第13話
『なるほど――ユウキ殿が、行方をくらませた、と……』
その夜、僕の家はちょっとした会議室と化していた。
二つのスマホを、台に立てかけるようにして、座卓に置く、その一方は、里に接続。もう一方は、兄、ハルトに繋がっている。
その二者を相手に、僕とサラ、そして依頼人たるアイリは向き合っていた。
「はい、行方をくらませたのは、三週間前――大事にしたくは、なかったのですが。ただでさえ、異境の住民が襲われている今ですから……」
『気になさるな。困ればお互い様である故に』
アイリの恐縮そうな態度に、長老は朗らかに応じる。
察するに、吉備高原の里の人間とは、面識があるらしい。アイリとも顔を合わせたことがあるらしく、この会談はスムーズに進んでいた。
『ハルトよ、すぐにユウキ殿の足取りを追えるか?』
『はっ、長老、すぐに手配します。ただ、目下、気になるのは……事件性が、あるかどうかですが』
『うむ、確かに例の異境狩り――あれの、関係性もあり得るからな』
両者の視線が、アイリに注がれる。だが、彼女は物怖じせずにはっきりと告げる。
「申し訳ございません。そちらは、分かりません。岡山の住宅街で暮らしていたはずだったのが、突然、連絡が取れなくなった現状なので。ただ――」
そこで彼女は言葉を紡ぐと、悩むように眉を寄せてから言う。
「これは内密に願いたいのですが――兄は、里の宝を一つ所持しています」
『鬼の宝、か。それを狙った可能性が、あるわけか』
『何の宝か、教えていただいてもよろしいですか? 無論、機密は守ります』
兄さんの言葉に、アイリは頷いて言葉を紡ぐ。
「力写しの鏡――ご存知でしょうか」
『ああ――単純に言ってしまえば、我々の〈異能〉をコピーしてしまう鏡、ですね』
兄さんは納得したように頷き、少し考え込む。やがて、視線を上げて告げる。
その視線が、僕に向いているのに気づき、膝を正す。
『リント、いずれにせよ、アイリさんが狙われているのも事実だ。この宝関連か、異境狩り関連か、もしくは両方なのか、まだ分からないが。だからこそ、保護する必要性がある――長老、その手筈でよろしいですか?』
『うむ、南総里見の庇護下で、彼女を守るべきだろう。すぐに手配をする――リント、サラ、二人は異境狩りの脅威から自衛しながら、アイリ殿を護衛せよ』
「はっ」
二人の声が重なる。満足げに長老は頷き、視線を兄さんの方に向ける。
『ハルトは異境狩りの調査に加え、ユウキ殿の行方を追跡してくれ。状況によっては、さらに里の者を派遣する』
『了解しました。ひとまず、俺だけで手は足ります。念のため、リントのところに追加の護衛を送れるように、身構えといてもらえると、ありがたいです』
『そちらに関しては、任せろ――事態は、深刻だ。連絡は、密にするように』
長老の仰せに、全員が深く頷く。それに満足し、長老はスマホの通話を切った。
兄さんはほっと一息つき、視線をアイリに向ける。
『そういうことですんで、アイリさんに関してはご安心を――リント、油断はするなよ? 確か、アイリさんのお兄さんは、吸血鬼の異能を持つ人……ですよね?』
「はい、そうです……弱点の多い一族ですが、強大な力を持ちます」
『ええ――その人が遅れを取ったんだ。いざというときの、心構えはしとけよ』
いざというとき――つまり、それは封印を解く覚悟のことだろう。
僕は頷きながら、スマホの通話を切ろうとすると、兄さんは手で制して付け加える。
『あと、もう一つ――この前言った〈推測〉のこと、覚えているな?』
「あ、ああ――」
『それを今一度、用心しろ。それだけだ――じゃあな』
通話が切れる。その直前、兄さんは確かにアイリの方に視線を送って告げていた。
まさか、アイリが異境狩りである可能性を示唆しているのか……?
兄の、行方不明が自作自演……いや、まさか……。
僕はかぶりを振りながら、スマホの液晶を消して、アイリの方を振り返った。
「――と、いうことになりましたので……アイリさんの護衛に入ります」
「はい――すみませんが、よろしくお願いします」
彼女はぺこりと頭を下げる。さらり、と髪が揺れ、鬼の角が見え隠れする。
「ひとまず、寝床はサラの部屋を使ってもらうか」
「布団も、私のでよろしければ、使ってください」
にこにことサラは告げる。揺れる尻尾を見つめ、思わず半眼になる。
「……サラはどうするつもりなんでしょうか」
「え、お兄ちゃんのベッドで一緒に寝れば――」
そんなことだろうと思ったよ。ばつ印を両腕で作ると、彼女はむすっとむくれて、ベッドに座る僕の膝の上に腰を降ろす――おい。
「お客さんの前だぞ」
「ふーん、お兄ちゃんが意地悪するのがいけないのです」
つーんと顔を背けながら、彼女はぐいっと背中を預けてくる。軽いから、そんなにつらくはないが――ため息を零すと、アイリはくすくすと笑みを零した。
「仲がいいんですね。お二人とも」
「まあ――里で長いこと一緒だった、幼なじみなんで」
ぽんぽん、と軽く頭を撫でてあやしながら、僕は苦笑いを浮かべて言う。
「まあ、こんな感じですので、特に遠慮はしないで大丈夫です」
「あ、でしたら敬語はなしで、アイリと呼んでください――多分、短い付き合いではなくなると思いますので……」
まあ、護衛だからな――規模から見て、短く見ても、一か月くらいの付き合いにはなるだろう。僕は頷いてサラ越しに手を差し出す。
「そう、か? なら、僕もリントで構わない。よろしく」
「はい、よろしくお願いします。リント」
優しくふんわりと微笑み、握手に応じるアイリ――その笑顔に、思わず見惚れる。
サラの可愛らしい系とは違い、アイリは凛としたお嬢様然としている。どこか、西洋っぽい顔立ちもあって、思わず息を呑む美貌で――。
「って、サラ腕をかじらない、痛い、痛い」
「むう……」
肩越しに差し出された僕の手首あたりに、いつの間にかサラがかじりついていた。思わず手を放すと、彼女ははむはむと僕の右手を噛みながら、アイリに手を差し出す。
「よほひく……」
「よろしく、だそうですよ。アイリ」
「は、はい、よろしくお願いします。サラ」
「ん……っ」
――ところで、僕はいつまでかじられていればよろしいんですかね?
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