食堂 前編

時代は更に進む。


今思えば一昔前までは気心の知れた者ばかりだった。

開店間際に塩が足りないってときも、その辺歩いてる誰かに

「塩持ってきておくれ」といえば直ぐに一袋届いた。

「夕飯頼む」と言われたら、何時に何人前準備しておけばいいかも分かっていた。

全員顔見知りで、朝から晩まで人手が足りないとなれば誰の仕事とも問わず働いていた。


そんな思い出に浸っているのは、ごく普通のおばあさん。

日課のように訪れ、小一時間お茶を飲む。

ぱったり来なくなる時もあるが、来ればいつも同じ席に座り、道を行き交う人を眺める。


誰も油や泥のついた服はもう着ていない。

あんな風が吹いただけで、ふわふわとなびくスカートなんてなかった。

みんな、動きやすく丈夫な服ばかり着てた。

腰に手を当てふんぞり返ってた昔のことを思い出し、一人少し笑みを浮かべる。


シャラシャラと遠くから音が聞こえる。

身を乗り出せば見えるだろうが、そんなことはしない。

続いてカポンカポンとリズミカルな音がする。いつも聞いてる蹄の音。

この辺の馬は遠くからわかるように鈴や音のするよう金属片のついた細い鎖を

身に着けている。

シャラシャラ言うのは馬車の馬。カラカラとキャビンが引かれ、向かいの

レストラン前に止まり、客が降りる。スタッフが自然だが無駄のない動きでに

店内に誘導する。


歩いて疲れる距離でもないだろうと思いながら眺める。

レストランやホテルに案内するために巡回する馬車。

毛艶も体躯もいい馬だ。人を運ぶより物を運ばせた方がいい。


最初に食堂を始めた時はテーブルも四つしかなくて、客もたまに来る船乗り程度。

忙しいわけでもなかったけど、最初のスタッフを雇うことになった。

自分がどこから来たのかもわからない10歳ぐらいの孤児。

行き場のない孤児がふらっと村に来た。

料理運び、掃除、配達をしてもらって、お小遣いと食事と家を与えた。

つまりは一緒に住むことにした。

どっから来たのか何をしてたのか聞いても、知らないという。

聞かれると辛そうだったから聞かないことにした。

配達先でこんなことがあった、お土産を貰ったとか楽しそうに話すが、すぐに暗い顔をする。

まるで楽しいことを悪いことだとでも思っているようで、時間がかかってもどうにかしてやろう思っていたが、突然居なくなった。


予兆はあったのだろうか。少し様子がおかしいと思った気もする、その直後にいなくなった、そんな気もするが、はっきりとはしない。

心配して探したし、皆にも聞いたが手掛かりもない、船乗りたちにも見かけたら教えてくれるように頼んだが、全くわからなかった。


周辺には森や草原しかない。道がないわけではないが、人のいる場所は遠く子供が歩けるような距離でもない。

考えたくもないが獣にでも襲われたのだろうかと、時間のある時に近くの森を調べたこともあっが何も見つからなかった。


だんだんと港の利用者も多くなるにつれて、日常に忙殺されようになる

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