第3話

「さて――そろそろ夕飯にしようと思うけど」

「あ、そだね。そんな時間か……何か、手伝う?」

「いや、今日は疲れただろう? くつろいでいてくれ。ええと、嫌いなのはピーマン、くらいだったっけ」

「もう食べられるよっ、というか、お兄ちゃんの料理だったら何でも食べる。たとえ、どんなまずい料理でも」

「気持ちは嬉しいが……まずい料理は、作るつもりはないぞ。さすがに」

 そう言いながら、僕は台所に立つと、冷蔵庫から卵と冷凍ごはん、適当な野菜を取り出す。サラは言われた通り、床に転がりながら、居間のテレビのスイッチをつけていた。

 まあ、里にも一応、テレビあるからな……尤も、電波が入らないので、ゲーム用だが。

 それを微笑ましく見守りながら、電子レンジに冷凍ごはんを放り込んだ。


「うわぁ、番組が映る! これは……何のドラマ?」

「ドラマじゃなくて、ニュース番組だと思うんだが……なんでそう思った?」

「え、だって、取材とか言って嫌がる人を追いかけ回しているんだよ? これ、ストーカー、だよね? 絶対、フィクションだと思ったんだけど……」

「残念ながら、ノンフィクションなんだよなあ」


 微妙にブラックな会話が飛び交いつつも、和やかな時間を過ごしていく。

 みじん切りにした野菜を、油をひいたフライパンに放り込んで炒めていく。その間に電気ケトルでお湯を沸かしながら、卵を溶いていく。


「これはさすがにフィクションだよね? 大統領が子供相手に『いつまでサンタを信じているんだ』って叱っているよ。面白いコメディ番組だね!」

「残念だけど、これも実在の大統領なんだよなあ……」

「――この世界の人は、変なところで夢を失くすよね……」

「まあ……あくまで、一部の人だからな?」


 解凍したごはんを、フライパンに放り込み、軽く炒めていく。ぱらぱらになったところで溶き卵を加えて、一気に煽り炒め。塩コショウで味を整えながら、仕上げのごま油で、ふわっと香りが漂う。


「あ、いい香り……これは、炒飯?」

「おう、すぐに作れて美味しい。ちょっとコツはいるが……もうすぐできるぞ」

「わぁい、お兄ちゃんの初めての手料理、楽しみだなっ」

 浮き浮きとした様子の声に、思わず嬉しくなりながら、いい感じになった炒飯を二つの器に盛り分ける。彩りに、買いだめしておいたカット野菜を添えておく。

 沸かしたお湯で、インスタントの味噌汁も作る。少しだけ隠し味を入れ――完成。

 炒飯と味噌汁――アンバランスな気はするが、他に食材もないので妥協する。

 サラはテレビを消して、行儀よく座卓の前で待っていた。

「ほい、お待たせ」

「ありがとうっ、お兄ちゃん」

 席に着くと、二人で手を合わせて――。

「いただきます」

 重なった言葉が、何故かじんわりと心に沁みた。顔を上げると、サラと目が合う。温かい色合いの瞳を微かに潤ませ、彼女は小さく囁いた。

「お兄ちゃんと、久しぶりのごはん……嬉しいな」

「ん、僕も嬉しいよ。さ、召し上がれ」

「うんっ」

 彼女はレンゲを使って炒飯を口にし――ぴんっ、と犬耳を尖らせる。尻尾もぴんと立っている。く、口に合わなかったか……?

 固唾を飲んでいると、サラは目を見開いたまま、身を乗り出した。

「美味しいよっ、お兄ちゃんっ、これ、どうやって作ったのっ!」

「いや、見ていたと思うが……ただ、炒めただけだぞ?」

「だけど、香ばしくて、卵がふわふわで、でも、しゃきしゃき食感もあって、後味がふわって香りが走って、えと、えっとっ!」

 早口にまくしたてながら、サラの尻尾がすごい勢いで左右に揺れる。目が爛然と輝き、野性の輝きを放っている――少し、怖い。

 僕は仰け反りながら手で押さえ、どうどうと告げる。

「き、気に入ってくれて嬉しいけど……まず、落ち着いて」

「で、でも美味しいんだもんっ、はぐっ、あぐっ」

 ぱくぱくと食べ進める彼女は、味噌汁にも手を伸ばし、口をつけ――目を見開く。

「ふわぁっ、これ、本当に味噌汁っ!? 里のと全然違うよっ!?」

「いや、里で使っているインスタントだけど……」

「で、でも、なんか、ふわぁって味わいが広がって、胸に浸みるのっ!」

「お、大袈裟な……少し、粉末出汁を加えているくらいだぞ?」

 その程度の隠し味のようだが……サラのお気に召したようだ。がっつきかねない勢いで次々と食事を平らげていく。その様子に、思わず昔を思い出す。

 そう言えば――昔も、サラはこうやって好きなものを夢中で食べていたっけ。

 うどんが大好きで、二玉も、三玉もつるりと食べてしまった。

 成長期の彼女だ。きっと、まだ足りないだろう。

「――お代わりは、いるよな?」

「え、でも――」

「遠慮は言いっこなし。僕とサラの仲だろう?」

「――うんっ、じゃあお言葉に甘えてっ!」

 遠慮するようだったサラは、一転して弾けるような笑顔を浮かべる。僕は頷き返して、台所に立ち、冷凍庫からごはんを取り出し、フライパンに火をかけた。


 結局、その後、サラは凄まじい勢いで炒飯を食べていき――。

 いつも、二百グラムずつで、小分けに冷凍しているのだが、それを都合、六百グラム。全て食べ切ってしまった。

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