第4話
日は暮れ、穏やかな時間が過ぎていく夜――。
日中はずっとクーラーを入れていたが、換気ついでに窓を開けると、自然の涼しい風が入り込んでくる。それに目を細めながら、ちらり、と後ろを見やる。
狭い部屋に響き渡るのは――シャワーの水音。微かな歌も聞こえている。
同じ部屋で、女の子がシャワーを浴びているのは、どこか落ち着かない……。
「というより、隣の部屋のシャワー使ってもらえばよかったんだが……」
使っていい? と聞かれて、つい頷いてしまったのだ。
ふと、水音が止まる。しばらく経って扉が開き、サラが部屋に戻ってくる。
「ありがとっ、いいお湯だったよ」
そういう彼女は、肌襦袢姿に身を包み、えへっと小さく笑ってみせる。
湿り気の抜けていない茶髪――頬も赤く染まっていて艶っぽい。少しだけ、幼さというか、無防備さが露わになって、どきどきしてしまう……。
「ん? お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、ああ……その、しっかり乾かさないと、風邪を引くぞ?」
なんとかごまかしながら、脱衣所に向かい、ドライヤーを取ってくる。彼女を椅子代わりに、ベッドに座らせ、ドライヤーのスイッチを、オン。
噴き出た温風に、驚いたようにサラは肩を跳ねさせる。
「こ、これがドライヤー……」
「そう。昔は、団扇で乾かしてやっていたけどな」
「そうだったね――お兄ちゃん、やって、やってっ」
「仕方ないな」
昔を思い出したのか、甘えてくる幼馴染。僕はドライヤーを髪に当てる。近づけすぎないようにして、丁寧に風を当てながら髪を撫でていると、心地よさそうに犬耳が垂れる。
「んん……っ、あ、いい感じ……気持ちいい」
とろん、と目を閉じるサラ。根元から、しっかりと髪を乾かしていくが――ちょっと腰を屈めるので、少し体勢がしんどい。
どうしようか、と考えて……幼い頃を思い出す。
「サラ、ちょっと立って」
「ん? はいっ」
「ありがと――よし」
一旦立たせて、僕がベッドに腰掛けると、ぽんぽんと膝を叩く。それだけで、サラは分かってくれたようだ。微かに尻尾を立たせると、嬉しそうに目を細めて、その膝に腰を降ろす。
そっと乗ったのは、ふわっとした感触――意外と、重さがない。
「――重く、ない?」
上を見上げるようにして心配そうに見つめてくる少女の頭を撫でて笑いかける。
「想像以上に、軽かった――ちゃんと、食べているのか?」
「食べているの、見ているでしょ? 燃費がいいのですよ」
「そんなものかね? ほれ、乾かすぞ」
「はーいっ」
再びドライヤーを髪に当て始める。胸のあたりに丁度、頭があるのでやりやすい。
小刻みにドライヤーを振って、熱を散らしながら、指で髪の間を梳くようにして丁寧に髪を交わしていく。ぎこちなかった手つきも、昔を思い出して、すぐに馴れていく。
それを感じ取っているのか、膝の上でサラが心地よさそうに身を捩る。
「ふわぁ、気持ちいいよっ、お兄ちゃん……んっ、あはぁっ……」
「……サラさん、ちょっと声が色っぽくありませんか」
「だって、気持ちよくて……あ、耳の後ろ……」
「ん、ここ?」
「ふわぁ、んん、ぁあっ、いいっ、気持ちいいよっ……」
とろん、と目を蕩けさえ、頬を染めながら僕に寄りかかるサラ。
しっとりと熱を帯びた、柔らかい身体の感触に、どきどきしてしまう。
いかん、平静を保て。こうやってサラは身を任せてくれているんだぞ……。
そう言い聞かせながら、ドライヤーをかけていると――座卓に置いたスマホが震えた。
「ああ、すまん、手を伸ばせばとれるか?」
「ん――はいっ」
「ありがと」
スマホを受け取る。親父――里からの電話だ。タップし、耳に押し当てる。
「もしもし、親父?」
『もしもし、おう、リント。サラちゃんは無事そっちについたか?』
「おう、ついている。ちょい待ち、テレビ電話にするわ――親父、そっちのやり方の設定の変え方は分かるか?」
『待っていろ。嫁さん、嫁さん、これテレビ電話、どうするんだ?』
『待っていてね。ええと……』
二人の会話を聞きながら、こちらも設定を変更する。
「よし、これでサラも一緒に電話できるな――髪乾かしながら話したいから、そこに置いてもらえるか? サラ」
「うんっ――これで映るかな?」
サラに手渡すと、彼女は座卓の上に、スマホを丁寧に立てかける。
さすがに全身は映らないが、二人の腰から上がしっかり映っている――問題ないだろう。あちら側もセッティングが終わったのか、二人の顔が液晶に映る。
厳つい父の顔と、柔和な母の顔――その後ろには、髭面の男性もいる。
「あ、長老もいらしたのですね」
「お父さんっ」
『うむ、サラが無事についたようで何よりだ。リント。しかし、便利だな、こうお互いの顔が見えるというのは』
髭面の壮年の男性――サラの父であり、里の長たる長老が、声を響かせる。
朗々たる声の主は、ふと何かに気づいたように、眉を寄せた。
『む――サラ、またリントに甘えておるな?』
「えへへ……だって、久しぶりなんだもん」
『そうねえ、二年ぶりだものね――だけど、その体勢は……膝の上に、サラちゃん?』
母さんの言葉を聞きながら、僕はドライヤーをまだ湿っている尻尾の方に近づけていく。ぴくり、と彼女は身動きし、微かに頬を赤くする。
「あ、お兄ちゃん……恥ずかしいよ……」
「つっても、ほら、こんなに濡れているぞ? 任せとけって」
「ん、あ、あああ……あっ、あつ……っ!」
思わず、といった様子で腰を跳ねさせるサラ。少し、近過ぎたかな。
「すまん、サラ、もう少し優しくやるぞ?」
「う、うん、あぁっ、温かい……気持ちいい……」
うっとりとした声を上げるサラ。身震いし、心地よさげに吐息をつく。
『む、むむむむっ?』
『あら、あら、あら?』
ふと、液晶の方から面白がっているような声が聞こえてみれば、母さんが口に手を当ててこっちを見ている。一方、長老は顔を険しくさせ、親父は目線を逸らしている。
「あ、すみません、話は聞いていますので……手を止めた方がいいですか?」
『あらあら、いいのよ? 二人が仲良くしているみたいで何よりだし』
『……サラ、今、なにを……しているのだ?』
「えっと……ベッドの上で……だっこ、してもらって……あんっ」
おっと、手が滑った。いかん、いかん。
尻尾を撫でられてふるふると身を震わせるサラ。その様子に、長老が固まる。
『ベッドの上で……だとっ、いかん、いかんぞっ、まだ二人には早い――!』
「いやでも、昔からやっていますよ?」
膝の上で、だっこを。
『昔から……だ、と? そんなプレイを……?』
「プレイ? ええ、まあ……毎日のようにやっていましたし?」
プレイ――まあ、長老からしてみれば、遊びかもしれないけど、これは二人にとって大事なスキンシップだった。
何気なくぽんと頭の上に手を載せると、サラは、あ、と小さく目を細める。
「お兄ちゃんの……おっきぃ……昔よりも、おっきい……あふっ」
「そうかあ?」
掌だろうか? 確かに、握力鍛えているうちに、少し大きくなった気もするが。
確かめるように、さわさわと頭を撫でると、彼女は目を細めて身体を震わせる。
「ん、昔より上手で、気持ちいいよ……」
『む、昔より上手……毎日……』
『そうか……息子のムスコは、大きいのか……』
親父よ、今、何で息子を二度言った?
ちらっとそっちを見返しながら、ドライヤーを尻尾に当てて、軽く揺らす。
「これは、確認のお電話でしょうか? サラから、話は聞きましたけど――」
「んんっ、あはぁっ、ふぅっ――あ、そこっ」
「あの、サラさん、少し声押さえてもらえますか」
なんだか、くすぐったいのか、小刻みに揺れているし。
膝の上でぴょこぴょこと上下され、こっちも尻尾でくすぐられてこそばゆい。
とにかく、大分、湿り気は取れてきている――もう少しだな……。
「ほら、ラストスパートだから……もうすぐ、終わるし……」
「あうぅっ、はうぅっ、そんな、激し……っ!」
『あ、あんな激しい……まさか、そんな二人は……』
『一線は越えていないと思ったけど……あら、あらあら』
『――……』
「あの、長老、なんで固まったまま、涙を流しているんですか?」
「あっ、あああっ、気持ちいいっ、あうぅっ、ふわああぁっ!」
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