第6話 自我の再生

 全身拘束刑に処せられ機械化された元人間には自我は存在しなかった。他の超高性能AI搭載ロボットと一緒の扱いをするためだ。自我があるとすればある程度の人間らしさを残すことを選択した、自ら望んで改造された者ぐらいだ。アイリは刑罰でガイノイドになったので、自我はブロックされていた。そんなもの不要だから、しかし、その自我に男は用があるようだった。


 「ガイノイド・アイリ! いや山村愛莉ちゃん。ちょいと君の自我に確認したいことがあるんだよな。そうそう俺は#長崎淳司__ながさき じゅんいち__#といってな、とある政治家のお偉いさんの使い走りでな。そのお偉いさんに頼まれてきたんだよ。これからすることは全身拘束刑に処せられた連中が聞いたら驚くような事だからな!」


 淳司のいっている意味はアイリには該当するデータなしなので判別できなかった。彼が持っているUSBが頭部に差し込まれ、彼が持っているタブレットで何か操作すると、おかしなことが起きた。アイリの中に愛莉の人格がプログラミングされるではないか! 素体の記録でしかなかったデータが書き換えられていった。


 アイリの電脳内に人間の愛莉の人格が再構成された。自我が形成されたわけだ。それにはアイリは混乱した! 同じガイノイドの中に機械と人間の二つのパーソナルが同時にあるのだから。この固い塊の中にある人間の意識・・・なんておかしいことなんだよ! そう感じていた。すると淳司は何かに気付いたようだ。


 「おーと、とりあえず再統合してあげないといけないな。愛梨ちゃん! 君はとりあえずガイノイドのアイリだけど、人間の愛莉ちゃんと同一人物にしておかないと、ややこしいからね。あとで、細かい設定するから・・・取りあえずあえずな」


 そんなことを言う淳司という男の風貌はチャラけた印象でしかないとアイリは認識していた。人物判断プログラムによれば彼は ”日本人、金髪に染めている、耳にピアス、年齢30代半ば、眉が薄い、着ているモノから判断してフリーランスのような自由な職業、予想される性格は自由奔放で楽天的、かつ女たらしかも”といったものだった。それになんか軽そうなやつにしか感じなかった・・・でもなんで、主観的な感情があるのよ? アイリは戸惑っていた! その時、徐々に愛莉の人格と再融合するのがわかった。すると何故かアイリは機械のような話し方ではなくなった!


 「ちょっと! なにをしたんだよ! あたいに! せっかくロボットになっているのに、思い出させないでちょうだいよ! こんな作りものの身体にされたという傷心を抱くじゃないのよ! ほんとうに、そこのオバサンって悪女だわ!」


 アイリは詰め寄っていた。でも、それは人間に危害を加えかねないガイノイドにあるまじき行動だった。すると淳司は満足そうな顔をした。


 「とりあえず成功だよな! おかえり愛莉ちゃん。これはな、さるお方に頼まれたんだな。おーっと、そこの柴田技師長! これからやることは他言無用にお願いしますよ!

 これであんたも共犯なんだからね、全身拘束刑の受刑者の自我を再構成するだなんて、本当は司法長官なんかのややこしい許可がいるのを、そこんところすっ飛ばしてやっているんだからね。まあ、あんたは自分が全身拘束刑を受けたいと思っているようだけど、俺はごめんこうむりたいからね。とりあえず、録画を切断しているよな? あとで辻褄が合うようにしといてくれよね!」


 どうも淳司がやっている行為は違法のようだった。でもアイリのなかにいる愛莉は少し人間らしい感情が戻ってきたことは嬉しかった、でも身体はガイノイドのままだったけど。柴田技師長が小さくうなずくとアイリの肩に軽く手を乗せて、淳司は用件を言い始めた。


 「愛莉ちゃん、君はその姿に満足しているはずだよな。それがプログラムのはずだからね。でもな、そんな姿にされたのが冤罪だったと知ったらどう思う?」するとアイリいや愛莉は声を荒立てた。


 「冤罪? それはあたいが捜査中も裁判中もずっと主張していたのよ! でも、誰も聞いてくれなかったんじゃないのよ! こんな機械にされてから、やっぱ冤罪でした、ごめんなさい! なんていわれても困るしかないわよ!」


 そうやって淳司が肩に乗せた手を振り払おうとしたら、反対に手を掴まれた。その力はいくらパワーがセーブされているとはいえ、機械よりも強そうであった。


 「まあまあ、怒りなさんなよ! 怒りはごもっとも! それが分かったのは君の電脳化された記憶からサルベージされた情報によってからだから。そうそう、俺に協力してもらわんと、愛莉ちゃんの人格は消去されるからね! だから俺がこれからいう提案を考えてもらえないか? 悪い話じゃないからね」


 そういって淳司はあろうことかアイリの胸部の膨らみに手をかけた! それって人間だったらセクハラよ! といいたかった愛莉であった。でも、その胸はドームのような形状で、固く崩れないものであった。


 昔、ローマ時代の時の事だったと思うが、一家全員処刑される場合、死刑囚の中に処女がいた場合、処女の血が流れるのは不吉なことであるとして、看守によって春を奪われるという事があったという。なぜ、そんなことを思い出したのかといえば、アイリの素体にされた愛莉はまだ男性と付き合った事のないヴァージンだったからだ。だから男の手を繋いだことはなかった。まあ高校まで女子校に通っていたから当然であったが。


 なのにアイリからすれば、淳司はいくらガイノイドになっているとはいえ、胸を触るなんて嫌悪感でしかなかった。まあ今の扱いは道具なのだから当然といえば当然であるとも認識していた。全身拘束刑は刑務所に収監しないかわりに、犯罪者をロボットの機体の中に閉じ込め、働かせるものである。身体も精神も24時間365日監視され、そのために肉体改造まで行われるのであるが、それは機械と融合することであった。


 全身拘束刑を執行された時、愛莉は呼吸器官は液体呼吸システムに換装され、消化器は効率の良い有機物交換システムに、生殖器は事実上ホルモン分泌機能だけにされ、そして神経系統は電子素子に変換されていた。そのうえ、人間としての皮膚は外骨格と融合しているので、万が一外骨格を外したら、見えるのは人体由来の特殊有機物質のパーツであった。そう、もはや人間らしいものは消失しているのだ。


 「いまさら冤罪なのがわかったというのなら、早く元通りの身体にしてもらえない? こんな身体で・・・十年も過ごすなんて嫌よ!」


 アイリはそう言って、あることを思い出した。たしか裁判中に弁護士が罪を認めましょう、そして全身拘束刑を回避しましょう、もし全身拘束刑でロボットにされたら刑期が終わっても必ずしも元の身体に戻れる保証はないと言われた事を。でも、訳も分からないうちに罪を認める事なんか出来ないといって拒否した結果が今の姿だった。


 「愛莉ちゃん、それはそう思うよね。でもな、冤罪だとしてもこの事件の闇は深いんだよ! 裁判所も検事もそして首謀者も全てがグルなんだよ! 俺のクライアントによれば別の案件が暴露されないように仕組んだとの事だよ。ようはスキャンダルをでっちあげたわけさ。でも、でっちあげるにも設定が必要だから、君を人身御供にしたわけさ!」


 淳司はそういって、タブレットであるファイルを示してからアイリの電脳に転送した。それは、裁判で国家機密に指定されているとして開示してくれなかった。裁判所に提出されたデータだった。それにアイリは愕然とした!


 「何よこれ? 中学生並みの作文じゃないのよ! こんなのが国家機密ってわけなの? まるでなっていないわよ!」


 そのデータは愛莉だったころの彼女でも分かるぐらい稚拙なもので、裁判官が納得したのが不思議な代物だった。それによると、愛莉が情報を取得したのか簡単に出来たとあったが、具体的な実行行為など全くなかった。


 「ひどいよ! こんなのでガイノイドにされたというわけなの? まだ男の子と手を繋いだこともないしデートに行った事もないし・・・まだ・・・こんな姿にされるのなんて、それってひどすぎるじゃないのよ! 可哀そうな愛莉! 」


 アイリは泣きたいと思ったが、ガイノイドには感情はあっても涙腺機能なんて存在しないので生物的な表現方法などなかった。ただ言葉でしか言い表せられなかった。それにしても、この淳司という男、なんで国家機密とされたデータを取得できるのかが不思議であった。もしかするとヤバい筋の人物かもしれなかった。


 「まあ、そういうことだよ愛莉ちゃん。君を全身拘束刑から解放するには三つの方法があるんだ。これからいうけど、出来れば最後に言うのに同意してもらいたいのだが、いいかな?」


 そういって、淳司が手に持った何かをかざすと、アイリの意識レベルが低下していった・・・

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