第6話

 瞬間、横合いから何かが飛び込んできた。轟音と共に、身体が支えられ、ぐっと持ち上げられる。そのまま、窓を突き破り、中空へ――。

 衝撃と共に、着地。誰かに、抱きかかえられている。

 視線を上げて、目を見開いた。黒髪の角を生やした少女。

「アイリ――!」

「すみません、扉に小細工されて閉じ込められていました……! 緊急だったので、壁をぶち破っています」

「お、おお……」

 見れば、アパートのベランダ部分が半壊している。ぐっばい、敷金……!

 でも、閉じ込められていた……? っていうことは、あのとき、サラと話していたアイリは……?

 嫌な予感が走る中、不意に瓦礫を弾き飛ばし、屈強な男の肉体が身体を現す。

「ちぃっ……今はひとまず、逃げます……!」

 彼女は歯噛みしながら、僕の身体を抱きかかえ直す。お姫様抱っこの、状態。

「しっかり掴まっていてくださいッ!」

 瞬間、彼女の四肢に、力が宿る。鬼の力と共に、激しく地を蹴り飛ばした。

 屋根から屋根を伝うように、跳躍を繰り返す。そうしながら、離脱していくが――。

「――だめだ、追いかけられている!」

 あの偽拓朗は、翼を広げて追いかけてきている――猛然とした羽ばたきに、アイリは悲鳴のように叫ぶ。

「なんで――ッ!? 変化に、巨人、加えて翼人の異能――ッ!?」

「どういう、ことだ……?」

 何か、カラクリがあるはずだ。僕はアイリの腕の中でスマホを操作しながら、必死に思考を巡らせる。


 異境狩り。対象は不定。傷跡は千差万別。

 力写しの鏡。吸血鬼。複数能力――そして、変化。


 思い浮かべた言葉の端々が、わずかに繋がりを見せていく――異境狩りへと。

 それに思い至った瞬間、スマホが震えた。着信――。

 それを耳に当てると、頼もしい声が響き渡った。

『リント、近くの公園に着地しろ!』

「了解――アイリッ!」

「聞こえていました――あそこですねッ!」

 アイリは身を翻し、近くの公園――奇しくも、アイリと初めて出会った公園に飛び降りる。木々をクッションにしながら、一気に地面に着地。

 振り返れば、猛然と牙を剥いた、異境狩りが宙を舞い――。


 そこに、閃光の弾幕が迸った。


「はああああああッ!」

 茂みから出てくる、無数の人影。着物姿の、烏帽子をかぶった人影たち――。

 彼らは、護符を宙に掲げ、呪文を唱えていく。それに応じるように、次々と閃光が放たれる。それに、たまらずひらり、ひらりと宙を舞い――。

 異境狩りは、その場から離れていく。

「た、助かりまし、た……?」

「あ、ああ――降ろしてくれるか?」

「は、はい――」

 地面に降ろしてもらう。立って辺りを見渡すと、人影の中から一人の壮年の男性が姿を現した。その姿に思わず、目を見開く。

「親父っ、どうしてこっちに……?」

「お前のバックアップに来たんだ。まさか、いきなり修羅場だとはな」

 低い声で穏やかに告げた、親父は――厳めしい顔を緩め、苦笑いをこぼす。

 そう言えば、里から増援が来るとは言っていたけど、まさか親父とは……。

「アイリさん、でしたな。御無事で何よりです。こちらは、ハルトの友人たちです」

 烏帽子の着物姿の人たちが、次々と頭を下げる。陰陽師……?

 するすると滑るように、そのうちの数人が前に進み出る。


「我々は陰陽師――あらゆる困難が科学で解決するこの時代で」

「人々の閉ざされた心の闇に蔓延る魑魅魍魎が存在しております」

「科学の力ではどうしようもできない、その奇怪な輩に立ち向かう」

「神妙不可侵たる存在――人は我々を、陰陽師と呼びまする」


 どっかで聞いたことのある、口上だな――豪○寺一族かな?

 思わず首を捻っていると、烏帽子の男が重々しく頷きながら一枚の紙を手渡す。

「お守りの護符だ。西洋の鬼や妖魔に効果がある」

「ああ、どうも……」

 十字架が刻まれた、護符を受け取る。西洋にも、効果があるらしい。それを透かすようにして眺めていると、烏帽子の一人が声を上げた。


「彦麿殿、撤収準備が整いました」

「承知した――では、リント殿、もし怨霊、物の怪、困ったときは」

「ドーマン、セーマン、ドーマン、セーマン」

「すぐに呼びましょう。陰陽師」


 レッツゴー! と陰陽師たちの声が唱和した。アイリが目を丸くする。

 では、と先頭の男が頭を下げると、彼らはぞろぞろと公園から退去し始める――あの格好で、全員帰るのか――神妙不可侵で、胡散臭い男たちだな……。

「――ハルトは、友達が多いのだな」

「あれを友達と呼んでいいか分からないけど……」

「まあ、助かったのは事実だ。感謝しておけ」

 親父は苦笑い交じりに告げ、腕を組むと――視線をあちこちにやり、首を傾げた。

「そう言えば、サラちゃんは、どこだ……?」

「サラ……そういえば、アイリと一緒に出かけて……」

 困惑して視線を向けると、アイリはえっ、と声を上げ――不安そうにそれを口にした。


「ま、待ってください。私は会っていませんよ?」


 心臓が、鷲掴みにされたような衝撃――血の気が一気に引く。

 思わずスマホを握りしめながら、思考が辿り着く。

 拓朗に化けた、敵。変化の能力を持っていた。つまり――。

「変化の、能力――まさ、か……」


 朝のアイリは、偽物で――サラを、誘き出された……?

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