第8話  「敵」の目的

 お茶の後は膨大な資料を目の前にして二人で打ち合わせをしはじめた。この状況はもちろん、アイリの電脳内で展開されている仮想現実だったが、その光景はまるでチャラ男の家庭教師に教えてもらっている女子高生のようであった。その時、目の前にあったのは山村愛莉が関与していたとして有罪になった国家機密漏洩事件の資料だった。


 裁判所が認定した事件の概要はこんなものだった。半分ぐらいは愛莉に身に覚えのない事であった。事件は国防省情報編纂局のサーバーに置かれていた、国家機密が外部に流失したものであった。世間一般ではセンセーションでスキャンダラスな部分だけが注目を集め、国防長官と参謀幕僚本部幹部の辞任で幕を閉じたが、その流失事件に関与したとして起訴され有罪になったのは、愛莉ひとりだけだった! もちろん、一介の女子大生が出来る事ではなかったが、それで事件の幕引きが図られたというのだからミステリアスな事であった。


 愛莉は、偶然アクセスしたサーバーに戦略自衛隊開発本部と麗華民主共和国軍務省と合同で秘密裡に行っていた、人体改造による生物兵器開発の研究データを見つけた。その研究データをネット上に拡散して、国防省を未曽有のスキャンダルに陥れた。その研究データは国家機密保持法によって極秘にされたものであり、アクセスも流失も禁止されていた、よって、彼女は某国のスパイ活動に加担した体制叛逆罪にも該当する。


 「なんなのよ、これ!? あたしはねえ、言っていたんだよ! 勝手に遠隔操作されたんだと! それに国防省にアクセスしたのも同級生に頼まれたからって! なのに誰も聞いてくれなかったんだよ・・・涙が出るし悔しいわ!」


 愛莉はハンカチで目を押さえていた。そのあとの絶望の日々の事を。自白調書に一切同意していないのに署名されたものが裁判所に提出されている。やって来た国選弁護人が司法修習が終わったばかりで専門が刑事事件でなかったり、裁判所も殆ど法廷を開かずに、いきなり判決が下って、控訴も上告も一週間もしないうちに棄却されたり・・・とにかく、有罪になるのが確定しているようであった。なぜ、そんな風にはめられたのか分からなかった。逮捕から全身拘束刑の執行まで二か月もかかっていないという異常さ! もう、結末は決まっていたのかもしれなかった。


 「そのことなんだけど・・・実はクライアントも把握したのは三日前なんだよ! 偶然、君の事を知ってから、動いたそうだ。実は、君の事は全く報道されていないそうだ。勝手に司法省内部で処理していたそうだ。だから司法省内部に君を全身拘束刑にして、あとで闇に消そうとしていたようだ。まるで、どこかの一党独裁の全体主義国家みたいな仕業だなと憤っていたよ。それで手を差し伸べたわけさ」


 淳司はそういうと、二枚の写真を示した。それは一審の裁判官の写真とアクセスを頼んできた同級生の写真だった。


 「こいつは、君を全身拘束刑10年を宣告した判事の吉良坂。こいつは昨日交通事故で死んだよ。なぜか自動運転車が無人で暴走してから。そしてこの子は君の同級生の畔地晴美だけど、自分のドアノブにタオルを巻いてから首を吊って死んだよ。まあ、どちらも消されたんだろうけどね」淳司は淡々といったが、同級生の死に愛莉は動揺していた。


 「は、晴美が死んだ? どおしてなの? てっきり司法取引でもして起訴されなかったと思っていたのに!」


 「そうよなあ、どうも奴らの手口は口を容易に割ってしまいそうな協力者は消すようだ。君だって・・・チャンスがあれば殺すはずだ。全身拘束刑の囚人を殺す事なんか、司法省の担当官を抱き込めばいいんだしな」



 「でも、おかしいわよ! そんな面倒な事をしなくてもあたしを殺せばいいんじゃないのよ! あたしのように両親がいない、家族もいない女を殺すなんてどうってことじゃないのよ! いなくなって困る人間っていないわよ!」



 「そのことなんだけど・・・おそらくあいつらは君が電脳化されることも狙っているんじゃないんかと思うよ。だって、そうだろう・・・君ってものすごく知能指数って高かったんだろ? 性格はそこら辺にいる少女と大差ないのに記憶力と観察力なんかが優れていて・・・超能力者といっても言い過ぎじゃないだろ? そんな天才の脳を電脳化するとしたら、アインシュタインの脳を電脳化したようなものだろ? 欲しいと思う科学者なんか世界中にいるだろうよ!」


 「なんか嫌よそれ! そりゃ、勤めてフツーの女の子のように振る舞っていたけどね。自分でも分かるのよ、この世界で起きる事象が全て数式で理解できるのだからね。次は何が起きるなんか想像出来たわよ。そんなこと、他の人が出来ないと知ってからね・・・」


 愛莉はそういったが、分からなかったことは数多くあった。人間の悪意と醜い心は最たるものだと。それが自分を破滅に追い込んだんだと。

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