(2)仮想空間にて
第7話 仮想空間
山村愛莉は天涯孤独だった。両親を航空機テロで失い、他にまともに頼れる親族もいなかったので、10歳の時から自活しなければならなかった。幸い、彼女の学力が認められ全寮制の学校に入れたので、大学まで返還無用の奨学金と公的支援で生活することができた。しかし、国家機密漏洩に加担したとする冤罪によって全てを失い、今は機械の一部にされる全身拘束刑の受刑者になった。
愛莉が目覚めたのは一種の仮想現実だった。その仮想現実は全身拘束刑に処せられた囚人の統括プログラミングのひとつで、執行前に聞かされた話によると、定期的に行われる司法省矯正局による面談プログラムだと分かった。
そこでは機械の中に囚われている受刑者本来の精神状態がヒヤリングできるという事であったが、どうやら起動させたのは、あのチャラ男のようだった。それにしても、あの男は一体何者なんだろうか? 愛莉は不思議であった。
仮想現実の中の世界は、どこかの風光明媚な観光地のようであった。背後になだらかな山々が続いていて、丘の向こうには海が広がり、そこに大小の島々が浮かんでいた。そして山々には様々な果樹が植えられていて、風車も回っていた、また青い空に覆われていて、どことなく鳥のさえずりが聞こえていた。ただ人の気配が全くないので、まるで映画のセットのようにも思えた。
「うーん、なんでこんなところに・・・あれ?」
愛莉は自分の姿に驚いていた。たしか仮想現実の中では受刑者が自由に意志の表明が出来るように、人間の姿が投影されるので、たいていは刑の執行を受ける前の姿のはずだった。なぜかポケットにあったコンパクトを見ると、肩までの黒い髪で少し編んでいて、地味なリボンの髪飾りをして化粧気のない顔だった。そしてオーソドックスな上着とワンピースに飾りリボン、チェック柄のスカート。これって・・・高校の制服を着ていた・・・
「なんなのよ、これ! これじゃあ・・・若すぎるわよ! なんでこうなるのよ! あたしゃあ、このままの時代の方がマシだったと思っていたけど、なんなんだよ、これって?」
愛莉は動揺していると後ろから気配が違づいてきた。この世界で登場できる人物は、司法省の面接官だけのはずだった。しかし違っていた。
「どうだい? 気に入ってくれたかな? 君がデートしてみたかったと言ったから、洒落てみたんだけど。ここじゃないと、いろいろと込み入った情報を言えないからな。あの柴田っておばさんも信用できねえからな」
目の前に現れたのは淳司だった。その姿はさっきまでと一緒だったが・・・この男は本当に何者なんだろう?
「ねえ! これってあなたの趣味なの? あたしをこんな姿にするなんて! それになんで女子高生なのよ! 大学生だったのよあたしはね! 若返らせるなんて少しロリコン趣味なのですか? それなりに学校では可愛いと言われたことあるけど・・・ちょっとね・・・」
愛莉はそう言って淳司にかけよった。すると肩を抱いてきた。それはさっき外骨格の上からやられたものとは違う新鮮なものだった。そしてキスをした。ファーストキスが仮想現実の中なんて、切ないよ! と思った。
「君って、やっぱ資料通り可愛かったんだね! こんなに女の子らしいというのに、あんな武骨なガイノイドの内臓になっているのがもったいないなあ! まあ、こうやっているのも随分と法令違反しているが、そんなのはクソくらえだ・・・あ、ちょっと汚かったな! お詫びにと、おりゃ!」
そういうと、目の前にパラソルと下のテーブルにお茶菓子が出現した。この世界では魔法のような光景であるが、すべては電脳内の電気パルスをそう感じているだけのことだと分かった。そんなカリソメの世界で淳司はそこにエスコートしてくれた。淳司は一体全体本当に何者なのか分からなくなってきた。見た目はチャラ男そのものなのに。
腰かけると仮想だと分かっていても愛梨は手を伸ばしていた、そこに好物だった紅茶とチーズケーキがあったから。全身拘束刑の受刑者が絶対食べれないものであったので、思わず口にしていた。
「まあまあ、デートの気分で! といいたいところだが、本題に入ることにしよう。君を全身拘束刑にした黒幕の目星だが、俺のクライアントは付いているというのだ。そいつは、多分君を消しにかかるはずだ! 電脳化された君の記憶の中に不都合なものがあってな、たぶんリースに出たら破壊工作によって廃棄処分にされるはずだ。だから、ダミーのガイノイドを製造中だ」
それには愛莉は持っていたティースプーンを落としてしまった。仮想現実でもこんなことになるもんだと思った。
「そおなの? ロボットのままで死ぬなんて嫌よ! なんでそんなことになるのよ! 誰よ、その黒幕って? 人に濡れ衣を着せただけでは物足りないわけなの!」
「まあまあ、落ち着いてよ愛莉ちゃん。そいつの候補は二人いるんだ。そいつは君の身近にいた人物だ。本当なら同時に捕まえる事ができればいいが、難しいんだよ尻尾を捕まえるのはね。だから、やってもらいたいんだが。さっき三つの選択肢があるといったが、それから先に言おう」
そういって淳司はコーヒーを飲んだ。その仕草はなんか愛おしく思えた。
「ひとつは、刑期を勤めあげた振りをする。ある時点で準備が出来たらダミーといれ変わるわけさ。どこかの他人の人生を過ごす事になるけどね。また、あいつらがダミーを破壊した時点でも君を密かに元に戻してあげるっていうのもいいな。でも、それでは愛莉ちゃんは全身拘束刑の囚人として死んだことになる。それだと、一生元の生活に戻れない。
ふたつめは再審請求をすること。でも、これも証拠集めは難しいし、裁判所にもあいつらのシンパはいるから、難しいだろうな。一応クライアントも可能性を探ったが、実現したとしても刑期が終わっていてもおかしくないそうだ。
そしてみっつめ、それをやってもらいたいが、あいつらの尻尾を掴むためにガイノイドとして潜入してもらいたい。それは危険な事だけど、それなら堂々と元の生活に戻れるぞ! いいだろう?」
愛莉はほおばりながら考えていた。どうせ自我の持たないガイノイドとして刑期を勤めるぐらいなら、自分をこんな機械に融合させた連中をギャフンと言わせた方が良いに決まっているじゃないよねと。淳司が提案した最後の方を選ぶことにした。きっと彼は三つ目をさせるつもりだったんだと分かっていたけど。
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