第12話

 上着で鬼の子の身体を覆い被し、急いで背負ってアパートに戻る。

 サラが先に駆けて行き、部屋の鍵を開けて出迎える。玄関から上がると、サラはすぐに座卓をどけて、バスタオルを畳に敷いていた。

「お兄ちゃん、はやくっ」

「ああ――っ!」

 少女を床に寝かせると、彼女は微かに身動きした。表情が、引きつっている。かなり痛そうだ。サラは押入れから、救急箱を取り出す。

「ひとまず、止血――だな。大きい傷から……」

「うん、細かい傷は、鬼の子なら多分、すぐに塞がるから」

 手早く包帯を取り出す一方で、サラは少女の服を脱がす。少女の身体は、緋袴――だが、上の小袖は血で真っ赤に染まっている。

 小麦色の肌が、露わになる――その、無防備なお腹に刻まれた、無数の傷跡も。

 その真ん中に刻まれた、横一文字の、凄惨な傷跡――ぱっと見、抉られたようにも見える。そこからの出血が大きい。

 だが、その他の細かい傷は湯気を発し、今にも塞がろうとしている。

「さすが、鬼――自然治癒能力は、異境随一だな」

「でも、お腹の大きな傷は――塞がないと」

 サラは、手早く救急箱から針つきの縫合糸を取り出す。持針器というピンセットのようなもので、針を摘まんで少女の身体に向き直る。

「お兄ちゃん、その子の身体を押さえていて。暴れると、まずいから」

「分かった……!」

 肩を押さえると、サラは的確に縫合を始める。びくり、と身体が跳ねかけるのを抑え込む――幸いにも、それ以上暴れる雰囲気はない。

 サラは真剣さながらに、縫合をしていく――さすがに、手馴れたものだ。

 ものの五分もしないうちに、大きな傷が塞がってしまう。

 手を放したのを見計らい、その傷の上から包帯を巻いていく。肌を見ると――もう傷にかさぶたがかかり始めている。さすがの生命力だな……。

 包帯を巻き終えると、サラは少女の身体にタオルをかけ、一息つく。

「――ひとまず、大丈夫、だけど……」

「あれは、異境狩り、か? どう、思う?」

「戦っていた相手、だよね? 正直、よく分からない、かな」

 サラは資料を取り出し、ぱらぱらとめくる。目を通しながら、眉を寄せる。

「前も言ったけど、被害者も千差万別だけど、やり口も違う――細い爪、太い爪、太い牙、あるいは、毒牙ってこともあるし……」

「別件かもしれないし、異境狩り、かもしれない?」

「そういうことだね。何にせよ、本人が起きないと判断材料が増えないし……ひとまず、ハルトさんと里には、連絡入れた方がいいと思うよ」

「……そうだな。メールだけは、送っておく」

 一旦腰を上げ、手を洗ってからスマホでメールを打つ。公園で異境人同士の衝突。負傷した鬼の子を保護している。連絡を待つ――と。こんなものでいいか。

 その一方で、サラは氷出しの緑茶の支度を始めていた。その表情は難しげだ。

 その隣に並んで、僕はその頭を軽く撫でた。

 何も言わなかったが、サラはこつんと肩に頭を預けて、目を閉じる。

「――ね、お兄ちゃん」

「うん?」

「絶対に、守るから」

「ああ――ありがとう」

 サラの、強い意思を感じながら、僕はそれを感謝するように頭を撫で続けていた。


 少女が目を覚ましたのは、夕方になってからだった。

 身動きと共に、瞼を揺らしたのを見て、くつろいでいた僕は視線を上げる。僕のベッドで寝転がりながらマンガを読んでいたサラも、身を起こした。

「う……ここ、は……?」

「大丈夫ですか?」

 身を起こそうとする少女に、サラは傍に屈んで支える。僕は台所に立って水を汲んでくると、少女は微かに咳き込みながら視線を上げた。

 水を差し出すと、彼女はそれを受け取り、軽く目礼する。

「ありがとう、ございます――助けて下さったのですね……」

「ああ、薄々察しているとは思うが、僕たちは異境の者だ。南総里見の、リントという。たまたま居合わせて、保護させていただいた」

「同じく、南総里見の、サラ――貴女は、どこの異境の里出身?」

「はい、吉備高原から来ました、アイリと申します」

 吉備高原――岡山の、鬼ヶ島出身、ってことか……。

 ちなみに、僕たちの里がある場所は、南総里見――千葉県に通じる道がある。

 ふと何かに気づいたように、アイリは膝を正して僕の方を見た。

「もしや、南総里見、というと――ハルト探偵の知り合い、ですか?」

「――兄さんの、知り合いか?」

「いえ――依頼に、来た次第です」

 すっとアイリは背筋を正し、真っ直ぐに僕を見つめる。

「今回、岡山からこちらに来たのは、ひとえにハルト探偵の助力を借りるためにございます。里からの、名代と申し上げても差し支えはありません」

 視線をサラと交わしてから、僕は視線を返すと口を開いた。

「ハルトの代理人として、承ります。差し支えなければ、事情をお伺いできますか?」

 少女はわずかに逡巡したのも一瞬。すぐに表情を引き締め、言葉を紡いだ。


「実は――里の次代の頭領たる兄が、行方不明なのです」

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