とても不可解だった。多分、イタリア語……?

 兄さんは忌々しそうに言葉を続ける。

「日本語で強引に訳せば、万能、とか、全て、とかそういう意味だよ――つまり……」

「全ての能力を掛け合せた、ハイブリットの異能、ということですか?」

 アイリが追いついてきて告げる。その言葉に、兄さんは頷いた。

 まさか、と思うが、兄さんは至って真剣だ。

 ふと思い出す――そういえば、兄さんは電話で彼女の力を三割以上使うな、と言っていた。それは恐らく制御できない力であって――。

「恐らく、連中にはそれを強引に引き出す手段があった……! なんで、そこまで考えが至らなかったのか……!」

 兄さんが舌打ちする中、前方に回り込むように巨体が現れる――。

 アラクネ、トロール、ケンタウロス――立ちはだかるのは、大妖クラスの異能持ち。トロールとケンタウロスが凄まじい勢いで突っ込んでくる。

 だが、兄さんは臆せずに駆ける。突っ込んでくるケンタウロスに向け、吼える。

「そこを、退けええええええええええ!」

 全力疾走に拳が、一気にぶち当たり――空気をつんざく衝撃波が迸る。ケンタウロスはがっしりと兄さんを受け止め――槍を振ってそれを弾き飛ばす。

 その中で、サラが僕の隣に並んで、アイコンタクト――僕はそれを受け、頷き返した。

 二人で左右に分かれ、真円を描く。そして、左右から一気にケンタウロスに飛び掛かる。ケンタウロスは両手を上げ、僕とサラの挟撃を捌く――。

 その瞬間に、アイリが踏み込んでいた。

「はあああぁぁッ!」

 凄まじい一撃が、ケンタウロスの胴体を穿つ。呻きを上げてよろよろ、と引き下がるケンタウロス――どうやら、耐えきったらしい。

 恐るべきタフネス。だが、隙は作った。

「兄さん!」

「ああ!」

 その隙を掻い潜るように、兄弟で駆け出す。一拍遅れて、サラとアイリも付き従う。

 だが、そこを通せんぼするように、ケンタウロス以上の巨体が立ちふさがる――トロールだ。その巨体に相応しい棍棒を大きく振り上げ――。

 その醜悪な顔に、轟音と共に金棒がぶつかった。

「――行って下さい! ここは、引き受けます!」

 アイリの叫び声に押され、さらに僕たちは加速する――だが、その足元を掬うように、粘り気のあるものがまとわりついた。これは――蜘蛛の糸!

「お兄ちゃん! アラクネ――!」

「くっ、しまった――!」

 目の前で立ちふさがるアラクネが、次々と下半身から糸を絞り出す。それに足を取られ、一瞬だけ動きが止まる。その後ろから、トロールの気配……!

 仕方ない、と喉の奥を開く。そのまま、竜の息吹を吐き出そうとして――。

 しゅぼっ、と青白い、小さな炎が足元を駆けた。

 瞬時に焼き切れる蜘蛛の糸。僕と兄さんはその隙を逃さず、一気に足を踏ん張る。僕は素早くサラの手を差し伸べた。

「跳ぶぞ――せえ、のっ!」

 手が、重なり合う。瞬間、僕は竜の脚力に任せて地を踏み切った。宙へ易々と逃れる。

 アラクネはそれを捉えようと糸を吐き出そうとして――。

 その眼前に、次々と青白い炎が飛び交う――狐火、だ。

「ハルト、先に行って!」

 クズハの声が耳朶を打つ。兄さんは微かに頷き、気を集中させる。

 瞬間、轟、と風が吹き、僕たちの身体を煽る――そのまま、山の方に身体を吹き飛ばし、僕たちはアラクネの頭上を越えて木立の中へと着地した。

 そのまま、僕と兄さん、サラは頷き合って山の中へと駆けていく。

 山中――フィアがいるはずの、あの場所へ。


 木立の間を、駆け抜けていく。

 必死に山間を駆けていくと、その隣に並ぶ気配があった――里の仲間だ。

「ハルト、リント、来てくれたか!」

「状況は把握している――! すまない、迷惑をかける!」

「いや、気にするな、それよりも、凄まじい猛威で近づけない! どうにか、結界を維持しているが……!」

「結界の維持に集中してくれ……! フィアは、俺たちでケリをつける!」

 そう言いながら、先頭で加速する兄さん。僕とサラは頷き合い、その後ろに続く。

 進みにつれて、息苦しいほど濃厚な異能の気配が近づいてくる。サラは苦しそうに吐息をつく。僕は手を引き、それを助けながら駆けていく。

 不意に、木々が途切れ――目に入ったのは、淡い薄紫の光だった。

 妖しい光に包まれ――彼女は、そこにいた。

「――ッ!」

 人の形をしているが――その纏っている気配は、人ではない。

 眩いほどの、淡い光を宿し、それに包まれるようにして立つ、一人の女性――。


 ――まさに、神だ。

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